パンチラ闘争

 鳩が豆鉄砲を食ったような音楽教師、小嶋先生は、突然立ち上がり教頭に向かって頭を下げた。「申し訳ありません。リーダーの大島に解散を指示しましたが、大島、横山、八神、の3名は納得がいかないと言って活動をやめません。そのことを教頭にご報告しようと思っていました。私の指導不足で誠に申し訳ありません」小嶋先生は何度も頭を下げた。ハンカチで目元を押さえ涙を拭いていた。

 

 教頭はITC48のメンバー18名の氏名と成績を把握していた。「メンバーは18名。1年生、6名。2年生、4名、3年生、8名。15名は指示に従い、3名は従わなかったわけですね。この3名は3年生ですね。ちなみに、小嶋先生はメンバー18名の5月に実施された実力テストの偏差値をご存知ですか?偏差値50以上は1年の渡辺、3年の横山の二人だけです。お分かりのようにアイドル活動は学力低下の原因となっているわけです。

 

今、リーダーの活動を止めさせないと、人目のつかないところで活動を続け、ITC48を再結成することは眼に見えています。もう一度、大島に活動をやめるように指示してください。もし、活動をやめないようであれば停学処分を考えなければなりません。いいでしょうか、小嶋先生」教頭の目は血走っていた。小嶋先生の顔は真っ青になっていた。

 

小嶋先生はしばらく黙っていたが、勇気を出して話しはじめた。「確かに、メンバー全員、成績はよくありません。アイドル活動が学力低下の原因かもしれません。だからといって、解散しなければならないのでしょうか?みんな、楽しく、歌って、踊っている姿はとても輝いています。これからの学習は責任を持って指導いたしますので、活動を続けることを認めていただけませんか。お願いいたします」小嶋先生は頭を深々と下げた。

 

 教頭は唇を左上に引き上げると説得するように話しはじめた。「小嶋先生はまだお分かりではありませんね。アイドル活動は女子生徒だけの問題ではないのです。男子生徒にとっても学力低下の原因となっているのです。例年、文化祭でITC48の公演をやっていますね。他の中学校の男子生徒もたくさんやってくると伺いました。人気があるのは大いに結構ですが、うわさでは、男子生徒の目的は、なんと、パンチラ覗きと伺っています。

 

 ITC48を見に来る男子生徒のほとんどはパンチラが目当てということです。したがって、アイドル活動は、義務教育である中学校としては認めることはできないのです。糸島中学の男子生徒の偏差値は女子生徒のそれより4も低いのです。これは授業中も頭の中がパンチラになっているからに他ならないのです。天神中学においてもアイドル活動を禁止してからは、男子生徒の授業態度が改善され、偏差値も向上いたしました。

 

 小嶋先生、お分かりになりましたか。アイドル活動は一部の生徒にかかわる問題ではないのです。学校全体の風紀を乱しているのです。ここ数年、糸島中学の偏差値は低下しています。この原因はアイドル活動にあると断言できるのです。ですから、即刻、3名に活動をやめるように指導してください」教頭の口調はまさに検事であった。小嶋先生は被告人のようにうなだれていた。

 

小嶋先生の正面に座っていた東国原先生は両手に拳骨を作り突然立ち上がった。「確かに、教頭先生のおっしゃることはごもっともです。そこで、男の気持ちということで、少し意見を述べさせてください。今おっしゃられた、パンチラは悪ということですが、パンチラは本当に学力低下の原因でしょうか?男の僕としては関係ないように思えます。パンチラは男のロマンだと思います」言い終わるとすぐに腰を下ろした。

 

東国原先生は小嶋先生に片想いをしていた。ここで小嶋先生に助け舟を出せば、一気に小嶋先生の気持ちを引きつけることができると思い発言した。小嶋先生はうつむいていた顔を上げ、ほんの少し笑顔を見せた。教頭は左手の中指で金縁の眼鏡の端をほんの少し持ち上げると、眼を吊り上げ、机を右手の拳骨で勢いよく「ドン」と叩いた。一瞬、全職員は背筋を伸ばした。

 

「パンチラは男のロマンですか。聞くところでは、他校の男子生徒とパンチラの写メのやり取りをしたり、YOU TUBEに掲載したり、こんなことが男のロマンですか!このことは教育委員会でも問題になっているのですよ。ご存知でしたか?」教頭の顔は真っ赤になっていた。小嶋先生はまたもやうつむいてしまった。「それは、寝耳に水です。初めて聞きました。指導不足で申し訳ありません」東国原先生もうつむいてしまった。教頭は勝利の笑みを浮かべると会議を終えた。

 

パンチラ闘争

 

職員会議が終わると、小嶋先生は大島、横山、八神たちが首を長くして待っている音楽教室へと駆けて行った。音楽教室では大島がピアノを弾きながら、「真夏のSounds good!」を歌い、横山と八神は踊りながら歌っていた。小嶋先生が部屋に飛び込むと三人の声は止まった。三人は小嶋先生に駆け寄り、先生の手をとると、急いでピアノの席に着かせた。大島が眼を丸くして尋ねた。

 

「先生、どうでしたか?」大島は小嶋先生の発言に期待していた。小嶋先生は眉を下げ、肩を落として「残念だけど、完全に解散するように命令されたわ。先生、勇気を出して、活動をお願いしたんだけどダメだったわ。みんなの気持ちもしっかり伝えたのよ。でも、ダメだったの。ごめんなさい」小嶋先生は三人の目を順次見つめたが、次第に、横山と八神はうつむいてしまった。大島は右手を握り締め、しばらく鍵盤を見つめていた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
パンチラ闘争
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