世界の終りのそのあとで。

不思議な夢と転校生( 4 / 5 )

 

 

 結局、和解なのかなんのかよくわからない状態でなぜか打ち解けた瀬戸と少年は一緒に昼食をとっていた。

 屋上は、存外広過ぎたらしい。互いに距離をとって食べるにしても不自然で、ましてや初対面なのにあんな出会い方をしてしまった以上、気にならずにはいられない。

 そんなわけで瀬戸は一番気をまわさない方向を選んだ。それが一緒に昼食をとることにあたるのだが。

 「お前そんだけしか食べねえの?」

 彼の手元にあるのは、パンひとつだけだった。

 他人の食べるものに口を出すつもりはなかったが、いくらなんでも育ち盛りの男子学生の昼食としては少なすぎる。

 「・・・売店に行ったら人があふれかえっていたんだ」

 「あー・・・売店は人いつも多いからなぁ。それしか買えなかったのか」

 ああ、と彼は言い、パンをかじる。

 この学校の売店は授業が終わるとすぐ混みだすから、オススメしないというのが瀬戸の意見だ。

 でもこの学校にいる者はそのことを当たり前に知っているはず。そういえば、同じ学年でこれだけ綺麗な顔立ちをした奴なら、絶対一度見たら忘れないし、女子も黙っちゃいない。なのに、知らないということは、

 「お前もしかして転校生か?」

 「・・・そうだけど」

 なるほどな、それじゃあ売店の事も知らないはずだ。

 なのに、あの屋上ではまるで自分の所有物だというような物言いだったけどな。と相手の堂々とした独占に内心呆れる。

 瀬戸は自分の昼食のおにぎりを彼に差し出した。

 「よかったら食うか?俺大量に握りすぎて食べきれそうにないから。」

 彼はじっと瀬戸の手にあるおにぎりを見つめて、

 「これは君が作ったのか?」

 とたずねてきた。

 「そうだよ。まぁ味のほうは悪くはないと思う」

それから、俺の名前瀬戸恭介な。瀬戸でいいよ、と少し早口で告げた。

 「僕は、樫原コウ。好きなように呼んで。・・・おにぎり頂くよ」

 樫原はそう言っておにぎりに手を伸ばした。

 彼はおにぎりを気に入ってくれたのか、なかなかいい食べっぷりだったので、それを見ていた瀬戸の表情も自然と柔らかくなる。

 「もう一ついるか?」と差し出せばすぐに手が伸びてきた。よくわからない奴だけど美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。

 瀬戸は三個目のおにぎりを樫原に渡そうとして、少しだけ指先が触れ、

バチッ

 『っ痛!!』

 おもわず指を握りこんだ。強力な静電気だった。

 そしてお互い顔を見合わせる。静電気が走ったほんの一瞬、瀬戸の脳裏に別の風景が視えた。

 樫原も何かをみたのか、ぽかんとこちらを見つめていた。

 「・・・痛かったな。って、あははっ、樫原おまえその顔!」

 お互い何を見たのかわからなかったが、瀬戸は樫原の顔を見て、そのことを忘れてしまった。

 樫原は何のことかわからず首をかしげている。その反応にまた笑う。

 そして、ついてるよ、と瀬戸は樫原の頬に手を伸ばしついていたご飯粒を取る。

 取ったのはいいけど、どうしようと瀬戸が戸惑っていると樫原がその手を自分のほうへ引き寄せ、

 ぱく、と指先についていたご飯粒を食べてしまった。

 ぺろ、と指先まで舐められて、さすがに瀬戸も背筋に鳥肌がたつ。

 「お前なにすんだよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢と転校生( 5 / 5 )

 舐め取った張本人は、なにか悪いことでもしたのか、ときょとんとしているからなおさらタチが悪い。

 「?もったいないだろう?」

 「・・・そうだな、うん」

 でも他の奴にはあんまりこんなことしない方がいいぞ。特に女子には。と心の中で少しばかり樫原のことが心配になった。

 米粒一つまでキレイに食べてくれるのはとても嬉しいけど。

 ちら、と横目で樫原を見ると彼はすでに三つ目のおにぎりに夢中だった。

 マイペースなのかなんなのか。先ほどの行動も他の奴だったら気持ち悪すぎて非難の言葉を浴びせていた。

 樫原にももちろんそのつもりで口を開けば相手は本当に悪気なくした行動だったものなのだから、一気に毒気をぬかれてしまった。怒るに怒れなかった。

 樫原はいまだおにぎりに夢中でこちらなど一瞥もしない。

 なんだかなぁ・・・。と、もやもやしたまま空を見上げる。

 快晴。どこまでも続く空は青く、吹きぬけてくる風が心地よい。

 隣にいる樫原とは出会ったばかりで、その出会いも決していいものではなかったのに。不思議と居心地が悪くない。

 互いに無言になってもその空白が気まずくない。

 本当に不思議な奴だ。

 そうぼんやり思っていると、遠くで昼休みの終りを告げるチャイムが聴こえた。

 「やば、そろそろ戻ろう、樫原」

 と瀬戸が立ち上がりかけた、その腕を樫原が掴んだ。

 「・・・」

「どうした?」

 樫原を見上げる形で視線を合わす。その眼が冷たいものではないと、瀬戸にはわかった。

 「・・・おにぎり、おいしかった。ありがとう」

 樫原は少しだけ、ほんの少しだけ微笑んでそう言うと、その手を離し屋上を後にした。

 「・・・はは、なんだよ。笑えんじゃん」

 胸の内が温かくなるのを瀬戸は感じて、ひとり笑った。


 

 それからというもの、何度か瀬戸と樫原はなぜかちょくちょく屋上で一緒に昼食をとった。

 お互い、あまり話すことはなかったが、それが逆に心地よく、気を使うこともなかったので二人で食べる回数は日を増すことに増えていった。

 それからさらに数日後。部活が終わり、瀬戸が部室で制服に着替えているときだった。

 「なぁ、瀬戸知ってるか?」

 同級生の友人がにやにやしながら話しかけてくる。彼のこの表情ははたいてい変なうわさを聞き付けた時にする顔だ。友人は大のうわさ好きだった。

 「何をだよ?」

 とりあえずは聞き返す。

 「旧校舎に幽霊がでるってうわさだよ」

 「・・・お前ほんっとにそーいうの好きだな」

 はぁぁ、とため息が出る。瀬戸は友人とは逆にそういう不可思議な現象は信じない性格だった。

 「おいおい、これは結構マジなんだって。つか今日一緒に見にいかね?」

 「はあ!?やだよ、めんどくさい。それにお前のマジは信用ならん」

 「まぁ、そういうなよ。その幽霊が現れるのが夜の7時ごろなんだよ、今から行けば見れる!」

 「いやだからなに。俺は帰りますー」

 バタンと、ロッカーを閉めて友人を無視して帰ろうとする瀬戸に

 「あー・・・瀬戸君ほんとはお化けが怖いんでしょー」

 と、背後からふっかけてくるが瀬戸は無視を決め込む。

 するとさらに、大きな声で

 「せっとくんはぁー、ほんとはお化けが怖くてしかな、ぐえっ!」

 ・・・こいつは。

 こんなたやすい挑発に乗りたくはなかったが、このうるさい口をふさがないとあらぬ事実が周りに伝わってしまう。部室にはまだチームメイトがひしめき合っている。

 友人の大声のせいで、何人かこっちを向いてにやにやしている。最悪である。

 「おいおい、何を言ってくれるのかな君は?ん?」

 「イタイイタイ!なぁ、頼むよ一度でいいからさ、見に行こうぜ」

 「あーもうわかったよ、だけど一回きりだからな」

 結局折れたのは瀬戸だった。

 

 

 

樫原の秘密( 1 / 8 )

 『うわさでは、夜の七時ごろ旧校舎のとある教室から青白い光が光っては消えを繰り返すんだと』

 と、ここにいない友人の声を思い出す。

 「あいつ・・・ほんといい加減にしろよな・・・」

 瀬戸は怒り半分、呆れ半分で呟いた。

 いざ、旧校舎に入らんと気合十分で先頭を歩いていた友人は、入る直前カラスの鳴き声にビビり、一目散に逃げ帰ったのだ。

 瀬戸自身もともと行く気はなかったのですぐ引き返す予定だったのだが、なぜか気がつくと旧校舎に足を踏み入れていた。

 旧校舎も一度は改築して新校舎にするはずだったらしいが、結局予算の関係でほったらかしの状態だった。

 「やっぱ、ほこり臭いな・・・」

 誰も入ることなく、そのままにされていたので校舎はほこりっぽく少し咳込む。

 窓の外は、だいぶ日が落ちてきていた。夕闇に宵の明星が輝いている。

 「そろそろ時間だな」

 瀬戸のつけている腕時計の針が七時を指そうとしていた。そして、針が七時を指した瞬間瀬戸の視界が一変した。

 「!」

 突然、目の前の風景が歪みだす。

 「なっ・・・」

瀬戸は立っていられなくなり床に膝をついた。目の前の風景がチカチカと点滅して、視界が真っ暗になる。

 赤い月。誰もいない街。その先に見えるのは―――・・・

 本格的に自分の今いる場所が分からなくなり、意識が飛びそうになったその時、目も冴えるような青が視界に飛び込んできた。

 意識がはっきりして、別の風景も、床のうねりも消えた。

 「マジか・・・」

 青い光を放っていたのは瀬戸のいる場所から数メートル先の科学室からだった。

 

 

樫原の秘密( 2 / 8 )

 まるで誘われるように足が勝手に科学室へと向かっていた。

 うわさ通り、科学室からその青い光は光っては消えを繰り返していた。しかし、その光はとても優しくて、なぜか瀬戸には温かく感じられた。

 科学室の扉に手をかける。不思議と怖さはなかった。

 ガラガラ、と思ったより大きな音をたてて扉が開く。そして青い光の正体は目の前に映っていた。

 「なんだ、これ・・・」

 瀬戸はふらふらと、それに近づいていく。それは今まで見たこともない機械だった。

 一人掛けの座席を背後を囲むようにして白いボディの装置が設置され、座席の正面と左右には青いパネルがいくつも浮かんでいる。そのひとつひとつはまるでパソコンのウィンドウのように見える。

 「すごい・・・」

 まさに未知の機械とでもいうのだろうか。瀬戸にはそうとしか表現できなかった。

 瀬戸はそれに触れようと指先を近づけあと数センチの処で、誰かに腕を掴まれた。

 「・・・触るな」

 「っ!」

 低く、冷たい声が鼓膜を震わし、掴まれた腕は折れそうなほど力をかけられていた。

 「ここは立ち入り禁止のはずだ。君はなんでここにきたのか、答えろ」

 語気は強く、だが感情は決して読み取らせないようなそんな声。

 しかし、その台詞に覚えがあった。既視感、とでもいうのだろうか。

 「・・・樫原?」

 その声を聞いて背後の人物がわずかに息をのんだ。そして、掴んでいた腕から力を抜いた。

 「なんで、また君はこんなところにいるんだ・・・瀬戸」

 振り返るとやはりそこにいたのは樫原だった。

 

 

 

渋矢 亜季
作家:草津秋
世界の終りのそのあとで。
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