記憶の森 第一部

11・希望

それからしばらく後
長老は意を決してルシファーを呼んだ。
思いつめた表情だ。

「お前に頼みたいことがある。」
「この世界はもうもたないかもしれない。
 あの樹が枯れてしまえば、わし達は心の糧を失ってしまう。」
「わし達は自分の力でこの世界から出て行くこともできない。」
 昔聞いたことがある。
 本当に心の通じる者を呼べば
 別の世界へ繋がる扉を開くことができると。」
「別の世界から呼ぶ?」ルシファーは聞いた。
「世の人々の生きる明るい世界だ。」
「でも、僕には知り合いは誰もいません。」
「お前、前にその首飾りをくれた人のことを話していただろう?」
 その人を探してみたらどうだ?
 わしには、もう呼びたい者を思い出すこともできないのだ。」

ルシファーの心の中で何か光りが見えた気がした。
そんなこと無理だとどこかで決め付けて諦めていたからだ。

「でも、できるかどうか・・・。」
「でもじゃ、このまま悲嘆に暮れているよりはいいだろうて?
 それに意識を失ったままのカイを捜しに行きたいんじゃ。
 たぶん、あやつの本体はあの不思議な実とともに
 世界をさまよっているのではないかと思う。
 あの樹の精霊とともに。」

ルシファーは首飾りを見つめた。
そして手に取って胸に押し当てた。



12・出現

ルシファーは長老に促されるままに
樹の根元に立ち、
首飾りを胸に当てて祈りだした。

しばらくすると天の方が明るくなり、
それが丸い穴のようになった。
光りの渦がドロドロと円を描いている。
「ああ、何かが来る!」長老が叫んだ。
ルシファーもドキドキしながらそちらを見つめた。

誰かがするするとゆっくり降りてきた。
見るとごく普通の青年のようだ。
「お前、あの者を知っているか?」
「いや、僕には心当たりが無いです。」
彼等は余りにも簡単にその者が姿を現したのを見て、
何と声を掛けてよいか戸惑った。

その普通の青年はいきなりで驚いたらしく
「ねえ、ここって一体どこなの?」
と周りを見渡してキョロキョロしていた。
その青年はチェックのシャツの下に紺色のズボンを履いていた。
それから青年は彼等の脇に降りてきて、
「こんばんわ。」と挨拶してきた。
彼は何の気兼ねもないようだった。

「急に呼び出したりしてすまなかった。驚いただろう?
 はじめまして。僕ルシファーっていうんだ。」
ルシファーは手を差し出した。
青年も手を出し、二人は握手をした。
(あったかいな。人間の手って・・・)
「何だか夢の中みたいな所だね。俺のこと知ってるの?
 俺、マサヒコって言うんだ。よろしく、ルシファー。」
「何で俺を呼んだの?」
マサヒコは不思議そうに聞いた。
「驚くだろうけど、君は昔の僕の恩人と縁のある人だと思うんだ。」
ルシファーはそう説明した。
「へえー、心当たり無いよ。
 ねえ、ルシファーって君、堕天使なの?」
「え?僕はそんなんじゃないよ。
 行く場所が無くて空を漂っていたら、
 気がついたらそう呼ばれてたんだ。
 僕にはハッキリとした記憶が無くてね・・・。」
「へえ、お前男なのにキレイだな。」
と唐突にマサヒコが言ったので、
「いや・・・。」と言って
ルシファーは困って照れた。

