恋愛部奔走中

 脱力感を抱え込んだまま自室に入る。投げだした鞄を踏みつけてしまい、よろけながらベッドに倒れこんだ。眠気が襲う。夕食の間、睡魔と闘っていた。婆ちゃんに心配かけまいと、ごはんと煮物を口に流し込み逃げるように二階に上がってきていた。

僕は、父と母を幼い頃に亡くしていた。寝返りをうち、目をこすりながら木製の本棚を捜す。五段の棚のさらに上、茶色い布で覆った本が無造作にあった。「ガバダ」代々受け継がれてきた魔術書。起き上がり背伸びをして手にとる。百科事典ほどの重さが、両手に伝わってきた。布から魔術書を取り出し、机の上に置いた。黒い表紙に二本の刀剣が交差した図柄が描かれている。ページは全て白紙、文字や絵は何ひとつなかった。

両目にしていたカラーコンタクトレンズを外す。蒼い裸眼が現われた。本の表紙が蒼に変色し刀剣を左右に押し出す。真中に「神」の文字が出現した。紫の「藤」の花が表紙をおおいつくす。ページをめくるとびっしりと文字が浮かびあがっていた。

爺ちゃんが英国紳士でクォーターの僕は、隔世遺伝の影響からなのか金色の髪と蒼い目を持って生まれてきた。両親を亡くし、外見が異なる僕が周囲からいじめられないよう、婆ちゃんが配慮してくれた。コンタクトと髪を染めることで、仲間はずれにされることはなかったが、他人に知られるのが怖くて常に自分を隠して生きてきた。

魔術書をめくる。判読できない文字が翻訳され頭に入ってくる。「夢」・「眠り」キーワードを念じると勝手にページがめくられた。

「ラビリンス」この世に未練を持った死者の魂が、現世に戻ってこられないよう創られた迷宮、一度入れば二度と出られない。生きている者が侵入することはできないが、特殊な粉を吸いこむことで侵入することが可能になる。ただし粉の効力が切れる前に脱出できなければ永遠に迷宮を……。

文字がぼやける。

さまようことになる。

さまようことになる。

リフレインする言葉を子守唄がわりに僕は深い眠りに落ちていった。

 

目覚ましなどなくても起きる自信はあった。僕の体内時計はいつも正確に時を刻む。頬にフローリングの硬さを感じる。ベッドから転げ落ちたのだろう。まてよ、床にはじゅうたんがひきつめてあるはず。暗闇に別れをつげ目を開けた。

ピンク、グリーン、イエローのパステルカラーに彩られた空間が広がっていた。天地には方眼用紙の道が何本も立体に交差しながら伸びている。どこから飛び出たかのか、鉛筆、ノート、コンパスたちが空中のいたるところに散乱し浮かんでいた。足元に浮かぶ魔術書を拾う。辛うじて持ち込めた物はこれだけだった。

 迷宮は魔術書からイメージしていたものとはかなり異なっていた。起き上がり、慎重に右足を踏み出す。あやうくバランスを崩しそうになった。重力が不安定で体重移動しただけで躰が弾む。無重力とはいかないまでも、バスケットのリングに軽々と手が届きそうなほどジャンプすることができた。

 ジャンプは思わぬ副産物をもたらしてくれた。淡い色彩と浮遊物に気を取られていたが、飛ぶことで方眼用紙の隙間から校舎らしき建物を見つけることができたからだ。僕の現在位置は校庭にまず間違いなかった。校庭といっても、方眼用紙の道が巨大な迷路となって複雑に入り組んでいる。校舎があるということは、校門(出入口?)にたどりつける道もあるはず。由紀を見つけ早く脱出しないといけない。僕は頭をフル回転させていた。

方眼用紙の道を進む。途中、黄色いくまのマスコットをつけた鞄を拾い上げ、文房具を詰めていった。文房具はおそらく由紀が残してくれた目印に違いなかった。

文房具のおかげでいくつかある分かれ道で、惑わされることなく道を選ぶことができた。進んで行くとやがて、東都東高のシンボル「東」マークが飾られた校舎に無事たどりつくことができた。

内部に入る。歩幅が鈍り、重力が通常の状態に戻るのを感じた。パステルカラーの明るい色彩が失われ、ヒンヤリした空気が漂い黒い壁が続く。窓には、ガラスの替りに鏡がはめ込まれていた。鏡に映る蒼い目、とりあえず2年2組の教室に向かった。校舎の造りも僕が通っている高校と全く同じだった。

2年2組の教室の黒板には「自習」の文字、机に座る生徒たちは、斉藤・峰岸・工藤・他数名、眠り病にかかり学校を休んでいる生徒だった。話かけても誰ひとり返事をしてくれない。ここは眠った者が通う学校だった。魂がぬけ落ち永久に肉体だけが留まり続ける場所。僕の席には屋上に現れた、あいつが座っていた。

「おそかったね」

まちくたびれたように金髪にブルーの瞳の奴が、大きなあくびをした。

「どうしてこんなこと」

「ひどいな、ひさしぶりに会えたのに」

「新藤さんは」

「心配ないよ、彼女ならそこにいる」

指さす先に、窓にはめ込まれた無数の鏡があった。鏡の一枚に、由紀が何か叫ぶように口を開き閉じ込められていた。

「新藤さん」

「聞こえないよ」

 奴が笑う。眠り病が学校に蔓延したのは僕のせいなのか。他人と異なることを恐れ、僕は奴を迷宮に閉じ込めた。その結果、閉じ込められた奴が暴走してこんな事態を引き起こしてしまった。

「君は僕だからわかるだろ」

「何が?」

「学校の生徒全員をここに招待する、ありのままの僕を知ってもらう。もう髪や目の色を気にする必要はない。うれしいだろう」

 拳が震え、こみあげてくる怒りを抑えきれなくなっていた。

「怒るなよ、君が望んだことだろう」

「ふざけるな」

 叫ぶと僕は、奴につかみかかった。しかし、下半身がいうことをきかない。両足が床に根をはり、身動きが取れなくなっていた。

「もうすぐ、君もここの生徒になる。心配しないで、後は僕がうまくやる」

 反撃することもできず固まっていく。自業自得、当然の報いだった。己を偽り、他人に見せたくない姿を閉じ込めた。眠り病を蔓延させた罰を受けなければならない。

「さよなら」

 

 奴が教室を出ていく。

 僕に力なんかない。小さい頃からわかっていた。いくら探しても、探しても見つからなかった。他の人と異なるのは髪の毛と目の色、それさえ隠して生きてきた。何の力も持たない平凡な人間だった。それなのにラビリンスに迷いこんでしまったのが運のつき、魔術書も意味をなさない。そもそも読めやしないのだから……僕の全身は完全に石化した。

 

T-99
作家:T-99
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