堕ちこぼれウィズと魔法の成績表

ゆ、夢が叶うよ!( 2 / 11 )

しゃ、しゃちょぉ~!

 そんな不安とも好奇心とも戦いながらついていった先は、幽霊が出ると言う噂で全く使われなくなってしまった旧館の図書室だった。普段は旧館自体誰も利用しなくなっているんだよね。この夜中にトイレに行く時のように不気味な雰囲気の旧館には。

 先生は中年女性の厚化粧の様に何層にも積み重なった埃の乗った二脚の椅子を引っ張り出し、「ムーブエレメント」と杖を一振り、厚化粧を綺麗に払い落とされた。スッピンの椅子だね。

 「取りあえず椅子に座りたまえ。うむ、よろしい。さてウインザード君、私も皆と同じように君の事をウィズと呼ばせてもらうよ。私の事は、う~ん、そうだな~よし!社長とお呼び。確か異国では自分より年上を敬ってそう呼ぶそうだ。君と私だけの時は、社長と呼ぶがいい。いいね?」と言い終わるか終わらないうちに、

 「はい、社長。」と僕は言い、親しみを込めた始まりに何が起こるのかの好奇心の方が先程までの不安を飲み込んでしまっていた。ちょっと楽しくなってきたんだよね。そしてちょっと調子に乗ってみた。

 「はい、社長!何か楽しそうですね。ねえ、社長!」

 アビゲイル先生は「社長」と呼ばれる度に嬉しいらしく、顔がにやけて崩れていった。そこで更に調子に乗ってみた。

 「社長!ところで用件は何です?ねえ、社長ってば!」

 先生はなんだか心ここにあらずと言った様子で、嬉しさでしばらく放心状態だったが、思い出せそうな記憶が思い出せた時の様に我に返り、ちょっとバツが悪かったのか「えへん!」と咳払いを一つして本題に入っていかれた。

ゆ、夢が叶うよ!( 3 / 11 )

おとなの話だよ!

 「先程の君とトランタンとのやり取りは見ていました。君はさぞかし悔しい思いをしていることと思います。そこで見返してやりたいと言う気持ちはありますか?あの時彼を罰することも出来ましたが、それでは根本的な解決にはなりませんからね。私が君の能力を引き出すお手伝いをしますから少し努力してみませんか?」と優しげな光を湛えた眼で僕に問いかけてこられた。

 「しかし、努力して見返してやる事が出来るのですか?社長。血で魔法の能力が決まると言うのが、砂糖が甘いのと同じくらい当たり前で、赤ちゃんでも知っている常識ですよね?」と素直に疑問をぶつけてみた。

 「うむ、その常識は何人も裏切ったりはせんよ、ウィズ君。しかしだね、君と同じクラスのホーリー・カミカゼ君の成績に疑問を持った事はないかね?」と仰った。

 「はい、彼女は僕の憧れの人で、今日なんか僕に微笑んでくれたんですよ、えへっ」なんて思い出し笑いをしていると、

 「そうそう、彼女はとてもキュートだね。君の美的センスは常識という事かな、ってそんな事を聞いているんじゃない!彼女の成績を疑問に思うかどうかと聞いているんだ。」とはみだし気味の感情で、ちょっと真面目な顔に戻って仰った。

 僕も少し真面目になって、

 「はい、彼女の成績は血の常識から外れたすごい成績だと思います。それにとっても綺麗だし・・・じゃなかった、それに何か理由があるんですか?」と素直に聞いてみた。

 「うむ、それには確かに理由があるのだよ。ところで彼女の父親の血筋を知っておるかな?」

 「はい、確か異国の忍者だと言う事だけは知っています。」と、僕は記憶の引き出しをズバリ引き出して見せた。

ゆ、夢が叶うよ!( 4 / 11 )

ひ・み・つにしてよ!

 「そう、彼女の父親の血筋は東洋の忍者の出だ。魔術師としては二流と言われておる。では、その異国の文化に化け学と言うものがあるのをしっておるかな?」

 「化け学」という言葉は僕も聞いたことがあった。魔法を使えない人たちだけの文化で、魔法より劣っているとされて、この国では軽んじられ、使われていない事ぐらいは、いくら生ウニみたいな脳味噌の僕でも知っている常識だった。美味しそうだからって食べないでね。

 「はい、魔法より劣っている異国の文化ですよね?先生」とお茶も濁さずに応えると、

 「社長とお呼び!、いいね。よろしい。そうそう、そこがポイントなのだよ。ウィズ君!ここからが大切な秘密の部分なのだが、秘密に出来るかな?」と仰るので、好奇心から早速秘密という言葉の虜になった僕は身を乗り出し、声のトーンを少し落として「はい、秘密は守ります。」と誠意が伝わるように眼を見て言った。間近に迫るモテそうにない顔に頬も赤らめずにね。

 「うむ、よろしい。実は化け学が魔法より劣っていると言うのは一般的に言われておる間違った常識というものでね。真実を語ると一概に劣っていると言えないのだよ。」と少し得意げに瞳を煌めかせて仰った。問題の核心に迫る高揚感に満たされながら、僕はもしかするとホーリーみたいになれるのかな、と期待し始めていた。

 「君はこの成績表によると、攻撃系の魔法がからっきしダメみたいだが、この化け学と魔法をミックスする事で、攻撃魔法も使えるようになる。どうだ?少しはやる気が出てきたかな?」

 僕の胸は産まれてこの方感じたことのない程の期待感と希望で、ドッキンコと脈打っていた。眼からはキラキラ星が飛び出していたんじゃないかな?

 そして言葉が出ないほどの興奮だったので、大きく何度も頷いてやる気を見せた。頷き過ぎてしばらく頭がクラクラした。

ゆ、夢が叶うよ!( 5 / 11 )

社長に独占取材!

 「よろしい、それでは具体的な方法は明日から教えてあげよう。ここに補習に来ることにしておけば誰も怪しまないからね。学校の側にもその様に報告しておきます。補習通知も書いてあげるので、ご両親に渡しておくように。ただし!ここでの秘密は厳守する事!ご両親にもですよ。この方法が公になれば君はトランタンを見返してやる事が出来ないばかりか、更に馬鹿にされる事になるだろう。そして更にこの魔法社会全体のバランスをも崩しかねない事態にまでなるかもしれない。それ程重大な秘密だ。どんな事よりも秘密の厳守が最優先事項だ。わかるね?」と仰るので、僕は顔に水がかかったら眼を瞑るのと同じ素直さで、疑問を投げかけた。

 「はい社長、質問が三つあります。」

 「うむ、よろしい。全てに答えよう。では順番に聞いてゆこうかな。一つ目の疑問はなんだね?」と黝い瞳を覗き込まれた。そう、僕の瞳は黝い色をしているんだ。ちょっと気に入っていたりするんだ。お父さんは赤黒いんだけどね。やっぱりお母さんの血なのかな?そこで僕はまず始めになぜそんな大切な秘密を僕なんかに教えてくれるのか?聞いてみることにした。「僕みたいな冴えない一生徒に、なぜそんな大切な秘密を教えてくださるのですか?」と言うと、社長!じゃなかった、アビゲイル先生の瞳の奥で何かがキラリとした気がした。まるで獲物を見付けた鷹の瞳って程鋭くはないんだけど、お菓子を見付けた僕の瞳に似ていた。色は違うけどね。先生の瞳は少し濃い目の珈琲色なんだ。

 「その事だが回答は二つある。私はトランタンの様な生意気で天狗になっている人間が好きではないと言う事。この理由だけでも充分なのだが、もう一つ大きな要素がある。それは・・・」と言って言葉を切り、運命の人に告白する男さながらに真に迫った顔でその普段なら笑ってしまう顔を近づけてこられた。僕も何だかその気になり、いつものにやけた顔をポケットに片付け、よそ行きの生真面目な顔を引っ張り出して、僕も前に乗り出し、その重大な要素を聞く準備は整った。

星兎心
作家:星兎心
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