夢見草と一夜酒

「翔太君と別々の中学に行くことになるのね」
「はい」
「家はお隣なんだから、時間を作って会えばいいでしょ?」
「私は会いたいんだけど……。私たち、付き合ってるわけじゃないから」
「そうなの? まあ、小学生ならそうかもね」
「付き合えば良いじゃねえか。中学に上がるんだろ。良い機会だ。告っちまえよ」
 タラボーが口を挟んだ。
「翔太君は推薦で進学校へ行ったの。高校、大学と進めば、もっと差は開く。私となんか釣り合わないわ。き

っと、私になんか見向きもしなくなる」
「女は変わりながら大人になるけど、男はいつまでも変わらないわ。大人になっても、根っこは子供のまま」
「たしかに翔太君も子供っぽいところあるけど……」
「例えば、ある男女が互いを好きになり、付き合ったとしましょう。でも一年後、仲が悪くなって別れた。未

練たらしいのは男の方。女はすぐに割り切ってしまう」
「女性は薄情って言いたいの?」
「女の方が自分と思える期間が短いの。彼を好きになったのは一年前の私。今の私じゃない。そう思うわけ。

で、男の場合は……」

「彼女を好きになったのは一年前の俺だ。今の俺と同じ俺だ、と思うってことだ」
 タラボーが芝居っけたっぷりに言った。
「女の体は一月の周期で色んな状態になる。それに合わせて気持ちも変化するわ。いつまでも同じ気持ちでは

いられないの。でも、だからこそ変化に強いの。違う環境にもすぐに慣れる。その点、男は不器用よ。変わろ

うと思ってもなかなか変われない」
「進学校へ行っても変わらないのかな、翔太君」
「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。どちらにしても今、美咲ちゃんを不安にさせているのは

翔太君じゃない。美咲ちゃん自身の変わり方よ」
「私?」
「そう。自分だったら変わってしまう。そう思うから不安になる。付き合うか付き合わないかは二人で決める

こと。自分に置き換えた予想で相手を量るべきじゃないわ」
 確かに、自分ひとりで悩んでいても正しい答は出ない。
 気持ちを伝えよう。
 私はそう決めた。

 

  ――第三章――

 

 桜の下で一夜酒。

「翔太君と今、付き合ってるのね?」
 ケヤさんが目を輝かせる。
「はい。小学校の卒業式の日に告白しようとしたら、逆に告白されて、付き合うことになりました」
「良かったじゃないの」
「ケヤさんとタラボーのおかげです。ありがとうございます」
「デートしてんのか、デート。どこまで行ってんだよ」
「タラボー、立ち入ったこと聞いちゃ駄目でしょ」
 ケヤさんがタラボーの頭を指で押さえる。
「いえ、朝、バス停まで一緒に行くのと、たまに買い物に行くくらいです」
「それだけ?」
「でも学校の友達にも、彼女として紹介されました。すごく照れながらですけど」
「成長したわね。小学校の頃は一緒に帰るのも避けてたのに」
「それ、反省したみたいです。恥ずかしがってちゃいけないって」
「おいおい、その割には地味なデートだよな」
 頭を押さえられたまま、タラボーが言った。
「勉強、忙しいみたい。翔太君は将来、考古学者になるのが夢なんだって。そのためにすごく頑張ってる。私

も何かやらなきゃって思うんだけど、私、勉強も運動も苦手で……」

「最初から得意な人なんていないわ。翔太君も頑張って結果を出してるんでしょ?」
「うん。でも私は目指す職業があっても、翔太君ほどは頑張れないと思う。私って怠け者なのかな」
「私たちは子供の頃から美咲ちゃんを見てるけど、あなたは怠け者なんかじゃないわ」
「そうだぞ。よくやってるよ。勉強と運動が全てじゃないぞ。それ以外に何かないのかよ」
「それ以外って……。絵を描くのは好きだけど、でも才能ないし……」
「才能なんて、やりながら見つければいいのよ。色々やるうちに夢が見つかるし、夢を持てば頑張る気になる

わよ」
「夢って、翔太君みたいな、はっきりした目標を持たないといけないんじゃないの?」
「夢の持ち方に決まりなんてないわ。男と女では脳の得意分野が違って、男は周りの状況を地図のように理解

するのが得意なの。人生設計も同じ。男性は目的地がはっきりしていると迷わない。でも、その場その場での

判断は女性の方が得意なの。と言っても、あくまでも傾向の話なんだけど。遠くばかり見て、足元をすくわれ

るのが男なら、足元ばかり見て道に迷うのが女。でもそれでいいのよ。男の翔太君が考古学者になる事を夢に

頑張るのも、女の美咲ちゃんが好きな絵を描く事を夢に頑張るのも、どっちも正しいの。近道だけが道じゃな

いわ」

戸間
作家:戸間
夢見草と一夜酒
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