奇妙な家族

「ピースは、どこから来たの?」亜紀は、毛並みのいいピースに問いかけた。「私は、亜紀ちゃんの家の近くのうちで飼われていたの。ご主人は日本人で、奥さんはアメリカ人だったの。ご主人は、Q大の教授だったみたい。ノーベル賞をとるんだといって、ピースを残して、夫婦そろって、アメリカに行っちゃったわ。ほんと、冷たい夫婦よね。だから、今は、あちこちの家を廻って、餌をもらっているの。あ~、お腹すいちゃった!」ピースは、飼い主に捨てられたことを悲しそうに話した。

 

 亜紀は、ペットを捨てるなんて、許せないと腹を立てた。「私は、ブリティッシュ・ショートヘアなの。日本のキジトラによく間違えられるわ。時々、ピースがかわいいから、捕まえようとする悪ガキがいるの。彼らに捕まったら、何をされるか分かったもんじゃないわ。亜紀ちゃんなら、信用できるわ。是非、亜紀ちゃんにかわいがって欲しいの」ピースは、亜紀を見つめながらお願いした。

 

 亜紀は、飼ってやりたい気持でいっぱいだったが、スパイダーを飼ったばかりで、さらに、猫まで飼うことをアンナが許してくれるか不安だった。「ピース、しばらく待って。ママにお願いしてみるから。一所懸命お願いしてみる。今、家には、スパイダーって言うやんちゃな子犬がいるの。つい最近、やって来たばかりで、ママもまだ慣れてないのよ。犬と猫を同時に飼うことを許してくれるか、わかんないの、だから、もう少し我慢して」亜紀は、こんなに気立てのいいピースを野良猫にしたくなかった。

 

 人懐っこいピースが捕まって、保健所に連れて行かれたならば、殺されてしまうような気がした。亜紀は、一刻も早く、アンナにお願いすることにした。即座に、アンナのいる厨房にかけていった。アンナは、厨房の丸椅子に腰掛け、大きなお腹をそっとなでていた。「ママ」亜紀は、大きな声で叫んだ。アンナは、お客がやって来たと思い、お腹に手を当てて、小さな声で返事した。「お客さんなの?まだ準備中よ。待ってもらうように言ってちょうだい」

 

 駆け足でやって来た亜紀は、しばらく息をつまらせ言葉が出なかった。「どうしたの、亜紀、そんなにあわてて。キモイお客でも来たの?」アンナは、気持を落ち着かせようと、亜紀の右手を握り締めた。亜紀は、息を整えると、勇気を出して話し始めた。「ママ、また、お願いがあるの。家の庭にかわいそうな捨て猫が迷い込んできたの。その猫ね、とても気立てがよくて、おりこうさんなの。その猫は、ピースって言うんだけど、ピースね、亜紀のことが好きだって。だから、ピースを世話したいの。いいでしょ」亜紀の真剣な表情にアンナは、身を反らした。

 

 アンナは、亜紀のわがままにムカついたが、捨て猫をどうしていいか分からず、さやかに相談することにした。「亜紀、その猫は、本当に捨て猫なの?近所の猫が迷い込んできたんじゃないの?とにかく、さやかを呼んできて」アンナは、出産のこと意外ほかの事を考えたくなかった。亜紀は、キッチンにいるさやかのところに飛んでいった。さやかの手を引いてやって来た亜紀は、もう一度、さやかとアンナの前で捨て猫の話をした。さやかは、とりあえず、捨て猫を見てみることにした。

 「捨て猫は、どこにいるの?」とさやかが尋ねると、亜紀は、さやかの手を掴み、庭に引っ張っていった。テーブルの下でじっと小さくなっているキジ猫を指差し、「あそこ」と言って、さらに、キジ猫のところまでさやかを引っ張っていった。さやかは、しばらくキジ猫とにらめっこをした。キジ猫は、身動きせずにじっとさやかの反応を観察していた。「確かに、気立てのいい猫みたいね。でも、本当に、捨て猫かしら。近所の猫じゃないの?」さやかは、近所の猫が、餌ほしさに庭に迷い込んできたように思えた。

 

 亜紀は、ピースから聞いた話をすることにした。「この猫は、ピースっていうの。飼い主が引越ししたときに、置いていかれたんだって。とっても、かわいそうな子なの。とっても、おりこうさんよ。お腹もすかしているし、さやかから、ママにお願いして。この通り」亜紀は、両手を合わせてお願いした。さやかは、腕組みをして、しばらく考えた。「そうね、捨て猫のようでもあるし、見捨てるのもかわいそうよね。とにかく、ご飯をあげなくっちゃね」さやかは、アンナを説得することにした。

 

さやかの宇宙

 

 さやかは、キジ猫ピースを責任もって世話をすることを誓い、どうにかアンナの承諾を得た。聖母のような笑顔で寝入ったアンナの寝顔を確認すると、さやかは、寝床の中でいつものように宇宙について考え始めた。ブラックホールでは光より速いスピードでエネルギーが吸収され、新しく形成されたエネルギーが宇宙を創造している。

宇宙は無限に外向し続け、同時に内向し続けている。言い換えれば、宇宙は無限に膨張し続けていると同時に縮小し続けている。エネルギーは、宇宙を作り出し、無限に有機物、無機物を作り出している。地球も、水も、空気も、鉱物も、植物も、動物も、人間も、エネルギーの姿だ。人間の脳は、エネルギーを記号化できる唯一のエネルギーといえる。

 

 脳とは、無限の情報の集合体である。したがって、脳の情報を記号化するには無限の時間を要することになる。おそらく、人間が生存し続ける限り、人間の知的欲求は、脳情報の記号化を求め続けることになる。脳というエネルギーは、永遠に人間にとって不可思議なものとして存在し続けることだろう。

 

 脳といえば、一般に、大脳のことを考えるが、脳幹も,小脳も、大脳辺縁系も、脳である。われわれ人間は、宇宙という無限の情報集合体を記号化できないのと同様に、無限の脳情報をすべて自覚することはできない。意識にのぼってくる情報は、ほんのわずかでしかない。一般に天才といわれる人間でさえ、記号化、言語化できる脳情報はわずかでしかない。いわんや、われわれ凡人がなしえる脳情報の記号化、言語化は、ほんの微々たる物でしかないといえよう。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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