「ここはどこなの姉さん」
僕はまだ暗闇の中にいた。暗闇の中だったけれど姉さんの声ははっきり聞こえた。それから人の気配がした。数人いる。誰だろう…?何処かに横たわっている僕の顔を覗き込むように、数人が代わる代わる僕の顔に影を作っているようだった。
「姉さん、僕はまだあたりが真っ暗で何も見ないよ。ここはあの姉さんが事故にあった踏切なんだろ」
『意識が戻りました』
誰かがつぶやいた。さっき僕を覗き込んでいた人たちが「ああ」という安堵の声を漏らした。安堵した声の中に父さんと母さんのため息が混じったような気がした。まさか?
「僕は気絶して学校から運ばれたのかい?姉さん。じゃあ、この世界と接点がでてきたの?」
姉さんのすすり泣く声がした。
『君島くん、分かるかい?トニーだよ』
「トニー?なんで君がここに?
君は飛行機事故で亡くなったんじゃないのかい?」
僕は懐かしさのあまり大きな声を出した。トニーはそれには答えなかった。代わりにトニーの鼻を啜る音がした。前よりもずっと日本語が流暢になっているようだった。
『君島くん』
別の声がした。
「まさか、皆川くん?」
『ああ、久しぶりだね。ここに神崎先輩も西村さんもいるよ。それから木島先生と春日井先生も』
さっきの人の気配はそれだったのか。
「父さんと母さんもいるのかい」
『あたしの横にいるわ、健太郎』
懐かしい姉さんの声がする。さっきまで一緒にいたのに何十年ぶりかに声を聞いたような気がするのはなぜだろう。ここはいったい何処なんだ。
「ここはあの世かい?僕は暗闇の中で電車に轢かれて死んだのかい?」
『違うよ、君島くん、君はもっとずっとずっと長い眠りから目を覚ましつつあるんだ』
「その声は皆川くんだね、いったいどういうことだい?」
『姉さん、そろそろまた寝かさないと』
姉さん?誰かの弟さん?さっき最初に『意識が戻りました』と言った人だ。
『そうね、あんまり長くならない方がいいわね。』
春日井先生の声だ。ということは、この人は
失踪した春日井先生の弟さん?『そうだな、また来るからな、君島』『ああ』『またな』
木島先生に神崎先輩と西村さん?
「待ってくれ、みんな何処へ行くんだい?僕はどうなるの?姉さん」
『あたしと皆川くんはまだここにいるわ。あなたにはそれが今必要だから』
「必要だから…?」
『僕と一緒に来てくれ、君島くん』
「皆川くんと?」
『もちろん君の姉さんも一緒さ』
「何をしに何処へ?」
『君が望んでいる場所さ』
「…そこで僕は何をすればいい?」
『見ていてくれたらいいんだ』
「何を?」
『アキレスが亀に追いつくかどうかをさ』
「…?」
またすっと意識が遠のいた。