蜻蛉の接吻

  佐藤雄二が所属する台東区上野の裏通り、ビルの5階に組事務所がある。

雄二はリュウセイを連れ、愛車のBMW750をビル地下駐車場に入れた。

「これから親分に合わせる、挨拶だけはきちっとしろよ」

「はい・・緊張するなぁ、怖いですか?」

「あぁ、怒ると手が付けられねぇ、ヘタ打つなよ、俺がどやされちまう」

「はい・・」

エレベーターで5階へ上がる、事務所前には監視カメラが数台設置されていて、物々しさが漂う。

「ご苦労様です」

事務所当番の若衆が雄二を迎えた、しかしリュウセイを見るや顔つきが豹変し、目付きが変わっ

た。

「おい、オヤジいるか?」

「はい、若頭もいらっしゃいます」

事務所奥の扉を開けると、真正面に重厚なデスクがあり、親分の兵藤が鎮座している、傍らのソ

ファーには若頭の木村が煙草を吹かしていた。

「失礼します、お疲れ様です」

「おう、雄二、元気そうじゃねえか、どうだシノギの方は?」

「はぁ、ボチボチやってます・・今日は俺の仕事手伝わせてる奴なんですが、紹介しに来ました、

おい、挨拶しろ、親分だ」

「はい・・・ふ・・古橋流星です・・よ・宜しくお願いします」

「おう、俺は兵藤だ、まあ頑張れや、コイツは若頭の木村だ」

 

 あれから8年、色々あった、親分の杯を貰い組のバッチを付けるようになり、今では自分でシノ

ギもやっている。

兵藤組長は引退し、若頭の木村が12代目組長を襲名した、雄二の兄貴は若頭に出世した。

流星は兄貴の地盤を継ぎ、闇金を生業にしている。

 浅草警察署前の通りを進むとレンガ調のマンションがある、そこの5階に流星のネグラがある。

10畳のワンルームで中央にソファーとテーブル、奥にベット、雄二に貰ったクローゼット、部屋に

はそれだけしかなく、生活感がまるでない。

その奥のベットには情事を終えた裸身の女が気だるそうに横たわっている。

 シャワーを浴びた流星は、鏡の前で陶酔している、昨日やっと仕上がった唐獅子の彫物、完成

まで5年かかった、ゆうに300万以上注ぎこんだ。

嬉しさのあまり、昨日シマウチのキャバ嬢を連れ込んで、朝まで情事に酔ったのだ。

 

 

 

 

 上野にあるパチンコ店の2階に、昔からあるサウナがある、ここは所謂スジ者が入れる唯一の

所で、彫物を背負ってる奴は他では立ち入り禁止である。

雄二と流星は束の間の時間を、よくこのサウナで過ごす。

「兄貴、見て下さいよ、やっと仕上がりました、凄いでしょ?」

「おう、でもドンブリ入れるとはなぁ、これじゃ皮膚呼吸できなくて、早死にするぜ」

「いいんだ、俺は兄貴の桜吹雪に憧れてやっと完成したんだ、文句ねぇよ」

「ところで、シノギは上手くいってるか?

「まあまあです、でもこの前、100万踏み倒されて飛ばれちゃいました・・」

「何、何処の野郎だ?」

「ほら、兄貴憶えてるかな、俺が初めて切り取りした女・・」

「おう、オマエがヤっちまった、えっと確か・・カナ?」

「そう、野口加奈、あのアマ、旦那捨てて逃げやがって」

「確かその旦那、公務員だったろう、そいつから取りゃいいじゃねえかよ」

「離婚してんですよ、警察呼びやがって、パクられるとこだった」

「しかし、あのアマによく100万も貸したな、テメエあの後も続いてたな?」

「違いますよ・・担保持ってきやがって・・ロレックスだとかビトンだとか、まあいくらにもなりません

でしたけど・・」

「もう35,6か、どうせ田舎のフーゾクかどっかにいるんじゃねえのか?」

「そっすね・・」

 

  週末の吉原は賑わいを見せる、界隈でポン引きが蔓延り、客引き合戦を繰り広げている。

艶めかしいネオンが一際目立つシャレードという店に、流星は向かっていた。

小島というその店のボーイには、10万を貸しているが、昨日利息の返済日なのに三日前から休

んでいるという、ヤサを聞いたが店の2階に住んでいるらしい。

「よお、小島は帰ってきたか?」

「ご苦労様です、いやぁ、帰ってないですね、トンズラですかね、店のオーナーも首だって言ってま

した」

「あの野郎・・・奴のツレとか女とか、知らねえか?」

「はぁ、でも前に、前橋に知り合いがいるらしくて、あっちの風俗がどうとかって言ってました」

「前橋って、群馬の前橋か?」

「そうです・・」

 

 

 

 関越自動車道は比較的スムーズに流れている、流星は愛車のジャガーXJを前橋に向けて走ら

ていた、二日程仕事の手が空くので例の小島に追い込みをかけるつもりである。

SAで停車し、雄二に電話をかけた。

「兄貴、お疲れ様です、今群馬の前橋に向かってるんですが、二日位シマ空けますんで、お願し

ます」

「おう、どうした?」

「実は、吉原のポン引き野郎が飛びまして、身体が空くんで追い込みかけようって思いまして・・」

「いくらだ?」

「たった10万なんですが・・なんだかムカついて・・」

「おう、分かった、あそこは確か、ウチと反目の組織があるから、気付けや」

「はい、分かりました」

流星は、煙草に火を点け、大きく吸い込みゆっくりと吐き出した。

 高崎インターを降り、県道を使い前橋に向かった。

流星は、予め予約していたホテルの駐車場にジャガーを停めチェックインを済ませた。

ツインルームの一室で、ポン引きの写真を店の履歴書から拝借したものを確認した。

履歴書によると、この前橋のピンサロで働いていたらしいが、実際の所は分からない。 

まずは片っ端から風俗関係を探るしか手は無い、身支度を整え夜の街へ出かけた。

 見知らぬ街は勝手が分からない、取り合えず目に入った風俗店のポン引きに声を掛ける。

「悪いんだけどさ、コイツ見たこと無いかな?」

「いや、見たこと無いな・・警察の旦那かい?」

「警察に見えるか?・・この辺りはこういう店は何件位あるんだい?」

「そうだねぇ・・30件・・位かなぁ・・」

「・・・・」

「それより、社長・・遊んでいってよ、90分6000円、イイ娘いるよ」

「ああ、じゃあチョッと呑んでくかな、若い娘付けてよ」

「有難うございます・・さっどうぞ・・一名さんご案内!」

 場末のピンクサロンで、店内は真っ暗に近い、ボックス席が数列あり店内のBGMが大音量で

流れている、口開けだろうか客の気配が無い。

隅のボックスに通され、暫くすると一人の香水臭い女が現れた。

「いらっしゃいませぇ、ミカでぇす、ヨロシクね」

「おう、ミカちゃんか、いくつ?」

「23・・お客さんは?」

「25・・・」

「なんか落ち着いて見えるね・・」

そう言いながら身体を密着してくる、露出の多いミニのワンピースを着ている。

流星の股間に手が伸びてチャックをこじ開けた、いつの間にか女は乳房を露にしている。

「おい、いいんだ、俺は酒を呑めればいい、酒を注いでくれよ」

「えっ、ここピンサロだよ・・いいの?」

「ああ、ところでミカちゃんだっけ?こいつ見たこと無いかな?」

「暗くてよく見えない」

「そうか・・店早引きでいないか?よかったら飯奢るよ、酒でもいいし」

「ううん・・・・お客さんカッコいいから行っちゃおうかな・・店長に聞いてみるね!」

 

 街路樹にはイルミネーションが施され、ブルーの淡い色彩が夜の街に映える。

店の裏口で煙草を吸っていると、店内の時と打って変わりラフなデニムとTシャツのミカが出てき

た。

「お待たせぇ」

よく見るとあどけなさが残る、可愛い感じの娘である、何故ピンサロで働いているのか不思議なく

い器量がいい。

「おう、どうしたい、飯か?酒か?」

「うんとね、おなか空いたしぃ、お酒も呑みたい!」

「じゃあ寿司屋でも行こうか?いいとこあるかな?」

「あっ、ちょっと高いらしいけどいい?お客さんが前言ってたんだぁ」

 枯れ木の看板に奴寿司とある、扉を開き暖簾を潜ると、数人のサラリーマンがテーブル席で飲

でいる、大将らしき男が元気のいい挨拶をすると、奥から女将らしき小粋な着物姿の女が挨拶

をしてきた。

カウンターに座り、ビールを注文した。

「何でも好きなものを頼んでいいよ」

「やったあ!えっと大トロと・・ウニと・・イクラと・・・取り合えずそれで・・」

「へい」

「ミカちゃんだっけ?ビールでいいかな?」

「うん!本名は美紀っていうの・・かんぱーぃ」

 酔っ払った美紀を、ホテルの部屋に連れて行った、ビールをコップ2杯飲んだだけで真っ赤にな

り、呂律が回らなくなった美紀が何となく可愛らしく思えた。

キャッキャと笑いの止まらぬ美紀をベットに寝かせ、流星はシャワールームに入った。

シャワーを浴びているとドアが開き、裸身の美紀が入ってきた。

「一緒に入ろ!・・・・・・・えっ・・アナタは・・・ヤクザの人?」

流星の身体一面の彫物を見て美紀は驚愕し、ブルブル震えている。

シャワーを出したまま裸の美紀を抱き寄せ、ゆっくりと唇を重ねる。

「ああ・・・そうだが・・怖いか?」

「・・・ううん・・大丈夫・・あっ・・あん・・イヤ・・」

二人はびしょびしょのままベットへ移り、激しく何度も抱き合った。

 快楽で陶酔しきった美紀は、火照った身体を流星に預けていた。

「こんなスゴイの初めて・・ああ・・名前・・聞いていい?」

「流星・・・なあ美紀・・手伝って欲しい事があるんだ・・」

 

 

 

エンジェル
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