途絶えたメール

 「和歌子は20歳のころ半年ほどここで働いていました。和歌子とは親友で在職中も退職後もメールのやり取りをしていたんです。でも、昨年の10月5日を最後に、突然メールが途絶えてしまったんです。和歌子の性格からして、まったく理解できないんです。和歌子が病気じゃないかと心配なんです」彼女は背中を洗い終えると正面にやってきた。スポンジに十分泡を含ませると右腕をゆっくり洗い始めた。

 

 コロンダ君は野坂の話が本当であったことを確信した。「メールが突然途絶えるということは本当に奇妙な話ですね。でも、新年祝賀の儀ではお元気そうでしたね」コロンダ君はテレビ中継をお思い出していた。「そうなんです、私も和歌子の元気な笑顔を見ました。和歌子は、皇太子妃になったから私のことを忘れようとしているのかしら。でも、メールで私に相談していたのに、どうしてかしら」彼女は意味がはっきりしないことをつぶやいた。

 

 「え、相談ですか?いったい何を相談なされていたんですか?聞かせてくれませんか?」コロンダ君は糸口がつかめそうで、はやる心を抑えて訊ねた。「和歌子は離婚したいって何度もメールしてきたんです。皇太子妃になんかなるんじゃなかった、離婚できないんだったら、自殺するって。監視され、束縛されたうえ、下女扱いされて、こんな生活は耐えられない。こんなことを何度もメールしてきたんです」彼女はメールの内容をかいつまんで話した。

 コロンダ君の目は輝き始めた。「他に何か気づいたことはありませんでしたか?」彼女はコロンダ君の右足を持ち上げるとスポンジでゆっくりと洗い始めた。「あ、ちょっと気になったことがあるんです。新年祝賀の儀のとき和歌子は黒真珠のネックレスをしていたんです。びっくりしました。和歌子は黒真珠のネックレスは絶対しないと言っていたんです。というのも、和歌子のお母さんが黒真珠のネックレスをした日に交通事故でなくなったそうです。だから、絶対に、しないと言っていたのに、それなのに」彼女は和歌子への不信を口にした。

 

 コロンダ君は左手を顎に当てるとしばらく考え込んだ。突然、メールが途絶えた。離婚できなければ自殺する。絶対しないと言っていた黒真珠のネックレスをしていた。新年祝賀の儀では元気な姿を見せていた。「お風呂にどうぞ」コロンダ君は湯船に案内された。風呂から上がり、真っ赤なソファーに案内されると横に彼女が腰掛けた。「お飲み物は何になされますか?冷蔵庫にはソフトドリンクもございます」テーブルにはブランディーがあった。

 

 ブランディーを注文した。彼女はグラスにブランディーを注ぎ、グラスを手渡した。おつまみが入った竹で編んだかごをコロンダ君の右手に置くと、彼女はプチチョコレートを口にそっと押し込んだ。「ご気分はいかがですか、和歌子の話は参考になりましたか?これを題材に小説を書かれるんですか?」彼女はいったいなぜ和歌子のことを根掘り葉掘り聞きだしたのか不思議に思っていた。

 コロンダ君は一瞬野坂の事故死のことを話そうかと思ったが、話すのをやめた。事故死と聞けば、自分のことを刑事と疑うと思えたからだ。「まあ、そんなところです。趣味で書いているだけですよ。とても癒されました。また、福岡にやってきたときは、アヤさんを指名しますよ」コロンダ君は福岡までやってきた甲斐があったことに満足した。笙子のことを思うと少し罪悪感が起きたが、情報をくれたアヤに感謝の意を込めてキスをした。

 

 コロンダ君は自宅に帰ると、早速お菊さんに報告することにした。お菊はお茶を入れて書斎に笑顔で入ってきた。「お菊さん、収穫がありましたよ。野坂が言っていたことは本当でしたよ」コロンダ君はアヤから聞いたことを順追って話した。「やはり、本当でしたか。和歌子妃はどうしてメールしなくなったんでしょうね。突然やめるって事は奇妙ですよ。離婚したい、自殺する、これはただ事じゃありませんね」お菊は妄想を膨らませ始めた。

 

 コロンダ君はお茶をすすると、飛行機の中で考えていたことを話しはじめた。「お菊さん、帰りの道中で考えたんだけど、和歌子妃は自殺したんじゃないだろうか?離婚できなければ自殺するって言っていたからね。でも、現に和歌子妃は元気で生きているんだ。この点だけど、この和歌子妃は替え玉じゃないだろうか?自殺した和歌子妃そっくりに整形した偽者の和歌子妃じゃないだろうか?ちょっと、強引な憶測だけど」コロンダ君は考えた挙句、このような結論に達した。

 お菊は真剣な面持ちで数回頷いた。「はい、その考えは当たっているかもしれませんね。もしかすると、自殺じゃなくて、皇太子に殺されたのかもしれません。天皇家の出来事は誰も分からないのです。たとえ、殺人があっても警察は事件をもみ消す、とどこかの本に書いてありました。天皇家も警察も怖いところですよ」お菊は天皇家について書かれた本を思い出しながら話した。

 

コロンダ君は呆然として天井を見詰めた。「自殺じゃなくて、他殺ですか。これは恐ろしいですね。もし、和歌子妃が他殺であれば、野坂の他殺は十分考えられますよ。詮索するやからは、消されますね」コロンダ君はますます和歌子妃は殺されたように思えてきた。「お菊さん、天皇家のことはどうしようもないけど、野坂の仇討ちは成し遂げたいですよ。何かいい方法はありませんかね」野坂の他殺は間違いないと確信した。

 

 お菊は残っていたお茶をすすって飲み終えると、眼を閉じて考え込んだ。コロンダ君もいろいろ考えたが、野坂を殺した犯人がヤクザであればどうすることもできないと思えた。きっと、指図したのは警察に違いないと思えたが、もはや、ヤクザと警察がグルでは太刀打ちできないとあきらめかけていた。お菊さんはゆっくりと眼を開けるとつぶやくように話し始めた。

春日信彦
作家:春日信彦
途絶えたメール
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