長老は二人のやりとりを眺めていたが、
しびれを切らしたようにマサヒコに話し掛けた。
「遠い所までよく来たな。
 わしはここの番人みたいなもんでな。
 なに、名前なんぞ無い。
 皆に長老と呼ばれておる。よろしく頼む。」
そして二人は握手を交わした。
マサヒコは戸惑いながら聞いた。
「頼むって何か事情があるんですか?」
「ああ。」と長老は言った。
「皆ここに閉じこもってから時間が長くてな。
 出るに出られなくなったのじゃ。
 それで思い切って外の住人のお前さんに頼んでみることにした。
 すまんが頼まれてくれんかのう?」
「え、俺?」マサヒコにはとても意外だった。
「何、心配には及ばんよ。
 お前さん、元の世界で眠っておるのだろう。
 また扉を開けたらすぐ帰れるでな。
 わし等が責任を持って送り届けるから。」
と長老は言い、
「確かに、俺さっきまで寝ていたと思ったんだけど・・・。」
とマサヒコは言った。


13・毎日と世界の旅

マサヒコは樹を見上げて言った。
「不思議な樹だなあ。」
「おお、この樹の実にはいろんな記憶と知恵が詰まっていてなあ。
 大切にしておる。
 どれ、そなたには特別に一つしんぜようか?」
「え、好きなの貰っていいんですか?」
「そうじゃな。そなたに合いそうな物を捜してみるとよい。」
と長老は言った。

それからマサヒコとルシファーは浮き上がって木の実を
物色した。
「ねえ、お前は今いる世界でどんな生活をしているんだい?」
とルシファーは聞いた。
「え、俺?別に。工場で働いてるよ。
 最近、ヤンキーから足を洗ったんだ。」
「え?ヤンキーって何?
 僕ジャンキーなら聞いたことあるよ。」
「それって駄洒落?
 ヤンキーってね、特定の仲間とつるんでね、
 周りに毒づいて周るんだ。」
(何かジョーカーみたいだなあ。
 奴は誰かとつるんだりしないけど。)ルシファーは思った。
「ねえ、そんなことして面白いの?それが仲間なの?」
「なあ、馬鹿みたいでしょ?
 話しが合わなくなると思って付き合ってたけど、つまらないんだ。」
「そう。そんなのやめた方がいいよ。」
とルシファーは言った。

ふと樹の下に目をやるとジョーカーがいた。
彼はトランプを手持ちの鎌で切り裂いていた。
「やあ、ジョーカー。何してるんだい?」とルシファー。
マサヒコはそれを見てビックリしている。
「やあ、ルシファー。駄作のお話しを切り裂いてるんだ。
 そろそろ話しのネタにも尽きてきたし、
 外の世界を見てみたいもんだがなあ。」
「そうだったのか・・・。あ、奴は外の住人でマサヒコっていうんだ。」
「そうなのかい。やぁ、よろしくマサヒコ。」
マサヒコはジョーカーをまじまじと見た。
(本当にトランプのジョーカーみたいだ。)
「あ、どうも、よろしく。」とマサヒコは言った。
「そんなに驚かなくていいよ。こんな奴に会うと思わなかっただろ?
 僕はそういうの慣れてるから。取って食べたりしないから。」
そう言ってジョーカーはピエロのような顔で笑った。

「君の住む世界は平和かい?」とジョーカーは聞いた。
「ああ、俺の住む国は平和だよ。今の所。」とマサヒコ。
「そうかい。それは良かった。」

「これから、この世界の扉を開こうと思って、彼を呼んだんだ。
 長老に頼まれてね。」とルシファーは言い、
「よし、そうか。では僕も旅に出るとしよう。
 ところで、君達はどういう縁(えにし)なんだい?」
とジョーカーは聞いた。
「かつての恩人の末裔だと思うんだ。」
とルシファーは説明した。
「そういうことか。
 ここから出るには縁のある者と連れ立っていかないと
 出れないからなあ。
 君達が行く時に僕もここを出るとしよう。
 何しろ僕は世界をほっつき歩き過ぎて、
 縁のある者とはぐれてしまったんだ。流れ者さ。」
ジョーカーが身の上を話すのをルシファーは
初めて聞いた。
「そう、そうするといいよ。」とルシファーは言った。
(そんな者もいるんだな。)とマサヒコは思った。
「では、その時には声を掛けておくれ。
 じゃあな、ルシファー。」
とジョーカーはどこかに消えていった。



