蜻蛉の接吻

「おい、リュウセイ・・オマエ俺の仕事手伝わねえか?」

「・・・」

「俺は〇組の佐藤だ、金貸やっててな、一人だと結構大変なんだ、ちゃんと給料やるからよ」

「いくらくれるんだよ」

「オマエなぁ、今度そんな口叩いたら殺すぞ」

「スイマセン・・」

「可哀想だよ、雄二」

佐藤雄二の内縁の妻で上野でスナックを経営している恵子、ロングヘアーを後ろに束ね、淡い

水の香りが漂う。

「まだ未成年でしょ、いじめちゃ可哀想よ」

「今日から手伝え、オマエ一人暮らしか?」

「いや、親がいるんだけど・・あっ・・いるんですけど、帰ってなくて・・」

「じゃあ、今日からここで暮せ、それから俺の服やるから、着替えろ

「はい・・」

 

 上野から浅草辺りが縄張りとなる雄二の組織は、明治時代から続く古参である。

博徒系の流れを汲むものの、関西系の大組織が幅を利かせている、数年前も縄張り争いで、い

ざこざを起している。

浅草は広く、俗に吉原と呼ばれるソープ街があるが街名は千束という、呼び込みと呼ばれるボー

イも雄二の客である、奴らは仕事の合間、界隈の賭博性のある卓上ゲームに興じ、借金を繰り

返す、ポーカーやフルーツと呼ばれるゲームである。

夜の帳が降り始めた頃、仕事が始まる。

ソープ街に雄二とリュウセイは向かった、店先に立つボーイ達は挙って深く一礼する、笑顔で揉

み手をする者もいる、リュウセイは優越感を味わった、雄二の背中が眩しく写ったのだ。

「おい、このノートには貸した金額、利息の支払日、担保とか色々書いてある、これを無くした

ら、商売できねえからな、しっかり持ってろ!」

「はい・・」

「今日は、吉原じゃ3件ある、月光って言う店のボーイで、高橋っていう野郎だ、コイツはジャンプ

だろうな・・ジャンプってのはな、元金返さないで利息だけ払うっていうやつだ」

すると目の前に月光と書いてある艶めかしい看板が電飾を燈していた。

「あっ、佐藤さん、お疲れ様です、いやぁ暑いですね・・実は今日負けちゃって・・ジャンプで・・・」

「おう、しょうがねえなぁ、いいよ」

「スイマセン・・じゃあこれで」

ボーイはズボンのポケットから、皺くちゃな一万円札を雄二に差し出した。

次の店に向かう途中、「さっきの野郎は10万貸してるんだ、だから利息はトイチで一万、10日

で一割が利息ってことさ」

「えげつねぇっすね・・」

「ぶっ飛ばすぞ・・」

 

 

 東武浅草駅前には外国人観光客や買い物客の人込で溢れている、雄二達は裏通りにあるパ

ンコ店を目指していた、この界隈は様々な人間模様が垣間見れる、観光客は勿論、ホームレ

類まで街を闊歩している。

ユートピアという店内は、遊戯客で溢れ昼間だというのに満席状態であった。

「リュウセイ・・今日の切り取りは、まだ若えんだがパチンコ中毒でな、20万貸してんだ、旦那が

務員らしくてな、あちこちサラ金でも摘んでやがる」

「いくつなんですか?」

「確か25,6だったな、払えなきゃ旦那のとこ行くしかねぇ

パチンコ店のフロアを探すと、雄二が見つけ指差した。

「おい、アイツだ、呼んで来い」

「はい・・」

ブランド物のバックを小脇に抱え、パチンコ台を凝視している姿は、ごく普通の女の子のようだ、

み屋で会っていたらナンパしているかもしれないとリュウセイは思った。

「あの・・雄二さんが呼んで来いって・・」

「えっ、今忙しいのよね、もうすぐ大当たりよ、チョッと待ってて」

そこへ雄二がやって来た。

「おい、いい加減にしとけよ、来いや」

店外の狭い路地にパチンコの景品交換所がある、独特の雰囲気で華々しい繁華街とは別世界

である。

「加奈ちゃんよ、そろそろ元金返してくれよ、利息だって一回分待ってやってんだからよ、いつまで

も甘い顔してらんねえぜ、旦那と話そうか?」

「ごめんねぇ、今日は勝つと思うから、もうちょっと待って、お願い・・」

「ふざけんなよ、今日は二回分の利息、4万は払ってもらうからな、でなきゃ旦那だな」

「やだぁ、無理、絶対無理・・いま8千円しかないもん・・だからこの8千円で・・・」

「おい、リュウセイ、俺は他行くから、コイツ頼むぞ、4万だからな」

「はい・・」

雄二は足早に路地を抜け、次の切り取り先へ向かっていった。

「ねぇ、お兄さん・・お願い・・もうチョッと待って・・お願い・・」

リュウセイは、雄二の管理ノートを捲りながら加奈のデータを見つけた。

「えっと、旦那は・・台東区役所勤務・・か、今から行って来るよ」

「ヤメテよ、お願いだから、それだけはヤメテ・・」

 

