パンチラ闘争

 東国原先生は一瞬固まると、「ハ、イヤ、それは、今は行っておりません。早速、植毛します。ローンが利きますので」ハゲ頭から冷や汗が流れ落ちた。もはや、下を向いて謝る以外に無かったが、東国原先生は日教組の完全な敗北を感じ取った。教頭は追放する日教組のメンバーをさらし者にし、赴任の目的であった日教組の解体に着手できたことに少なからず満足した。教頭は秋元校長の喜ぶ顔が眼に浮かんだ。教頭は心の底で満足感を味わうと、教頭にとって最も頭を悩ませているアイドル活動禁止の議題へと移った。

 

 「目安箱の投書はまだありますが、特に問題になるほどの投書は以上のものでした。第二の議題、糸中アイドルグループITC48活動禁止についての議論に入る前に10分間の休憩を取ります」教頭は校長と打ち合わせをするために校長室へと向かった。ITC活動禁止は生徒の反対デモを招くのではないかと秋元校長は不安を教頭に伝えていた。そこで、教頭は再度秋元校長の同意を確かめることにした。校長の同意を得た教頭は夜叉のような顔つきで職員室に戻ってきた。

 

 教頭は席に着くと、ひとつ咳をして低くて力強い声で話しはじめた。「ITC48の活動禁止を6月から実施いたしましたが、いまだ活動しているという投書がなされていました。ITC48を指導されている小嶋先生、これはどういうことですか?解散の指示はなされたと思いますが、指示に従わない生徒がいるのですか?」教頭はかなりヒステリックな声で小嶋先生を糾弾した。

 鳩が豆鉄砲を食ったような音楽教師、小嶋先生は、突然立ち上がり教頭に向かって頭を下げた。「申し訳ありません。リーダーの大島に解散を指示しましたが、大島、横山、八神、の3名は納得がいかないと言って活動をやめません。そのことを教頭にご報告しようと思っていました。私の指導不足で誠に申し訳ありません」小嶋先生は何度も頭を下げた。ハンカチで目元を押さえ涙を拭いていた。

 

 教頭はITC48のメンバー18名の氏名と成績を把握していた。「メンバーは18名。1年生、6名。2年生、4名、3年生、8名。15名は指示に従い、3名は従わなかったわけですね。この3名は3年生ですね。ちなみに、小嶋先生はメンバー18名の5月に実施された実力テストの偏差値をご存知ですか?偏差値50以上は1年の渡辺、3年の横山の二人だけです。お分かりのようにアイドル活動は学力低下の原因となっているわけです。

 

今、リーダーの活動を止めさせないと、人目のつかないところで活動を続け、ITC48を再結成することは眼に見えています。もう一度、大島に活動をやめるように指示してください。もし、活動をやめないようであれば停学処分を考えなければなりません。いいでしょうか、小嶋先生」教頭の目は血走っていた。小嶋先生の顔は真っ青になっていた。

 

小嶋先生はしばらく黙っていたが、勇気を出して話しはじめた。「確かに、メンバー全員、成績はよくありません。アイドル活動が学力低下の原因かもしれません。だからといって、解散しなければならないのでしょうか?みんな、楽しく、歌って、踊っている姿はとても輝いています。これからの学習は責任を持って指導いたしますので、活動を続けることを認めていただけませんか。お願いいたします」小嶋先生は頭を深々と下げた。

 

 教頭は唇を左上に引き上げると説得するように話しはじめた。「小嶋先生はまだお分かりではありませんね。アイドル活動は女子生徒だけの問題ではないのです。男子生徒にとっても学力低下の原因となっているのです。例年、文化祭でITC48の公演をやっていますね。他の中学校の男子生徒もたくさんやってくると伺いました。人気があるのは大いに結構ですが、うわさでは、男子生徒の目的は、なんと、パンチラ覗きと伺っています。

 

 ITC48を見に来る男子生徒のほとんどはパンチラが目当てということです。したがって、アイドル活動は、義務教育である中学校としては認めることはできないのです。糸島中学の男子生徒の偏差値は女子生徒のそれより4も低いのです。これは授業中も頭の中がパンチラになっているからに他ならないのです。天神中学においてもアイドル活動を禁止してからは、男子生徒の授業態度が改善され、偏差値も向上いたしました。

 

 小嶋先生、お分かりになりましたか。アイドル活動は一部の生徒にかかわる問題ではないのです。学校全体の風紀を乱しているのです。ここ数年、糸島中学の偏差値は低下しています。この原因はアイドル活動にあると断言できるのです。ですから、即刻、3名に活動をやめるように指導してください」教頭の口調はまさに検事であった。小嶋先生は被告人のようにうなだれていた。

 

小嶋先生の正面に座っていた東国原先生は両手に拳骨を作り突然立ち上がった。「確かに、教頭先生のおっしゃることはごもっともです。そこで、男の気持ちということで、少し意見を述べさせてください。今おっしゃられた、パンチラは悪ということですが、パンチラは本当に学力低下の原因でしょうか?男の僕としては関係ないように思えます。パンチラは男のロマンだと思います」言い終わるとすぐに腰を下ろした。

 

東国原先生は小嶋先生に片想いをしていた。ここで小嶋先生に助け舟を出せば、一気に小嶋先生の気持ちを引きつけることができると思い発言した。小嶋先生はうつむいていた顔を上げ、ほんの少し笑顔を見せた。教頭は左手の中指で金縁の眼鏡の端をほんの少し持ち上げると、眼を吊り上げ、机を右手の拳骨で勢いよく「ドン」と叩いた。一瞬、全職員は背筋を伸ばした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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