14・マサヒコと女性の影

ルシファーとマサヒコはまた木の実の所まで飛んでいった。
マサヒコは少し茶色い髪に黒い瞳をしている。
ルシファーは不思議な気持ちでマサヒコを眺めた。
(こいつとこれからどういう付き合いをするんだろう?
 奴は昔のことなんて知らないみたいだし・・・)
マサヒコも不思議だった。
木の実を眺めながら、時々ルシファーの方を見やった。
(こいつキレイだよなあ。男にしとくのもったいないよ。)
ルシファーは顎くらいの金髪に深い青い目をしている。
そして、白い衣をまとっている。
(天使みたいだよなあ。名前もルシファーだし。)

それから物色しているとマサヒコは一つの木の実に
目がいった。
(女の人の顔が見える。)
自分でも意外だったが、何故だかその実が気になった。
「それが気になるの?」とルシファーは聞いた。
「ああ、どうしてかわからないけど、何か引っ掛かるんだ。」
「他にも見てみるといいよ。」

「あ、お前の首飾り見せて。それキレイだな。」
「ああ、これか。
 これ昔の恩人に貰ったんだ。これが僕達を引き合わせたんだよ。」
「へえー。」
マサヒコは水晶のようなその球を見つめた。
ルシファーはその球をマサヒコに手渡した。
(奴なら縁があるし、触れてもいいや。)
マサヒコは水晶を手に取るとそれを見た。
中に小さな小さな傷がある。
「ねえ、これ中に傷があるよ。」
「え、僕気がつかなかったよ。
 これはお守りのような物でね。僕の魂のような物さ。」
「俺がこの傷吸い取ってやるよ。」
マサヒコは急にその球に目を閉じて口づけた。
すると何かがマサヒコの中にスルッと入って来た気がした。
何だかせつない気持ちになった。
ルシファーは驚いてそれを見つめていた。

「お前、何か悲しいことでもあったの?
 何かせつなくなったよ。今。」とマサヒコは言い、
「え、僕は記憶喪失なんだ。
 でも、なんだか気分が軽くなった気がする。ありがとう。」
とルシファーは言葉を返した。
(やっぱり他人じゃない気がするよ)


するとマサヒコは言った。
「俺、何か今の生活嫌なんだ。俺、女の人になってみようかな。」
「え、やっぱり気になるのかい?さっきの実の女の人が。
 長老に聞いたんだけどね、あの実は未来の自分の姿
 だったりするんだって。
 そうするとね、お前女の人になるかもしれないんだよ。
 本当に後悔しない?」とルシファーは聞いた。
「へえ、そういうこと?
 でも俺、今の生活に戻れるの?俺一度死んじゃうの?」
「いや。それは無いよ。
 お前のいる世界とこの実がどこでつながるかわからないけど、
 まるでこのことは一晩の夢なんだ。お前のいる世界では。
 たぶん、お前の生きている現実の世界と夢との中間だよ。
 この僕達の世界は、心の世界なんだ。」
ルシファーは考えながらゆっくり喋った。
「そう・・・。」
ルシファーの姿も明日になれば夢として消えてしまうように
マサヒコには思われた。
何故だかそれが悲しかった。

「ねえ、お前、昔女だったんじゃないかな。
 何か優しいし、なんとなく・・・。
 俺と一緒に来る?
 何でか俺、女の人になるの選んじゃったけど・・・。」
とマサヒコは言った。
「そうかなぁ?本当に昔の記憶さっぱりなんだ。
 どうしてなんだろ・・・。
 うん、僕一緒に行くよ。
 お前とどういう間柄になるか、わからないけど。
 でも、お前の相方として行くよ。」
とルシファーは言った。
「わかった。お前と一緒に行くよ。」とマサヒコは言った。
「じゃあ、長老の所に行こうか。」ルシファーは言った。


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作家:haru
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