「姉さん」
「うん。大丈夫だよ。さっきの保健室の前。こっちの世界の健太郎は皆川くんを送って行ったよ」
僕は自分で自分の顔を触ってみた。廊下の窓に映る僕はまた高校生に戻っていた。
「さっきのはいったいなんだったんだろう。父さんや母さんもいたようだし、トニーや失踪した春日井先生の弟さんまでいたみたいだった」
「うん。」
「姉さんにはあれが何処なのか分かってるのかい」
姉さんは静かに頷いた。どこか寂しそうな、つらそうな微笑みだった。
「何処だったのかは多分もうすぐ分かるわ」
「いつその時何が起きるの?姉さんはどうしてそんなに寂しそうなんだい?」
姉さんの目にすっと涙が浮かんで頬を伝った。
「もしかして僕以外の人はすべての事を知っているのかい?姉さんも春日井先生も木島先生も神崎先輩も西村も?」
僕は焦燥感にかられて不機嫌な大声を出してしまった。姉さんは悲しそうに首を振った。
「違うのよ、健太郎。あなた以外の全員は何も知らなかったのよ。ずっと18年間。あたしもそうだわ。健太郎とこの世界を旅してお父さんの事やお母さんのこと、西村くんのラブレターのこと、何もかも知りつつあるの」
姉さんのつらそうな顔に少しだけ優しさが混じった。
「ごめん。意味が全くわからない。僕は何も教えていない。姉さんと一緒にこの世界を観てきただけだよ。観たくもなかったこともたくさんあったよ」
うん、と姉さんが小さく頷く。
「観ることは赦すことって皆川くんの声がしたわ」「ああ」
「健太郎はそれを導いてくれたのよ、さっきいた全員に。みんなそれで救われつつあるわ」
僕が何か言おうとすると姉さんは静かに首を振った。
「木島先生のところに行きましょう」
「なぜ?」
「皆川くんがそうしてって、あなたが目が覚める直前に」
「…」
「目を瞑って」
姉さんは近寄ると僕のまぶたにそっと手を置いた。