世界の終りのそのあとで。

不思議な夢と転校生( 2 / 5 )

 「一体この夢はいつ覚めるんだろう」

 返答を返す者はもちろんいない。

先ほどの星の暖かさといい、この雨の感触といい、おきている事自体は夢だとわかるがそれにしても現実的に思えてならない。

 「このまま、覚めなかったらどうなるんだろうな・・・」

 瀬戸の声に不安が混じる。誰もいない空間に取り残される感覚がさらにそれを煽る。

 自然と歩を進めていた足取りも重くなり、結果止まってしまった。視線もいつの間にか落ちていて、不安を取り払うようにかぶりを振り、視線を前に戻す。

 「っなんだ、あれ・・・」

 いつの間に夜が来たのか。視界の先には赤い月が昇っていた。まるで血のような赤。

 月は見たこともないくらい大きく、闇夜を照らす。

 そしてその先には、瀬戸に背を向けるような形で立っている―――人がいた。

 「!」

 固まっていた身体が、緊張の糸が切れたかのように動き出す。

 足は自然と目の先に映っている人物に向かっていた。

 月の光が強すぎるせいか、そこに立っているのが人である、ということしかわからない。

 待って、待ってくれ、話がしたい。ここはどこなのか、君は誰なのか―――・・・

 逸る気持ちを止められない。雨が地面を叩きつける音がさらに増した気がした。自然、足元が悪くなるがそんなこと気にしていられない。早く、早くあの人の元へ。

 瀬戸はいつの間にか全力で走っていた。なのに、なぜかその人に近づけない。むしろ遠くなっている気がする。

 なぜ、なんで。

 だんだん息をすることが苦しくなってきた。息が切れる。苦しい。

 「って・・・っ待って!君は―――っ」

 

 目の前が完全な闇で覆い尽くされた。

 

           


 

 

 「・・・い、おーい!セトおきろ!!」

 やたらと近くで声が聴こえる。こころなしか瞼の上のほうが白い。

 瀬戸はゆっくりと瞼を開けた。視界が一瞬光でいっぱいになり何も見えなくなる。

体を起こし、視界に慣れる前に、誰かの手に頬をはさまれむりやり首を横に向かされた。

 「おそよーう。どーだ、調子は良くなったか、お寝坊ちゃん?」

 「・・・っしゃす」

 目が合う。にかっと、さわやかな笑顔を向けてくるのは瀬戸の所属するサッカー部のキャプテンだった。

手元に目をやると、真っ白な掛け布団とシーツ。同じく白いレースのカーテンが窓から入ってくる風になびいている。

 「保健室・・・」

 「お前、朝練中いきなり倒れたんだぞ、覚えてねえのか」

 目をじっとのぞきこんで真剣な表情で先輩が問う。瀬戸はゆるゆると首を振った。

 「ま、保健室の先生は熱中症っていってたし、お前も見た限りは大丈夫そうだな」

 「なんか、すんません。ほんと何にも覚えてなくて」

 「気にすんな。最近暑くなってきたし、水分補給しっかりな」

 「・・・はい」

 ま、でも、と先輩は真剣な顔を崩して、「まさか昼まで寝てるとは思わんかったけど」と言って苦笑をこぼした。

 「!いま何時・・・」

 先輩が指さすほうを見るとすでに時計の針は昼休みの始まりを告げていた。

 あー・・・とうなだれていると先輩が瀬戸の頭に手を置きやさしく叩く。

 「じゃ、俺はそろそろいくわ。今日部活は止めとけ。顧問には俺から言っとく」

 「なんかいろいろとすんません」

 「そこは、謝罪じゃねーだろ。ま、でも謝罪の代わりなら受け付けてやる。明日、差し入れのおにぎり作ってこい」

 俺、シャケな!とそのままぐしゃぐしゃと瀬戸の頭をかきまわして笑う。

 それにつられて瀬戸も思わずふ、と笑みをこぼした。

 瀬戸の作るおにぎりはサッカー部のメンバーからお墨付きをもらうほどの出来だ。

 自分の分と妹たちの分を作った時にたまたま作り過ぎて余ったのを差し入れとしてついでにもっていったのがきっかけだった。

 その時一番誉めてくれたのが、キャプテンだったなと瀬戸は思い出して自然と笑みがこぼれた。

 「ありがとうございます。とびきりおいしいの作ってきますね」

 「おう、期待しとく。んじゃほんとに行くわ」

 立ち上がり、仕切りのカーテンを引いて彼は出て行った。と思ったのだが、再びカーテンからひょっこり顔をのぞかせ

 「疲れた時はそこで休むことを俺はすすめとくぜ」

 ぱちんっとウィンクを決めて今度こそ彼は保健室を後にした。

 「そこ・・・?」

 と頭を少し傾げると、チャリンと軽い音を立ててそれは落ちてきた。

瀬戸はそれを拾い上げる。

 「屋上の鍵・・・」

 貸しひとつ。先輩の声が聴こえてきそうだった。

 これは、おかかのおにぎりもつけないとな、と思いながら瀬戸は保健室のカーテンを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢と転校生( 3 / 5 )

 

 「・・・?」

 

  瀬戸は昼食を取るべく、屋上の鍵を使って扉を開けようとしたのだが、先客がいたらしい。

 「開いてる・・・」

 もともと、屋上は使用禁止とされていて、専用の鍵を使わないと開けることができない。いま、その鍵は瀬戸の手にある。

  変に思いながらも扉を開ける。軋んだ音がやけに響いた。

 開けた扉の先からぶわっと風が吹き込む。日差しが眩しい。太陽は中天に差し掛かっていた。

 その眩しさに一瞬目がくらんだ。その時だった。

  「屋上は使用禁止だよ、君はなんでここにきたのかな」

 その声は背後から、凛と瀬戸の鼓膜を震わせた。

 いつの間に背後に現れたのか。あまりに突然のことで思考が追いつかない。嫌な汗が一筋背筋を伝うのがわかった。

 背後から感じるこの威圧感はなんなんだ。じりじりと背中が暑いのは日差しのせいだけではない。

 まるで屋上を管理している者の物言いだが、よく聞くとその声は若い。教員ではない、同じ生徒であることはわかった。

 「・・・そういうお前こそ、なんでここにいるんだよ、そもそも」

 「僕が聞いている事に答えて」

 容赦なく畳みかけてくる。依然、背後から畳みかけてくる威圧は消えない。

 はぁ、と息を吐き瀬戸は答える。

 「俺はここに昼食をとるために来た。ちゃんと鍵も借りてきている」

 「使用禁止なのにここの鍵をよく手に入れられたね?」

 「それは俺が借りてきたわけじゃないから、なんとも言えない。けど、それはお前だってそうだろ」

 背後から圧し掛かってくるものを払うようにして後ろを振り返る。瀬戸は背後にいた人物と向かい合った。

 「お前はどうやってここに入ったんだよ」

 「・・・」

 

 目の前にいる男は答えない。ただじっと瀬戸を見つめてくる。その眼は冷たく、感情が読み取れない。

 背丈は、思ったほど高くはなかった。瀬戸よりも何センチか高いくらいで瀬戸が少し見上げる形になる程度。男にしてはずいぶんと肌が白く、精巧な顔立ちをしていた。眼つきは鋭く、しかし冷たい。

 もてるんだろうな、と頭の隅で場違いなことが浮かぶ。それほど綺麗な顔立ちをしていた。

 ちら、と視線を襟元にやると、学年章が見えた。どうやら同じ学年らしい。

  ・・・なんだ同じ学年か。

 そうとわかると、自然と肩に入っていた力が抜けた。口調も柔らかくなる。

 「まぁさ、俺もお前もここに入った時点で同罪。それに俺は今日限りのつもりだから」

 だから今日だけ席貸してくれ。といって視線を合わせる。懇願ではなく、あくまで対等な関係としての要求だった。

 相変わらず向こうの視線は鋭く冷たいままだ。しかし瀬戸もひるむことなくその眼をまっすぐに見つめる。

 すると彼はその意図を読み取ったのか、彼の眼がすこしだけ解けた。

 「・・・そうだね、確かに同罪だ」

 瀬戸はそれを了解の意として受け取った。

 「ありがと」

 そう告げ笑みをこぼす。すると相手はまさかお礼を言われるとは思わなかったのか、目を見開いた。

 彼が何かを言おうと口を開いた瞬間、ぐううう、と唸るような音が彼のお腹から響いた。

 ぽかんと、瀬戸も向かいの彼も音の発生した場所に目をやり―――最初にその静寂を破ったのは瀬戸だった。

 「ちょ、何、お前も昼まだだったのか?にしたって今の音はすごいだろ!」

あははは、と声も抑えることなく笑う。笑われている張本人はいまだ、ぽかんとしてお腹に視線を注いでいた。

 「俺もさっき言った通り昼食まだなんだよ、お前さえよけりゃ一緒に食おうぜ」

 目元の涙を指先でぬぐって問いかける。

 向かいの彼は視線を瀬戸に戻し、何回か瞬きをした後、首を縦に振った。

 

 

 

 

 

不思議な夢と転校生( 4 / 5 )

 

 

 結局、和解なのかなんのかよくわからない状態でなぜか打ち解けた瀬戸と少年は一緒に昼食をとっていた。

 屋上は、存外広過ぎたらしい。互いに距離をとって食べるにしても不自然で、ましてや初対面なのにあんな出会い方をしてしまった以上、気にならずにはいられない。

 そんなわけで瀬戸は一番気をまわさない方向を選んだ。それが一緒に昼食をとることにあたるのだが。

 「お前そんだけしか食べねえの?」

 彼の手元にあるのは、パンひとつだけだった。

 他人の食べるものに口を出すつもりはなかったが、いくらなんでも育ち盛りの男子学生の昼食としては少なすぎる。

 「・・・売店に行ったら人があふれかえっていたんだ」

 「あー・・・売店は人いつも多いからなぁ。それしか買えなかったのか」

 ああ、と彼は言い、パンをかじる。

 この学校の売店は授業が終わるとすぐ混みだすから、オススメしないというのが瀬戸の意見だ。

 でもこの学校にいる者はそのことを当たり前に知っているはず。そういえば、同じ学年でこれだけ綺麗な顔立ちをした奴なら、絶対一度見たら忘れないし、女子も黙っちゃいない。なのに、知らないということは、

 「お前もしかして転校生か?」

 「・・・そうだけど」

 なるほどな、それじゃあ売店の事も知らないはずだ。

 なのに、あの屋上ではまるで自分の所有物だというような物言いだったけどな。と相手の堂々とした独占に内心呆れる。

 瀬戸は自分の昼食のおにぎりを彼に差し出した。

 「よかったら食うか?俺大量に握りすぎて食べきれそうにないから。」

 彼はじっと瀬戸の手にあるおにぎりを見つめて、

 「これは君が作ったのか?」

 とたずねてきた。

 「そうだよ。まぁ味のほうは悪くはないと思う」

それから、俺の名前瀬戸恭介な。瀬戸でいいよ、と少し早口で告げた。

 「僕は、樫原コウ。好きなように呼んで。・・・おにぎり頂くよ」

 樫原はそう言っておにぎりに手を伸ばした。

 彼はおにぎりを気に入ってくれたのか、なかなかいい食べっぷりだったので、それを見ていた瀬戸の表情も自然と柔らかくなる。

 「もう一ついるか?」と差し出せばすぐに手が伸びてきた。よくわからない奴だけど美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。

 瀬戸は三個目のおにぎりを樫原に渡そうとして、少しだけ指先が触れ、

バチッ

 『っ痛!!』

 おもわず指を握りこんだ。強力な静電気だった。

 そしてお互い顔を見合わせる。静電気が走ったほんの一瞬、瀬戸の脳裏に別の風景が視えた。

 樫原も何かをみたのか、ぽかんとこちらを見つめていた。

 「・・・痛かったな。って、あははっ、樫原おまえその顔!」

 お互い何を見たのかわからなかったが、瀬戸は樫原の顔を見て、そのことを忘れてしまった。

 樫原は何のことかわからず首をかしげている。その反応にまた笑う。

 そして、ついてるよ、と瀬戸は樫原の頬に手を伸ばしついていたご飯粒を取る。

 取ったのはいいけど、どうしようと瀬戸が戸惑っていると樫原がその手を自分のほうへ引き寄せ、

 ぱく、と指先についていたご飯粒を食べてしまった。

 ぺろ、と指先まで舐められて、さすがに瀬戸も背筋に鳥肌がたつ。

 「お前なにすんだよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢と転校生( 5 / 5 )

 舐め取った張本人は、なにか悪いことでもしたのか、ときょとんとしているからなおさらタチが悪い。

 「?もったいないだろう?」

 「・・・そうだな、うん」

 でも他の奴にはあんまりこんなことしない方がいいぞ。特に女子には。と心の中で少しばかり樫原のことが心配になった。

 米粒一つまでキレイに食べてくれるのはとても嬉しいけど。

 ちら、と横目で樫原を見ると彼はすでに三つ目のおにぎりに夢中だった。

 マイペースなのかなんなのか。先ほどの行動も他の奴だったら気持ち悪すぎて非難の言葉を浴びせていた。

 樫原にももちろんそのつもりで口を開けば相手は本当に悪気なくした行動だったものなのだから、一気に毒気をぬかれてしまった。怒るに怒れなかった。

 樫原はいまだおにぎりに夢中でこちらなど一瞥もしない。

 なんだかなぁ・・・。と、もやもやしたまま空を見上げる。

 快晴。どこまでも続く空は青く、吹きぬけてくる風が心地よい。

 隣にいる樫原とは出会ったばかりで、その出会いも決していいものではなかったのに。不思議と居心地が悪くない。

 互いに無言になってもその空白が気まずくない。

 本当に不思議な奴だ。

 そうぼんやり思っていると、遠くで昼休みの終りを告げるチャイムが聴こえた。

 「やば、そろそろ戻ろう、樫原」

 と瀬戸が立ち上がりかけた、その腕を樫原が掴んだ。

 「・・・」

「どうした?」

 樫原を見上げる形で視線を合わす。その眼が冷たいものではないと、瀬戸にはわかった。

 「・・・おにぎり、おいしかった。ありがとう」

 樫原は少しだけ、ほんの少しだけ微笑んでそう言うと、その手を離し屋上を後にした。

 「・・・はは、なんだよ。笑えんじゃん」

 胸の内が温かくなるのを瀬戸は感じて、ひとり笑った。


 

 それからというもの、何度か瀬戸と樫原はなぜかちょくちょく屋上で一緒に昼食をとった。

 お互い、あまり話すことはなかったが、それが逆に心地よく、気を使うこともなかったので二人で食べる回数は日を増すことに増えていった。

 それからさらに数日後。部活が終わり、瀬戸が部室で制服に着替えているときだった。

 「なぁ、瀬戸知ってるか?」

 同級生の友人がにやにやしながら話しかけてくる。彼のこの表情ははたいてい変なうわさを聞き付けた時にする顔だ。友人は大のうわさ好きだった。

 「何をだよ?」

 とりあえずは聞き返す。

 「旧校舎に幽霊がでるってうわさだよ」

 「・・・お前ほんっとにそーいうの好きだな」

 はぁぁ、とため息が出る。瀬戸は友人とは逆にそういう不可思議な現象は信じない性格だった。

 「おいおい、これは結構マジなんだって。つか今日一緒に見にいかね?」

 「はあ!?やだよ、めんどくさい。それにお前のマジは信用ならん」

 「まぁ、そういうなよ。その幽霊が現れるのが夜の7時ごろなんだよ、今から行けば見れる!」

 「いやだからなに。俺は帰りますー」

 バタンと、ロッカーを閉めて友人を無視して帰ろうとする瀬戸に

 「あー・・・瀬戸君ほんとはお化けが怖いんでしょー」

 と、背後からふっかけてくるが瀬戸は無視を決め込む。

 するとさらに、大きな声で

 「せっとくんはぁー、ほんとはお化けが怖くてしかな、ぐえっ!」

 ・・・こいつは。

 こんなたやすい挑発に乗りたくはなかったが、このうるさい口をふさがないとあらぬ事実が周りに伝わってしまう。部室にはまだチームメイトがひしめき合っている。

 友人の大声のせいで、何人かこっちを向いてにやにやしている。最悪である。

 「おいおい、何を言ってくれるのかな君は?ん?」

 「イタイイタイ!なぁ、頼むよ一度でいいからさ、見に行こうぜ」

 「あーもうわかったよ、だけど一回きりだからな」

 結局折れたのは瀬戸だった。

 

 

 

渋矢 亜季
作家:草津秋
世界の終りのそのあとで。
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