記憶の森 第一部

13・毎日と世界の旅

マサヒコは樹を見上げて言った。
「不思議な樹だなあ。」
「おお、この樹の実にはいろんな記憶と知恵が詰まっていてなあ。
 大切にしておる。
 どれ、そなたには特別に一つしんぜようか?」
「え、好きなの貰っていいんですか?」
「そうじゃな。そなたに合いそうな物を捜してみるとよい。」
と長老は言った。

それからマサヒコとルシファーは浮き上がって木の実を
物色した。
「ねえ、お前は今いる世界でどんな生活をしているんだい?」
とルシファーは聞いた。
「え、俺?別に。工場で働いてるよ。
 最近、ヤンキーから足を洗ったんだ。」
「え?ヤンキーって何?
 僕ジャンキーなら聞いたことあるよ。」
「それって駄洒落?
 ヤンキーってね、特定の仲間とつるんでね、
 周りに毒づいて周るんだ。」
(何かジョーカーみたいだなあ。
 奴は誰かとつるんだりしないけど。)ルシファーは思った。
「ねえ、そんなことして面白いの?それが仲間なの?」
「なあ、馬鹿みたいでしょ?
 話しが合わなくなると思って付き合ってたけど、つまらないんだ。」
「そう。そんなのやめた方がいいよ。」
とルシファーは言った。

ふと樹の下に目をやるとジョーカーがいた。
彼はトランプを手持ちの鎌で切り裂いていた。
「やあ、ジョーカー。何してるんだい?」とルシファー。
マサヒコはそれを見てビックリしている。
「やあ、ルシファー。駄作のお話しを切り裂いてるんだ。
 そろそろ話しのネタにも尽きてきたし、
 外の世界を見てみたいもんだがなあ。」
「そうだったのか・・・。あ、奴は外の住人でマサヒコっていうんだ。」
「そうなのかい。やぁ、よろしくマサヒコ。」
マサヒコはジョーカーをまじまじと見た。
(本当にトランプのジョーカーみたいだ。)
「あ、どうも、よろしく。」とマサヒコは言った。
「そんなに驚かなくていいよ。こんな奴に会うと思わなかっただろ?
 僕はそういうの慣れてるから。取って食べたりしないから。」
そう言ってジョーカーはピエロのような顔で笑った。

「君の住む世界は平和かい?」とジョーカーは聞いた。
「ああ、俺の住む国は平和だよ。今の所。」とマサヒコ。
「そうかい。それは良かった。」

「これから、この世界の扉を開こうと思って、彼を呼んだんだ。
 長老に頼まれてね。」とルシファーは言い、
「よし、そうか。では僕も旅に出るとしよう。
 ところで、君達はどういう縁(えにし)なんだい?」
とジョーカーは聞いた。
「かつての恩人の末裔だと思うんだ。」
とルシファーは説明した。
「そういうことか。
 ここから出るには縁のある者と連れ立っていかないと
 出れないからなあ。
 君達が行く時に僕もここを出るとしよう。
 何しろ僕は世界をほっつき歩き過ぎて、
 縁のある者とはぐれてしまったんだ。流れ者さ。」
ジョーカーが身の上を話すのをルシファーは
初めて聞いた。
「そう、そうするといいよ。」とルシファーは言った。
(そんな者もいるんだな。)とマサヒコは思った。
「では、その時には声を掛けておくれ。
 じゃあな、ルシファー。」
とジョーカーはどこかに消えていった。



14・マサヒコと女性の影

ルシファーとマサヒコはまた木の実の所まで飛んでいった。
マサヒコは少し茶色い髪に黒い瞳をしている。
ルシファーは不思議な気持ちでマサヒコを眺めた。
(こいつとこれからどういう付き合いをするんだろう?
 奴は昔のことなんて知らないみたいだし・・・)
マサヒコも不思議だった。
木の実を眺めながら、時々ルシファーの方を見やった。
(こいつキレイだよなあ。男にしとくのもったいないよ。)
ルシファーは顎くらいの金髪に深い青い目をしている。
そして、白い衣をまとっている。
(天使みたいだよなあ。名前もルシファーだし。)

それから物色しているとマサヒコは一つの木の実に
目がいった。
(女の人の顔が見える。)
自分でも意外だったが、何故だかその実が気になった。
「それが気になるの?」とルシファーは聞いた。
「ああ、どうしてかわからないけど、何か引っ掛かるんだ。」
「他にも見てみるといいよ。」

「あ、お前の首飾り見せて。それキレイだな。」
「ああ、これか。
 これ昔の恩人に貰ったんだ。これが僕達を引き合わせたんだよ。」
「へえー。」
マサヒコは水晶のようなその球を見つめた。
ルシファーはその球をマサヒコに手渡した。
(奴なら縁があるし、触れてもいいや。)
マサヒコは水晶を手に取るとそれを見た。
中に小さな小さな傷がある。
「ねえ、これ中に傷があるよ。」
「え、僕気がつかなかったよ。
 これはお守りのような物でね。僕の魂のような物さ。」
「俺がこの傷吸い取ってやるよ。」
マサヒコは急にその球に目を閉じて口づけた。
すると何かがマサヒコの中にスルッと入って来た気がした。
何だかせつない気持ちになった。
ルシファーは驚いてそれを見つめていた。

「お前、何か悲しいことでもあったの?
 何かせつなくなったよ。今。」とマサヒコは言い、
「え、僕は記憶喪失なんだ。
 でも、なんだか気分が軽くなった気がする。ありがとう。」
とルシファーは言葉を返した。
(やっぱり他人じゃない気がするよ)


するとマサヒコは言った。
「俺、何か今の生活嫌なんだ。俺、女の人になってみようかな。」
「え、やっぱり気になるのかい?さっきの実の女の人が。
 長老に聞いたんだけどね、あの実は未来の自分の姿
 だったりするんだって。
 そうするとね、お前女の人になるかもしれないんだよ。
 本当に後悔しない?」とルシファーは聞いた。
「へえ、そういうこと?
 でも俺、今の生活に戻れるの?俺一度死んじゃうの?」
「いや。それは無いよ。
 お前のいる世界とこの実がどこでつながるかわからないけど、
 まるでこのことは一晩の夢なんだ。お前のいる世界では。
 たぶん、お前の生きている現実の世界と夢との中間だよ。
 この僕達の世界は、心の世界なんだ。」
ルシファーは考えながらゆっくり喋った。
「そう・・・。」
ルシファーの姿も明日になれば夢として消えてしまうように
マサヒコには思われた。
何故だかそれが悲しかった。

「ねえ、お前、昔女だったんじゃないかな。
 何か優しいし、なんとなく・・・。
 俺と一緒に来る?
 何でか俺、女の人になるの選んじゃったけど・・・。」
とマサヒコは言った。
「そうかなぁ?本当に昔の記憶さっぱりなんだ。
 どうしてなんだろ・・・。
 うん、僕一緒に行くよ。
 お前とどういう間柄になるか、わからないけど。
 でも、お前の相方として行くよ。」
とルシファーは言った。
「わかった。お前と一緒に行くよ。」とマサヒコは言った。
「じゃあ、長老の所に行こうか。」ルシファーは言った。


15・リクの気持ち

二人で長老の所に行こうとすると、テイルが側に寄ってきた。
「あれ、ルシファー、どこへ行くの?
 ここで見かけない人を連れて。」
「やあ、テイル。
 彼は昔の恩人の縁の人でね。ここに招いたんだ。」
「そうなの。こんにちは。テイルよ。」
「あ、こんちは。」
(何かティンカーベルみたい。
 ほんと、ここの人達って夢の世界の住人て感じだ。)
「よろしく、テイル。」とマサヒコは言った。
「これから長老のとこへ行くんだ。テイルも行くかい?」
「あ、行く行く。
 カイも寝たっきりだし、私、気が気じゃなかったんだ。」
長老には小さな小屋があった。
彼はリクとカイ三人でそこで暮らしていた。
他の者達(ルシファー、長老、リク、カイ、テイル、ジョーカー以外)は
姿形が淡くまるで妖精のようだった。
彼等は木の上で休んだり、根元で寝たりしていた。
ルシファーはマサヒコを振り返って言った。
「じゃ、行こうか。」
「ああ。」
テイルが彼等の周りを飛び回り、光の道筋を残していた。

長老の小屋に着くと
カイは相変わらず寝ているようだった。
三人でその顔を覗き込んだ。
カイは苦しそうでも病気でもないような表情で、
ただ寝ているようだった。
その傍でリクはすることも無く、
やるせない顔で足を投げ出して座っていた。

「この子どうしたの?」とマサヒコは聞いてみた。
長老が口を開いた。
「それがわからんのじゃ。
 不思議な木の実をこやつ等が拾ってきてな。
 その実が弾け飛んでから、魂が抜けたように眠っておる。」
ルシファーとテイルは少し胸が痛んだ。
(自分達があの実を取ってこなければ・・・。)
と、どこかで思った。

リクは泣き出しそうな表情で言った。
「僕、こいつが居ないと駄目なんだ。
 気がついたら二人で一緒に居て、考えることも全然違うけど、
 離れちゃったら本当にもう二度と会えなそうで、
 大好きだった場所にも戻れなくなりそうで、やなんだ!
 二人でいないと見つからない場所があるんだ!」
いつもは横暴者のリクがそんなことを言うので、
長老もルシファーもテイルもビックリしてリクを見つめていた。
「お前がそんなことを言うのは意外じゃの。
 姿形は子供なれど、お前達は大昔の者じゃろう。
 お前、あの樹のいわれを知っておるかの?」
「僕?知らない。
 気がついたらカイと二人であの樹の側で遊んでたんだ。
 親を捜したんだけど、どこにも見つからないし、二人っきりで。
 あの樹の側に居ればいつか会えると思って。
 僕達、きっと捨て子なんだ。」
「ならば本当の親が見つかったらどうするのじゃ?お前。」
「僕?考えたことも無かったよ。
 カイが居れば寂しくなかったし。
 でも、僕達二人を愛してくれれば許せるよ。
 文句いっぱい言いたいけど・・・ちくしょう!」
普段は乱暴者のリクも
カイがこんな様子なので、かなり気落ちしているようだ。

(重い物を背負った子なんだな。)マサヒコは思った。
(カイの心はどこに行ったんだろう?
 あの不思議な実は何だったんだろう?)
ルシファーは思いめぐらした。

テイルはリクを慰めていた。
「リク、いつかカイに会えるよ。きっと。
 私達みんなここから出て、それぞれに旅をするんでしょう?」
「え、僕達旅に出るの?
 でも僕カイと一緒じゃなきゃやだよ!」
またリクが駄々をこね始めた。
「リク、そう駄々をこねるでない。
 カイはきっとこの世界とは別の世界で生きておる!
 あの実が不思議な扉を開いて、
 あの樹の精霊の多くを連れて行きおった。
 あの実とカイは、きっと一緒に世界を彷徨っておるのだ。
 ならばそれを追おう!
 お前、わしについて来るがよい。
 お前達が強い絆で結ばれているならば、
 世界のどこかでまた会うだろう。」
(もう、あまり時間が無い。あの樹は枯れ朽ちていく運命。)
長老は思った。

そう、みんな決断を迫られていた。
新しい運命を生きる為に・・・・・。



16・旅立ち

マサヒコとルシファーと長老達は
連れ立って樹の根元に行った。
そこにジョーカーが現れ、全ての者達が集った。

「よし、それではこれからみんな実を選んで、
 旅立ちの支度をする。
 それはこの実のそれぞれの記憶に委ねる。
 行く先のはっきりとは分からぬ旅じゃ。
 またこの樹の元で落ち合おう。
 では、好きな物を慎重に選べ。
 一人一つじゃ。
 そして、それが生まれ変わる心と記憶の源となる。」

ルシファーはマサヒコを促した。
「さっきの実を取りに行くんだろう?」
「ああ。」マサヒコは言った。

テイルもその傍である貴婦人の記憶に目を留めた。
「私、この人に付いて行くわ。」

それから長老とリクは一緒に実を選んでいた。
「わしは、一人で気ままに生きたいものじゃ。」長老は言った。
リクは「え!それじゃカイ探せないよ。」と言った。
「カイはそこで寝ておるじゃろ。
 ここに帰ればいつでも会える。
 それにな、おまえはカイと縁があるから、
 必ずどこかで会える。心配するでない。」と長老は言った。

ジョーカーと小さな星の一陣は
くるくると木の枝の周りを飛び回っていた。
かと思うとジョーカーは狙いをすまして、
ある一房をその鎌でバッサリと切り取った。

長老は言った。「では、みな準備はいいかな?」
「その房に願いを込めよう。そして、扉が開くよう祈ろう!」

「お前、何も実を持ってないよ。どうするの?」
とマサヒコはルシファーに聞いた。
「僕?お前の付き添いをするよ。」
「え?俺の?退屈しないか?」
「や、たぶんね、僕お前の身近な者として生まれ変わると
 思うんだ。」とルシファーは言い、
「ああ、じゃあ楽しみだ。」とマサヒコは言った。

「では、皆の者。行くぞ!
 皆の生きた証がこの樹を再び蘇らせるであろう。
 そして、また時が来たらこの樹の元で落ち合おう!
 いつとは言えぬ約束だが。」

長老の言葉に、皆房に願いを込めながら祈り始めた。
すると、マサヒコが来た時のように天が光り、
天の一部がぽっかりと口を開けてドロドロと渦巻き始めた。
皆、祈りながらドロドロとした中に吸い込まれていった。



haru
作家:haru
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