 野口加奈は、区役所勤務の旦那と都内マンションに暮している、子供がいない為、専業主婦を

ている彼女は暇を持て余していた。

何気に入ったパチンコで、ものの数時間で8万円を稼いでしまった、その感覚が忘れられず、中

症に陥ってしまう、今では夫の給料では賄えないほどサラ金、闇金にまで手を染めることにな

った。

「ねぇ、お兄さん・・ホテル行かない?」

「はぁ?」

「ワタシ・・タイプなんだぁ、アンタのこと・・ねっ、行こう」

加奈はリュウセイの腕を掴み、無理やり引っ張って歩き出した、その先には場末のスナックが建

並び、ドン突きに鄙びた旅館がある、その帳場には酸いも甘いも知り尽くしたかのような老婆

が、まるで置物のように座っていた。

「オバちゃん、上空いてる?」

老婆は無言で頷いた。

板張りの廊下の先に、登るたびにギシギシとなる階段を上がると、障子で仕切られた小部屋が

幾つかあった。

部屋の中は薄暗く、既に1組の布団が敷いてあり、調度品など見当たらない。

「ねえお兄さん・・しよ・・」

加奈はTシャツにホットパンツというスタイルで、いきなりリュウセイに抱きつきキスをした。

「おい・・ヤメ・・」

理性を失ったリュウセイは、加奈を布団へ押し倒し、力任せに服を剥がし、加奈を全裸にした。

「ねぇ、もっと優しくして・・」

 

 浅草仲見世の裏通りに、田園という喫茶店がある、創業20年という歴史があるらしいが、店内

は、モダンな様相を醸し出している、カウンターには常連客がマスターと談笑し、テーブル席には

一組の若いカップルが、別れ話であろうか、女が涙を浮かべている。

その一番奥の席に雄二がドカリと座り、ラークを吹かしていた。

「おう、ご苦労さん・・取れたか?」

「はぁ・・」

「何だよ・・手ぶらじゃねえだろうな?」

「いえ・・」

リュウセイは、なけなしの4万円をズボンのポケットから出した、それは皺くちゃで汚れていた。

「オマエ・・ヤったのか?あの女と・・」

「いえ・・別に・・その・・」

雄二はテーブルの上にあった自分のケータイで、いきなりリュウセイの頭を殴った。

「痛てっ・・何するんすか、ああ痛てぇ・・」

「テメエ、馬鹿か?そんなことしてりゃ、商売できねえぞ、この馬鹿が」

 

 

  佐藤雄二が所属する台東区上野の裏通り、ビルの5階に組事務所がある。

雄二はリュウセイを連れ、愛車のBMW750をビル地下駐車場に入れた。

「これから親分に合わせる、挨拶だけはきちっとしろよ」

「はい・・緊張するなぁ、怖いですか?」

「あぁ、怒ると手が付けられねぇ、ヘタ打つなよ、俺がどやされちまう」

「はい・・」

エレベーターで5階へ上がる、事務所前には監視カメラが数台設置されていて、物々しさが漂う。

「ご苦労様です」

事務所当番の若衆が雄二を迎えた、しかしリュウセイを見るや顔つきが豹変し、目付きが変わっ

た。

「おい、オヤジいるか?」

「はい、若頭もいらっしゃいます」

事務所奥の扉を開けると、真正面に重厚なデスクがあり、親分の兵藤が鎮座している、傍らのソ

ファーには若頭の木村が煙草を吹かしていた。

「失礼します、お疲れ様です」

「おう、雄二、元気そうじゃねえか、どうだシノギの方は?」

「はぁ、ボチボチやってます・・今日は俺の仕事手伝わせてる奴なんですが、紹介しに来ました、

おい、挨拶しろ、親分だ」

「はい・・・ふ・・古橋流星です・・よ・宜しくお願いします」

「おう、俺は兵藤だ、まあ頑張れや、コイツは若頭の木村だ」

 

 あれから8年、色々あった、親分の杯を貰い組のバッチを付けるようになり、今では自分でシノ

ギもやっている。

兵藤組長は引退し、若頭の木村が12代目組長を襲名した、雄二の兄貴は若頭に出世した。

流星は兄貴の地盤を継ぎ、闇金を生業にしている。

 浅草警察署前の通りを進むとレンガ調のマンションがある、そこの5階に流星のネグラがある。

10畳のワンルームで中央にソファーとテーブル、奥にベット、雄二に貰ったクローゼット、部屋に

はそれだけしかなく、生活感がまるでない。

その奥のベットには情事を終えた裸身の女が気だるそうに横たわっている。

 シャワーを浴びた流星は、鏡の前で陶酔している、昨日やっと仕上がった唐獅子の彫物、完成

まで5年かかった、ゆうに300万以上注ぎこんだ。

嬉しさのあまり、昨日シマウチのキャバ嬢を連れ込んで、朝まで情事に酔ったのだ。

 

 

 

 

エンジェル
蜻蛉の接吻
2
  • 0円
  • ダウンロード

3 / 21

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント