カッとなったアリシアが成績表を取り返そうと杖を取り出し「ムーブエレメント」を使おうとしたが、取り巻きの一人のナディア・キーズが先に叫んでいた。
「ウインドランス!」空気が切り裂き、眼に見えない一陣の疾風がアリシアの杖めがけて飛んで行き、真っ二つにしてしまった。
下校途中の皆が何事かと、ぞろぞろと見に集まってきた。
「ご覧に入れよう、ここにあります成績表は、今日四学年を終了したドラクル伯爵家のウインザードさまのものです。立派過ぎてお話にもなりません。良家の血が笑わせてくれます。ハハハーッ。」と言ってマットは皆に見えるように成績表をかざして見せた。
僕はそれほどカッとしていた訳じゃなかったんだけどアリシアの杖を折られた事が僕の怒りに火をつけた。が、負けるのが解っているので、アリシアを守ることにだけ専念していた。つまり何もしなかったと言うことさ。
「うへ~っ、このお兄ちゃん、僕の成績より低いぞ~。カッコ悪~い。」という声が二年生らしき少年から聞こえてきた。
その後、一応取り返す振りはしたんだけどね。もう一人のマットの取り巻き、グース・ギルワンに「ウインドウォール」で遮断されたんだよね。つまりガラスに押し付けられたカエルみたいになっていた訳さ。情けないよね。ほんと。
その時、第七学年の先生、黄昏の魔術師とも呼ばれるアラスター・アビゲイル一級魔術師が現れ、
「四学年のマット・トランタンだったね。何をしているのかね?」とよく響く声でお尋ねになった。
マットは少しドキッとしたみたいだったが平静を装い、
「級友の成績表が風に飛ばされたので拾ってあげたところです。」と一の次が二であるような見え透いた嘘をつきやがった。
「ほほう、それは親切なことですね。どれどれ、私にも見せておくれ。」と言ってアビゲイル先生はマットの手から僕の見せびらかし専用の成績表を受け取られた。
父親が赤ちゃんの顔を見るような微笑を浮かべながらしげしげと眺めた後、僕以外の生徒に向かって、
「マット、ご苦労様でした。さあ皆さんも気をつけてお家に帰りなさい。」と言われ、その後「ウインザード」と僕をお呼びになった。
マットは「この靴いいだろ?お父様に買ってもらったブランド品だぜ。」という自慢話をグースにしている姿を僕とアリシアの眼に残して帰って行った。他の生徒たちもがやがやと蜘蛛の子を散らしたように帰ってゆき、アリシアは最後まで残っていたが、アビゲイル先生に帰りなさいと言われ、渋々帰って行った。
「ウインザード君だね。君と少し話したいことがあります。私についてきなさい。」と仰るので、一緒に再び学校の中に戻って行った。
そしてその時から僕にも将来に夢が出来たんだよね。
僕たちは涎を垂らしているネズミでも出てきそうな薄暗い廊下を歩いていた。
僕はどこへ向かっているのか疑問に思いながら、黄昏の魔術師アラスター・アビゲイル一級魔術師の右肩が少し上がった後姿を、パンツを無意識に右足からはくのと代わらない淡白さで見つめながらその後についてゆくと、先生はやけに陽気にお訊ねになった。
「君の名前はウインザード・ドラクルだっけ?と言う事はドラクル伯爵家のご子息と言う事ですね。なのにこの成績だ。面白い!実に面白い!」と言って一度だけスキップを踏まれた。
僕はこの時アリ地獄に落ちたアリの気分が解ったような気がしたんだけどね。そう、危険な嫌な予感がして、逃げ出してしまおうか?何てことも少し考えたりしたんだけど、見せびらかし専用の僕の成績表を返してもらってないしね。
この成績表ってのが実は魔法の契約書でもあり、一人に一枚きりで、現在の魔法の使用回数を自動的に表示してくれるとってもキュートじゃなかった、とっても便利な紙なんだよね。
表紙に契約の血印が記されていて、この学校に入ったときに作ったんだ。そして死ぬまでお前を愛している~じゃなく、死ぬまで魔法が使えるとってもセクシーでもなく、とってもすんごい紙でもあるんだ。
ま、僕には大した魔法は使えないので、この契約書は大きいほうをしている時に必要なそれと同じ程度の大切さしかないんだけどね。今は。「こんなのいらない!」なんて言うと、僕の話は終わってしまうでしょ?今より少しだけで良いから常識ある人間だと思われたいからね。だから逃げ出さずについてゆく事にしたんだ。返してもらうためにね。それにアビゲイル先生にも少し興味があったしね。
そんな不安とも好奇心とも戦いながらついていった先は、幽霊が出ると言う噂で全く使われなくなってしまった旧館の図書室だった。普段は旧館自体誰も利用しなくなっているんだよね。この夜中にトイレに行く時のように不気味な雰囲気の旧館には。
先生は中年女性の厚化粧の様に何層にも積み重なった埃の乗った二脚の椅子を引っ張り出し、「ムーブエレメント」と杖を一振り、厚化粧を綺麗に払い落とされた。スッピンの椅子だね。
「取りあえず椅子に座りたまえ。うむ、よろしい。さてウインザード君、私も皆と同じように君の事をウィズと呼ばせてもらうよ。私の事は、う~ん、そうだな~よし!社長とお呼び。確か異国では自分より年上を敬ってそう呼ぶそうだ。君と私だけの時は、社長と呼ぶがいい。いいね?」と言い終わるか終わらないうちに、
「はい、社長。」と僕は言い、親しみを込めた始まりに何が起こるのかの好奇心の方が先程までの不安を飲み込んでしまっていた。ちょっと楽しくなってきたんだよね。そしてちょっと調子に乗ってみた。
「はい、社長!何か楽しそうですね。ねえ、社長!」
アビゲイル先生は「社長」と呼ばれる度に嬉しいらしく、顔がにやけて崩れていった。そこで更に調子に乗ってみた。
「社長!ところで用件は何です?ねえ、社長ってば!」
先生はなんだか心ここにあらずと言った様子で、嬉しさでしばらく放心状態だったが、思い出せそうな記憶が思い出せた時の様に我に返り、ちょっとバツが悪かったのか「えへん!」と咳払いを一つして本題に入っていかれた。