友情をかけた嘘

         菊池の決断

 

 横山は菊池と大島の気持ちを察知していた。横山は二人とは小学校のときからの親友で、二人がなぜ進路に悩んでいるか痛いほど感じ取っていた。横山は二人の将来のことを考えて、最善の策を考えていた。菊池にゆう子の進学のことを話す決心をした横山は、佐藤を交えて将来の話をすることにした。横山は佐藤に菊池をマックに連れてくるように頼んだ。12月9日()横山は窓際の席を陣取ると、二人がやってくるまで話の段取りを何度も練った。

 

 2時を回ったころ、佐藤が先頭にドアを押し開け入ってくると、横山は手を振って笑顔で合図した。いつものように、二人はチーズバーガーとコーラをトレイに乗せると横山のテーブルにやってきた。「ゆう子は?」佐藤が訊ねた。「突然、お客さんが東京からやって来るんだって、今日は三人と言うことで」横山はとりあえず口からでまかせを言った。横山はどのように口火を切っていいか悩んだが、野となれ山となれとエリートクラスの話を始めた。

 

 「受験って、ほんと、イヤね。エリートクラスは毎日テストよ。宿題は多いし、補講は毎日だし、合格したら、思いっきり遊んでやる」横山はぼやきを入れて二人の口を軽くすることにした。「佐藤君はどこの高校を受験するの?」まず佐藤に話しをさせて、菊池の本心を聞き出す作戦に出た。「俺か、糸高とH高校に決めたよ。おそらく、糸高に着地すると思うけど」話し終えると大きく口を開けバーガーにかぶりついた。

元気の無い菊池はストローでコーラを飲んでいた。「菊池君はどこ?」横山はこれからが正念場と気合を入れた。「俺か、佐藤と同じ」バーガーをかじるように食べ始めた。「え!糸高ってこと、Y高校じゃなかったの?」横山は目をむき、身を乗り出して、驚きの声を発して訊ねた。「そうだけど、俺の頭じゃ、無理ってか」菊池はとぼけた返事をした。「そうじゃなくて、Y高校に行かないの、スカウトされたんじゃなかったの?」横山は鬼になって菊池の心と戦うことにした。

 

 佐藤もあきれた顔で菊池を見つめた。佐藤は、以前菊池からY高校を断ったと聞いて驚いていた。「もったいないんじゃないか、菊池、お前だったら、Y高校でもエース取れるんじゃねーか。お前にしては弱気だな~」佐藤には菊池の心がまったく分からなかった。「菊池君、佐藤君の言う通りよ、菊池君ならきっとエースで甲子園に行けると思うわ。Y高校の監督が気に食わないの?」横山は菊池の心をほんの少しでも動かしたかった。

 

 「いや、監督さんはすごく立派な方だよ。親父もほめていたし。でも、俺は、名門高校には向かないと思うんだ。田舎の弱小高校で甲子園を目指すほうが、俺には向いていると思ったんだ。親父にもそのことを言って、納得してもらったよ」菊池は口が裂けても本心を言いたくなかった。「そうなの、菊池君には菊池君の考えがあったのね、そう、そう!ゆう子ね、東京のW高校に決まりそうって言ってたわ。教頭の口利きがあったみたいね。鬼教頭もいいところあるじゃない」横山はゆう子に口止めされていることを話してしまった。

「え!嘘だろ、ゆう子は糸高って言ってたぞ」菊池はあまりのショックにコーラのカップを握りつぶしていた。あふれ出た黒いコーラはトレイに広がった。「菊池君、袖が濡れてる」横山はハンカチを取り出すと菊池に手渡した。「知らないのは当然よ、12月に入って、特待生の話が決まったみたいよ。菊池君もW高校に行きたくなったの」ついに横山は菊池のハートに矢を放った。

 

 血の気が引いた菊池は「バカ言え」と叫んだが、あまりのショックに死にたくなった。「菊池、東京といっても飛行機を使えば3時間で会えるじゃないか、そんなにがっかりするな」

佐藤はなんと言っていいか分からず思いつきの励ましをした。菊池の頭の中は真っ白になっていた。「ゆう子は才能あるしな。良かったよな」菊池はこれ以上、この場にいたくなかった。スッと立ち上がると無言で立ち去った。両手をポケットに突っ込んだ菊池は、ぼんやりと亡霊のように裏道を歩いていた。

 

 東京と聞いたとき、ゆう子とは一生会えないような気がした。菊池はゆう子の応援が嬉しくてマウンドに立っていた。大きな試合ではいつもスタンドのどこかで応援してくれていた。東京に行ってしまえば、ゆう子の応援する姿が消えてしまう。このことを考えると野球の意欲まで消えうせてしまった。ゆう子の喜ぶ笑顔を楽しみに、必死になって投げてきた菊池にとっては、ゆう子のいない甲子園なんてどうでもいいように思えてきた。

 

部屋に閉じこもった菊池は夕食も取らず、寝込んでしまった。このまま、死ぬまで眼を醒ましたくなかった。眼を閉じると、ゆう子との別れの想いが次から次へと湧き出てきた。東京の高校に行ってしまえば、東京の大学に進学し、東京で就職することになる。きっと、二度と会えない。ゆう子のことだからすぐに彼氏ができるに違いない。東京のイケメンに勝てっこない。田舎者の俺なんか、すぐに忘れさられる。本当に東京に行っちまうのかよ~。

 

ドタン、ドタンと階段の鳴り響く音が菊池の耳元に近づいてきた。「兄ちゃん、メシ」弟の浩二が叫ぶとすぐに階下に降りて行った。勇樹は何も食べたくはなかったが、Y高校の進学の件を話す為に降りて行った。「寝とったんか?はよ、飯食わんか」父親の太は怒鳴りつけた。「寝とらん、考えごとば、しよったと、うぜ~な~」勇樹は椅子に腰かけるとお茶をすすっている父親に話しかけた。

 

「Y高校のことばってん、俺、やっていけるやろか?」Y高校を一度は断ったが、ゆう子との別れを考えると、勇樹は糸高に行く気がしなくなっていた。頑として断っていた勇樹がY高校の話を始めたとき、太の目は輝いた。「お!行く気になったとか?監督に断りの返事はしとらん。本当に行く気か!」太は本心を確認したかった。「名門でエースになれるか、自信ないけど、行こうと思う」勇樹はゆう子を忘れるには一番いい方法と考えた。

春日信彦
作家:春日信彦
友情をかけた嘘
0
  • 0円
  • ダウンロード

3 / 16

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント