蜻蛉の接吻

 東武浅草駅前には外国人観光客や買い物客の人込で溢れている、雄二達は裏通りにあるパ

ンコ店を目指していた、この界隈は様々な人間模様が垣間見れる、観光客は勿論、ホームレ

類まで街を闊歩している。

ユートピアという店内は、遊戯客で溢れ昼間だというのに満席状態であった。

「リュウセイ・・今日の切り取りは、まだ若えんだがパチンコ中毒でな、20万貸してんだ、旦那が

務員らしくてな、あちこちサラ金でも摘んでやがる」

「いくつなんですか?」

「確か25,6だったな、払えなきゃ旦那のとこ行くしかねぇ

パチンコ店のフロアを探すと、雄二が見つけ指差した。

「おい、アイツだ、呼んで来い」

「はい・・」

ブランド物のバックを小脇に抱え、パチンコ台を凝視している姿は、ごく普通の女の子のようだ、

み屋で会っていたらナンパしているかもしれないとリュウセイは思った。

「あの・・雄二さんが呼んで来いって・・」

「えっ、今忙しいのよね、もうすぐ大当たりよ、チョッと待ってて」

そこへ雄二がやって来た。

「おい、いい加減にしとけよ、来いや」

店外の狭い路地にパチンコの景品交換所がある、独特の雰囲気で華々しい繁華街とは別世界

である。

「加奈ちゃんよ、そろそろ元金返してくれよ、利息だって一回分待ってやってんだからよ、いつまで

も甘い顔してらんねえぜ、旦那と話そうか?」

「ごめんねぇ、今日は勝つと思うから、もうちょっと待って、お願い・・」

「ふざけんなよ、今日は二回分の利息、4万は払ってもらうからな、でなきゃ旦那だな」

「やだぁ、無理、絶対無理・・いま8千円しかないもん・・だからこの8千円で・・・」

「おい、リュウセイ、俺は他行くから、コイツ頼むぞ、4万だからな」

「はい・・」

雄二は足早に路地を抜け、次の切り取り先へ向かっていった。

「ねぇ、お兄さん・・お願い・・もうチョッと待って・・お願い・・」

リュウセイは、雄二の管理ノートを捲りながら加奈のデータを見つけた。

「えっと、旦那は・・台東区役所勤務・・か、今から行って来るよ」

「ヤメテよ、お願いだから、それだけはヤメテ・・」

 

 野口加奈は、区役所勤務の旦那と都内マンションに暮している、子供がいない為、専業主婦を

ている彼女は暇を持て余していた。

何気に入ったパチンコで、ものの数時間で8万円を稼いでしまった、その感覚が忘れられず、中

症に陥ってしまう、今では夫の給料では賄えないほどサラ金、闇金にまで手を染めることにな

った。

「ねぇ、お兄さん・・ホテル行かない?」

「はぁ?」

「ワタシ・・タイプなんだぁ、アンタのこと・・ねっ、行こう」

加奈はリュウセイの腕を掴み、無理やり引っ張って歩き出した、その先には場末のスナックが建

並び、ドン突きに鄙びた旅館がある、その帳場には酸いも甘いも知り尽くしたかのような老婆

が、まるで置物のように座っていた。

「オバちゃん、上空いてる?」

老婆は無言で頷いた。

板張りの廊下の先に、登るたびにギシギシとなる階段を上がると、障子で仕切られた小部屋が

幾つかあった。

部屋の中は薄暗く、既に1組の布団が敷いてあり、調度品など見当たらない。

「ねえお兄さん・・しよ・・」

加奈はTシャツにホットパンツというスタイルで、いきなりリュウセイに抱きつきキスをした。

「おい・・ヤメ・・」

理性を失ったリュウセイは、加奈を布団へ押し倒し、力任せに服を剥がし、加奈を全裸にした。

「ねぇ、もっと優しくして・・」

 

 浅草仲見世の裏通りに、田園という喫茶店がある、創業20年という歴史があるらしいが、店内

は、モダンな様相を醸し出している、カウンターには常連客がマスターと談笑し、テーブル席には

一組の若いカップルが、別れ話であろうか、女が涙を浮かべている。

その一番奥の席に雄二がドカリと座り、ラークを吹かしていた。

「おう、ご苦労さん・・取れたか?」

「はぁ・・」

「何だよ・・手ぶらじゃねえだろうな?」

「いえ・・」

リュウセイは、なけなしの4万円をズボンのポケットから出した、それは皺くちゃで汚れていた。

「オマエ・・ヤったのか?あの女と・・」

「いえ・・別に・・その・・」

雄二はテーブルの上にあった自分のケータイで、いきなりリュウセイの頭を殴った。

「痛てっ・・何するんすか、ああ痛てぇ・・」

「テメエ、馬鹿か?そんなことしてりゃ、商売できねえぞ、この馬鹿が」

 

 

  佐藤雄二が所属する台東区上野の裏通り、ビルの5階に組事務所がある。

雄二はリュウセイを連れ、愛車のBMW750をビル地下駐車場に入れた。

「これから親分に合わせる、挨拶だけはきちっとしろよ」

「はい・・緊張するなぁ、怖いですか?」

「あぁ、怒ると手が付けられねぇ、ヘタ打つなよ、俺がどやされちまう」

「はい・・」

エレベーターで5階へ上がる、事務所前には監視カメラが数台設置されていて、物々しさが漂う。

「ご苦労様です」

事務所当番の若衆が雄二を迎えた、しかしリュウセイを見るや顔つきが豹変し、目付きが変わっ

た。

「おい、オヤジいるか?」

「はい、若頭もいらっしゃいます」

事務所奥の扉を開けると、真正面に重厚なデスクがあり、親分の兵藤が鎮座している、傍らのソ

ファーには若頭の木村が煙草を吹かしていた。

「失礼します、お疲れ様です」

「おう、雄二、元気そうじゃねえか、どうだシノギの方は?」

「はぁ、ボチボチやってます・・今日は俺の仕事手伝わせてる奴なんですが、紹介しに来ました、

おい、挨拶しろ、親分だ」

「はい・・・ふ・・古橋流星です・・よ・宜しくお願いします」

「おう、俺は兵藤だ、まあ頑張れや、コイツは若頭の木村だ」

 

 あれから8年、色々あった、親分の杯を貰い組のバッチを付けるようになり、今では自分でシノ

ギもやっている。

兵藤組長は引退し、若頭の木村が12代目組長を襲名した、雄二の兄貴は若頭に出世した。

流星は兄貴の地盤を継ぎ、闇金を生業にしている。

 浅草警察署前の通りを進むとレンガ調のマンションがある、そこの5階に流星のネグラがある。

10畳のワンルームで中央にソファーとテーブル、奥にベット、雄二に貰ったクローゼット、部屋に

はそれだけしかなく、生活感がまるでない。

その奥のベットには情事を終えた裸身の女が気だるそうに横たわっている。

 シャワーを浴びた流星は、鏡の前で陶酔している、昨日やっと仕上がった唐獅子の彫物、完成

まで5年かかった、ゆうに300万以上注ぎこんだ。

嬉しさのあまり、昨日シマウチのキャバ嬢を連れ込んで、朝まで情事に酔ったのだ。

 

 

 

 

 上野にあるパチンコ店の2階に、昔からあるサウナがある、ここは所謂スジ者が入れる唯一の

所で、彫物を背負ってる奴は他では立ち入り禁止である。

雄二と流星は束の間の時間を、よくこのサウナで過ごす。

「兄貴、見て下さいよ、やっと仕上がりました、凄いでしょ?」

「おう、でもドンブリ入れるとはなぁ、これじゃ皮膚呼吸できなくて、早死にするぜ」

「いいんだ、俺は兄貴の桜吹雪に憧れてやっと完成したんだ、文句ねぇよ」

「ところで、シノギは上手くいってるか?

「まあまあです、でもこの前、100万踏み倒されて飛ばれちゃいました・・」

「何、何処の野郎だ?」

「ほら、兄貴憶えてるかな、俺が初めて切り取りした女・・」

「おう、オマエがヤっちまった、えっと確か・・カナ?」

「そう、野口加奈、あのアマ、旦那捨てて逃げやがって」

「確かその旦那、公務員だったろう、そいつから取りゃいいじゃねえかよ」

「離婚してんですよ、警察呼びやがって、パクられるとこだった」

「しかし、あのアマによく100万も貸したな、テメエあの後も続いてたな?」

「違いますよ・・担保持ってきやがって・・ロレックスだとかビトンだとか、まあいくらにもなりません

でしたけど・・」

「もう35,6か、どうせ田舎のフーゾクかどっかにいるんじゃねえのか?」

「そっすね・・」

 

  週末の吉原は賑わいを見せる、界隈でポン引きが蔓延り、客引き合戦を繰り広げている。

艶めかしいネオンが一際目立つシャレードという店に、流星は向かっていた。

小島というその店のボーイには、10万を貸しているが、昨日利息の返済日なのに三日前から休

んでいるという、ヤサを聞いたが店の2階に住んでいるらしい。

「よお、小島は帰ってきたか?」

「ご苦労様です、いやぁ、帰ってないですね、トンズラですかね、店のオーナーも首だって言ってま

した」

「あの野郎・・・奴のツレとか女とか、知らねえか?」

「はぁ、でも前に、前橋に知り合いがいるらしくて、あっちの風俗がどうとかって言ってました」

「前橋って、群馬の前橋か?」

「そうです・・」

 

 

 

エンジェル
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