(何か社会に貢献できなくても、個人的な小さな生活の中に完結した人生であれば、わたしらもそれはそれでよし、と幸せな人間が増えて安心するものです。どうしても何かを達成させようと強いるわけではありません。
それどころか、なにかの拍子に大成功をおさめることにでもなると、羨む心情に影響されて、まるで取引でもあったかのように悲惨な最期を遂げることも多々あります。
社会的に成功できたから自身の功績であると思うのは間違いであり、逆に成功しなかったから自分は能力が無いと卑下するのも本当ではありません。
そうそう、少し混同したようです。流れと関係の無いことを喋ってしまいました。本題に戻ると、この高志と勝子夫婦ですが、日本が敗戦から次第に身を起こし、希望をもって日々復興していたころの両親のもとでふたりとも普通に愛を受けて、余り挫折することも無く呑気に善を信じて生きてきた人間でした。
その意味では決して不運を背負ってきたわけではありませんし、まじめな、しかし芯の無い二人なのでした。良くも悪くも、敗戦によって古い文化がじわじわと根底から変化していく中で育った根無し草の一種です。
しかしまだ何かを信じて希望していた時代だったでしょう。それが果たされたかのような経済的大躍進と、その衰退、失望は国全体を覆いました。もう何を信じたらいいのかわからない時代が来たのです。
わたしらが、こうなる未来を知らなかったはずはありませんが、より大きな考慮の元に、その小さな一部として、とりあえずは例の日置グループ担当の小さな後押しで、二人を結びつける手助けをしていました。
勝子が日置出身の上昇気象の強い女であり、せめて足がかりになるようにと選ばれた家柄がこの没落一家だったのです。
そうです。先に登場させた高次はかれらの息子です。およそ人の気性はその親の遺伝子とその後の環境によって形作られるものですが、そこにわたしらが手を加えようとするかといえば、ノウでもありイエスでもあります。
偶然に対し恣意的にはたらきかけることはさすがに特別な次元グループにしかできませんし、またたいていのものは物理や化学、生物学的な法則に則っています。
性格形成の時期に、そこに関係している両親などの性格、彼らへの影響勢力を加味するとかなりの情報処理能力が要求されます。わたしらはその能力をえていますが、意図の拮抗関係もありますので、結果として現れてくる性格心情は総合的判断のなすもの、というわけです。
しかしわたしらが常にできるかぎりの幸福を子孫に願ってそうするものであることは絶対に信じてもらっていいのです。そして安心して、自分という存在をなだめてやってほしいのです。
悲しみのどん底にあっても、それは意味あるものであり、克服しもっと深い人間になるための善き配慮であると納得してほしい、決して悲運に押し倒されないでほしいのです。
安心し、信じること、それがプラスのスパイラルの根本なのですから)
『早世の愛のたとえ』
愛する人を亡くした悲嘆を考える会、そんな小さな記事をみかけるたびに山野純子は電話番号をじっと見詰める。いつのころからか、そこにインターネットのサイトアドレスが記されるようになっていくのもじっと見詰めていた。
二歳の里美を残して夫が癌でなくなるのに時間はあまりに短かった。前の恋人との辛い関係から救ってくれた、愛して止まない夫孝彦であった。早く別れるからあんなにも愛が強かったのか。
純子は里美の笑顔に救われていたし、力づけられてもいた。里美は孝彦に良く似ていた。孝彦を育てているようだった。それで生きていたと思う。
里美が大学生になったとき、いまさらと思いながらも純子はサイトを開いてみた。里美に相談すると、やってみたら、操作は教えたげるからと孝彦のように言った。
事例によりいくつかの窓ができている。パートナーを亡くした、というところをクリックする。
そこには、最近配偶者を亡くしたという若い人、老いた人らの悲しみが書き連ねてあり、同じ思いの人の言葉や励ましの言葉が、ついている。封じていたわけではないが、涙があらためて溢れた。
純子のようにもう十五年以上もたっているのは稀であった。ある投稿に目が留まった。
「夫はまだ26歳でした。死にたくない、別れたくないと一日中言い続けました。私も死なないで、別れたくないと一日中言い続けました。そんな日もそれほど長くはなかったかもしれません。それほど癌の進行は早かったのです。
ある日、夫は意識を失いました。半日ほどでまた戻ってきて、その後はそれほど絶望的ではなく、眸がもうこの世に人のようではありませんでした。私だけが死なないで、別れるのはいやと泣いて泣いて息もとまりそうでした。
おまけに妊娠がわかったのでした。夫はそれを知っていたかのように、頷いて、私の頭を撫でてまた頷きました。大丈夫、もう僕は覚悟したよ、仕方ない、君にもう触れることが出来ないけど、いつも君の幸せを祈る存在であるだろうよ。私はいやいやとしがみついて号泣しました。いいわ、私も死ぬからと叫びました。
夜少し遅く彼が帰ってくるだけで、もしこのまま会えなかったらどうしようとパニックになりそうな私だったのです。堪えられるとは思えませんでした。夫はただ私を抱きとめていてくれました。その耳に大丈夫、安心して、護っているから、君も赤ちゃんも、夫は囁きました。
それがとても頭の中に響きました。その翌々日に昏睡が訪れ、一日して次第に息がなくなりました。頭の中で彼の声がずっと響いていました。」
それは純子の経験と重なるものであった。こんなことあるんだわ、と不思議に納得した。
自殺で遺族になった家族、自動車事故で失った家族、と純子は窓を少しずつのぞいて歩いた。
悲しみにうちひしがれた声、同感し慰める声、そしてどうしても護ってくれているように思えるという声、その三種類があった。
純子は、孝彦が護っているから、と一度だけ言った言葉を絶対的に信じた。信じることの出来る夫であった。
なにかあるたびに、ああ、あの人が護ってくれたと思って、やっぱりと確信してきた。
里美の耳が片方難聴になってしまったときも、もうひとつがあるのはよかった、と自分を励ました。すると里美には別の能力が現れた。言葉に色がついて見えるというのだった。
それを描いてみせた。そんなこともしながら、里美は薬学部に通い、自立した女性になると決意してもいた。
喪ってしまった幼児、胎児に対してまでそんな護ってくれるという感じを抱いている人も多かった。いつの間にか、悲嘆の克服法としてエンゼルマークの窓まで増えていた。
そこのサイトの自死遺族の窓は、一応遺族以外はお断りしています、と書き添えてあったがあるとき、純子はボタンを押し間違えてしまった。
様子が違うのでおや、と思ったが別に変わりは無かった。それで記事を読んでいった。
ちょうど昨日付けの新着記事があった。それはもう十数年前に若くして息子を失った母親であった。そこに慰めを求めているというより、慰めを与えるためにそこに顔を出しているように見えた。
彼女の助言や励ましはエンゼルマークの窓にふさわしいような感じだった。特に自殺の場合、かえって差別されたり冷たい視線をあびて告白しない人が多いのらしかった。罪の意識も家族は持つのである。
「でもね、たとえ欝になったことが原因であってもそれは普通の病気の一種なのですし、その他の肉体的な病気で苦しむのと同じだと思いますよ。そして肝心なことは、個人が苦しんだ分、悲しんだ分、その人たちは護りの力が強くなる、きっと護ってくれていると自分に言い聞かせることなんです。
わたしたちは喪失を悲しんでいい、悲しまないことなんか出来ない、でもねでもね、あの子達の護る意思に対して真正面から受け止め、ありがとうよろしくお願いします、いつも有難うってそしてチーンて鳴らすんです。可哀想にと思いつつも、あの子たちの雄雄しい決意と自己犠牲の勇気を褒め称えてあげるんです」
その女性は、はたしてエンゼルマークの窓でも見つかった。
「夢を見たんです。安定剤を使用するようになって以来、夢はもう見ない、と知っていました。でも夢を見たんです。白昼夢だったかもしれません。
大満月の宵がた、彼の月命日らしく、星の光を圧する黄金の望月は、彼岸と此岸との接点の薄蒼い幕にあけられたのぞき穴のようでした。
愛され惜しまれ懐かしまれる非存在たちの情がそこに集約されてそれであんなに煌々と灯っているのらしい。
月の軌道は楕円形なので、しかも地球の赤道に対しアミダがけになっていて、軌道の最も高い位置でかろうじて太陽光を全面にうけるのらしい。それが人類に与えられた僥倖としての望月の姿。
しかもその宵は、楕円の最も地球に近くに接している場所なので大満月なのらしい。
みっくん、どうしてる? 言わずもがなの語りかけ。
あ、飛行機が飛んできた。最終便の成田発なのか、やけに白々、きらめいて宝石のような。
あ、ひょっとしてETのように?
あ、あっ、ほんとに月に当たる!
機体は本当に、映画ETの中の自転車ではないがそのごとく、金色の大円盤を影として通りゆく!
しかもそれでもきらきらと輝きながら。
君もあんなふうに天翔けていったのね。
誰でもこの世を去るけれども、自らの理想に適わない生ならば生きるに値せずと決定する。
それは普通は許されない、実行するにはその方法しかない。逃げたのではないよ、これは僕の自由意志だからね。
みっくん、わかってるよ、尊厳死と呼ぶべきだっていうんでしょ。非存在になればお母さんを護ることができる、それがもうひとつの結果なのね? そうなの、みっくん?
影でありながらきらきら輝きながら飛行機の形は通り過ぎていき、消えてしまった。
私はそんな夢を見たように思います。そしてそれを固く信じることが出来るように思います。
それが彼を支えることだと思われました。彼が私や係累を守護するのと同様に。」
(山野純子は知る由もありませんが、そのサイトの人物とは彼女の古い友人麻子 クルトであったかもしれません。
あるいは似たような縁の人物であったかもしれません。お互いに知らずに、あなたらだってすでにこの地上で助け合おうとしているのです、きっと)
『富士玲子と飯島徹』
月日は全人類と全生物の生死を運ぶ地球のうえに流れていった。
真空でありながら、サイズの異なる物質の飛び交う大空間の中を、地球の属する銀河系も大回転しつつ移動していった。
そのひとつの腕のかなり外側の太陽系も自転公転を幾重にも積もらせながらそれごとまた銀河系と共に疾走回転して、いずこへか進んでいった。
地球の衛星はほんの少しずつ遠ざかりながら、斜めの自転軸をもつ地球にたいして自らの傾きを持った軌道を公転していた。つねに地球に同じ面をむけながら二十八日ほどで一周を終えた。
その間に地球は二十八回自転していた。月の自転は二十八日もかかってやっとくるりとターンが完了する。
地球は三百六十五回も自転しながら公転を一度終える。一年が経つ。
平成二十三年になるまでに宇宙のどこへと銀河系が進行したのか、一体何億トンの星屑を、つまり微粒子をそらから受け取ってきたのか、いくつの生命が形成されたのか、いくつの生命体の中に取り込まれ体の一部となったのか、飯島徹は息子とビールジョッキを前に、とりとめない思考を巡らせながら夜空を仰いでいた。
「パパ」
父親は優しい視線を有理に向けた。「ん?」
「引越し、何とか間に合いそうだね」
「ゆうりにも助けてもらったし、ママの分はもう何もないから一人分だしね」
「ママ、幸せみたいだよ」
「うん、良かったよ、彼は真剣だしね」
「やっぱりね、福島に転職してしまうのはここには居づらいってこともあるんでしょ」
「そりゃね、まあ向こうの研究施設がパパの専門に特化するという絶好の理由もあるし」
「僕は里美ちゃんとこのまま一生過ごす、来週婚姻届を出すから」
親子して生物化学と物理化学を専門に研究する職を選んだのは、いかにも仲のよい二人らしかった。
妻のニーナは日本語に堪能になり、近所付き合いもうまくこなしていたのだが、徹の静かな感情表出に飽き足らなくなっていった。徹の中にニーナとは違うイメージが生きていることにまで気づいてはいなかったし、実際徹にとってそのイメージは幻の破片のようなものにすぎなかった。
昨年の秋に、ニーナが離婚を切り出した。再婚したい相手が隣人であるというのにはさすがに徹も仰天した。しかもその人物は医者の息子なのだが、長い間ひきこもりの生活をしていた詩人だという。収入が無いわけではなく生活はむしろ豊かであるようだったので、彼女が彼を心身ともに支えることに愛情と生きがいをもつのなら自分はそれを受け入れるべきだろうと考えることが出来た。
「パパ、大丈夫か。やっぱり気落ちしてるんじゃ?」
「ああ、大丈夫だ。ママと彼氏と二人分も幸せが増えるんだ。ゆうりたちもそうなんだしね。パパには学問的な使命があるだけで充分だよ。それはそうと、里美ちゃん、つわりはどうだい」
「なんとかまだ仕事してるし、辞める気はまったくないよ。お母さんが近くに引っ越してくるっていうし」
「それは有難いな、なによりだ」
「高齢出産にちかいからね。孫ができるってどうさ」
「嬉しいよ。よくもそんな幸運に恵まれたなと思って」親子はかるくジョッキを合わせた。
徹の意識の中に、愛しい人々、護りたい面影がいくつも浮かんだ。
彼の心のそこにはいつも深い愛情があるのだが、それが利己的なものでないために所有慾にならなかっただけのことだ。ほとんどの人間が好きだった。ある人の欠点はわかっていてもその人が好きだという気持ちを感じるのだ。
「ママには会ったかい」
「うん、少しね。変な気持ち。でもママ、きらきらしていたな」
「そうだろう、幸せになって欲しい」
有理を見送ってから、飯島徹は見るともなく隣人の家の窓の明かりを見た。ふと、自分がニーナではない女性を思い描いていることに気づいた。
富士玲子との連絡方法はずっと持っていた。ときどきメールで時候の挨拶を交わし、おたがいに充実した活動をしていること、子供のことなど報告していた。
離婚のことはまだ書いていなかった。なんとなく、玲子が自由で縛られない、感情に真実の恋愛をしているように以前から感じていた。そうであってほしいとも思っていた。
冬はしばしば日本に滞在している玲子に、徹は少し期待してメールをした。
案の定、ピアニスト兼指導者としてしばらく日本にいる旨の返事が来た。玲子の耳の問題はなんとか克服することができ、その悲劇がかえって人々をひきつけたらしく、そして実際にコンサートで聴いてみると、演奏に誰もが感動を受けるようになっていた。
二月末に東京で小さな演奏会が開かれるということだったので、徹は引越し準備半ばの自宅から電車で会場にでかけた。
富士玲子を遠くからでも見るのは、昔、ドイツ時代以来である。
徹は花束を持っていった。カードに挨拶と携帯の番号も書いた。
演奏は実に人を泣かせた。玲子が情感を過度に表現するからではなく、あまりの音の美しさのために感動して涙が流れるのだ。となりで泣いていた麻子クルトのことを思い出した。
自分の感情も心底から溢れるような感じがした。帰りに、駅まできたとき携帯が鳴った。
お互いが美しく歳をとったことを同時に二人は感じたのだった。老醜はなくそれは円熟であった。最後の輝きであった。
時間がとれるとすぐに電話を掛け合った。すると会いたくなって、会うと話が止まらなくなり、この三十年近い年月のお互いの専門活動や家族のこと、友人のこと、とうとう話し明かしたこともあった。
一緒に福島まででかけ、マンションを借りる手続きに玲子もつきあった。それから自然に手をつないで、歩いた。大学を辞め、心機一転して働くことになっている中程度の薬剤会社がもつ研究所も見せた。
「なんだか心の中が熱くてわくわくするんだよね、僕はあなたのこと好きになったのかも。昔から好きだったのかな」
「あたし、きっと徹さんのこと愛してる。昔からもうそれは始まっていたのよ。縁の無いものだと思って無視していたのね。でもこうして会った。そしたらもう止まらないわ」
「今はじめて会ったとしてもきっと好きになったよ」
「そうだわ、今はじめて会っても愛したわ」
何のためらいもなく、あるとすれば明日の仕事の予定に関してだけだったが、翌日の昼過ぎに新幹線で帰京することにして、ふたりは自然にホテルに入った。
夢のような時間が過ぎた。食事をし、少しシャンパンもたのんでまるで映画のなかのシーンのようである。すれ違う人がなんとなく二人を見返る。それすら楽しかった。
部屋に入ると、すぐに愛し合った。ろくに服も脱がないままひとつになることに夢中だった。それのみを願っている心身があった。ひとつになってから数分のうちに激しく上り詰めた。花火とともに空を舞っているような歓びをふたりとも味わった。と、そのあと告白しあった。「まあ、服を着たままだわ」
「それも珍しいね、これからゆっくりしよう、バスルームを準備するよ」
五十歳になったばかりの玲子は彫像のように完璧で美しい体のままである。年上の徹も長年テニスや陸上と縁が切れなかったので、鍛えられた肉体を保っていた。
バスタブで、ベッドで、夜景を窓から見ながら、二人は静かにあるいは情熱的にお互いを愛し合った。
玲子はそのままで何度も達して声をあげた。徹はそれを感じるだけで射精も無いのに至福の感覚を味わった。まさにそれが脳の技であるのだと思いながら。
『仮の別れ』
三月は多忙である。その後なかなか会えなかった。退職と転居、就職、ひとりで荷物を造り全ての手はずを整えるのはなかなかの仕事である。玲子もいろいろな予定が詰ってきていた。
三月九日に徹は荷物を運送業者に渡した。といっても三月末までしばらく戻ってきて最後の始末をつけなければならないため、身の回りのものと、使い捨てにするつもりのものは残してある。
三月十日に東北新幹線で福島まで行った。マンションに荷物がくるのは翌日だったが、そこに寝ることはまだできないので、その夜は近くのホテルに宿泊した。
玲子に電話してみると、これから南のほうに向かうという。故郷に数日滞在し、関西空港に息子のカルルを迎えに行き、一緒にコンサートの旅に出るので、その後三人で福島か東京で会うようにすることにして電話を切った。
朝一番にマンションの鍵を開けに行く。まもなくトラックがついた。嵐のように段ボール箱が運び込まれ、あらかじめ決めておいた部屋へ番号どおりに積まれていく。荷物は自分であけると言ってあるので、昼過ぎにはすべての搬入が終わる。
次に電気、ガス、水道の家具との接続などが行われるべく、業者の来る予定がつぎつぎと進んでいくはずであった。
大きな衝撃がマンションの五階の部屋に轟く。徹は部屋中を揺さぶられて転がる。そうしながら玲子がいなくてよかったと思う。長い揺れである。次に方向の違う揺れに変わる。
箱のままなのでかえってよかったと思うほど振り回される。やっと外に出たほうがいいかもと気づく。そうすべきではなかったかもしれない。どちらでも同じなのかもしれない。
階段を下りるときはやや静まっている。これで済んでくれるだろうかと思う。
そのマンションがもっとも海に近く、背後には新興住宅地帯が広がっている。
近くの木造の古い住宅は軒並み半壊状態になっている。泣き叫ぶ声があちこちから聞こえる。徹はあたりを見回す。とりあえず走っていって声の主を探そうとする。
玄関からでかかったまま挟まれている女性がいる。徹が彼女を引き出す。まだ誰がいるか、と尋ねる。
背後から轟音が聞こえる。恐ろしく寒い。女性が恐怖に顔をひきつらせる。徹は彼女を慰めようとする。
そのとき轟音が徹を叩いた。信じられない、と思うほどの衝撃と冷たさ、一瞬にして徹の意識が失われる。