奇妙な家族

しゃべる動物たち

 

 スパイダーは、亜紀と気持が通い合い、目が合うたびに話しかけるようになっていた。亜紀は、学校から帰ると、スパイダーのサークルに飛んでいき、スパイダーを抱きしめた。スパイダーが「おかえり」と挨拶してくると、亜紀も「ただいま」と返事するようになった。最近では、「亜紀がいないときは、遊び相手がいなくて、つまんない」と、愚痴を言うようになった。亜紀は、もう一匹かわいい柴犬を飼いたいと思っていた矢先、庭に上品なキジ猫がやってくるようになった。土曜日の朝、庭に出てみると、いつものキジ猫が庭のテーブルの下でじっと潜んでいた。

 

このキジ猫は、大人の体形をしていた。最初は、近所の飼い猫だと思い、声をかけなかったが、徐々に庭の中に入ってくるようになったため、亜紀は、声をかけて呼び寄せてみた。亜紀は、この猫には名前があると思い、ミー、モモ、タマ、チョン、とか、思いつくままに名前を言ってみたところ、「アイアム、ピース」と笑顔を作って答えた。そして、ゆっくり亜紀に近づき、頭を亜紀の足にこすりつけ、亜紀から離れようとしなくなった。

 

英語を話した猫に、亜紀はびっくりしたが、おそらく、飼い主の誰かがアメリカ人だと思った。「こんにちは、女の子のピースです。よろしく。亜紀ちゃんのお家に住みたいけど、いいかしら」ピースは、さらに日本語で話した。この猫は、かつて、とても人間にかわいがられていたようで、まったく、亜紀を警戒しなかった。ピースは、英語も日本語も話せるバイリンガルだと目を丸くして拍手した。

「ピースは、どこから来たの?」亜紀は、毛並みのいいピースに問いかけた。「私は、亜紀ちゃんの家の近くのうちで飼われていたの。ご主人は日本人で、奥さんはアメリカ人だったの。ご主人は、Q大の教授だったみたい。ノーベル賞をとるんだといって、ピースを残して、夫婦そろって、アメリカに行っちゃったわ。ほんと、冷たい夫婦よね。だから、今は、あちこちの家を廻って、餌をもらっているの。あ~、お腹すいちゃった!」ピースは、飼い主に捨てられたことを悲しそうに話した。

 

 亜紀は、ペットを捨てるなんて、許せないと腹を立てた。「私は、ブリティッシュ・ショートヘアなの。日本のキジトラによく間違えられるわ。時々、ピースがかわいいから、捕まえようとする悪ガキがいるの。彼らに捕まったら、何をされるか分かったもんじゃないわ。亜紀ちゃんなら、信用できるわ。是非、亜紀ちゃんにかわいがって欲しいの」ピースは、亜紀を見つめながらお願いした。

 

 亜紀は、飼ってやりたい気持でいっぱいだったが、スパイダーを飼ったばかりで、さらに、猫まで飼うことをアンナが許してくれるか不安だった。「ピース、しばらく待って。ママにお願いしてみるから。一所懸命お願いしてみる。今、家には、スパイダーって言うやんちゃな子犬がいるの。つい最近、やって来たばかりで、ママもまだ慣れてないのよ。犬と猫を同時に飼うことを許してくれるか、わかんないの、だから、もう少し我慢して」亜紀は、こんなに気立てのいいピースを野良猫にしたくなかった。

 

 人懐っこいピースが捕まって、保健所に連れて行かれたならば、殺されてしまうような気がした。亜紀は、一刻も早く、アンナにお願いすることにした。即座に、アンナのいる厨房にかけていった。アンナは、厨房の丸椅子に腰掛け、大きなお腹をそっとなでていた。「ママ」亜紀は、大きな声で叫んだ。アンナは、お客がやって来たと思い、お腹に手を当てて、小さな声で返事した。「お客さんなの?まだ準備中よ。待ってもらうように言ってちょうだい」

 

 駆け足でやって来た亜紀は、しばらく息をつまらせ言葉が出なかった。「どうしたの、亜紀、そんなにあわてて。キモイお客でも来たの?」アンナは、気持を落ち着かせようと、亜紀の右手を握り締めた。亜紀は、息を整えると、勇気を出して話し始めた。「ママ、また、お願いがあるの。家の庭にかわいそうな捨て猫が迷い込んできたの。その猫ね、とても気立てがよくて、おりこうさんなの。その猫は、ピースって言うんだけど、ピースね、亜紀のことが好きだって。だから、ピースを世話したいの。いいでしょ」亜紀の真剣な表情にアンナは、身を反らした。

 

 アンナは、亜紀のわがままにムカついたが、捨て猫をどうしていいか分からず、さやかに相談することにした。「亜紀、その猫は、本当に捨て猫なの?近所の猫が迷い込んできたんじゃないの?とにかく、さやかを呼んできて」アンナは、出産のこと意外ほかの事を考えたくなかった。亜紀は、キッチンにいるさやかのところに飛んでいった。さやかの手を引いてやって来た亜紀は、もう一度、さやかとアンナの前で捨て猫の話をした。さやかは、とりあえず、捨て猫を見てみることにした。

 「捨て猫は、どこにいるの?」とさやかが尋ねると、亜紀は、さやかの手を掴み、庭に引っ張っていった。テーブルの下でじっと小さくなっているキジ猫を指差し、「あそこ」と言って、さらに、キジ猫のところまでさやかを引っ張っていった。さやかは、しばらくキジ猫とにらめっこをした。キジ猫は、身動きせずにじっとさやかの反応を観察していた。「確かに、気立てのいい猫みたいね。でも、本当に、捨て猫かしら。近所の猫じゃないの?」さやかは、近所の猫が、餌ほしさに庭に迷い込んできたように思えた。

 

 亜紀は、ピースから聞いた話をすることにした。「この猫は、ピースっていうの。飼い主が引越ししたときに、置いていかれたんだって。とっても、かわいそうな子なの。とっても、おりこうさんよ。お腹もすかしているし、さやかから、ママにお願いして。この通り」亜紀は、両手を合わせてお願いした。さやかは、腕組みをして、しばらく考えた。「そうね、捨て猫のようでもあるし、見捨てるのもかわいそうよね。とにかく、ご飯をあげなくっちゃね」さやかは、アンナを説得することにした。

 

さやかの宇宙

 

 さやかは、キジ猫ピースを責任もって世話をすることを誓い、どうにかアンナの承諾を得た。聖母のような笑顔で寝入ったアンナの寝顔を確認すると、さやかは、寝床の中でいつものように宇宙について考え始めた。ブラックホールでは光より速いスピードでエネルギーが吸収され、新しく形成されたエネルギーが宇宙を創造している。

春日信彦
作家:春日信彦
奇妙な家族
0
  • 0円
  • ダウンロード

1 / 20

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント