世界の終りのそのあとで。

樫原の秘密( 1 / 8 )

 『うわさでは、夜の七時ごろ旧校舎のとある教室から青白い光が光っては消えを繰り返すんだと』

 と、ここにいない友人の声を思い出す。

 「あいつ・・・ほんといい加減にしろよな・・・」

 瀬戸は怒り半分、呆れ半分で呟いた。

 いざ、旧校舎に入らんと気合十分で先頭を歩いていた友人は、入る直前カラスの鳴き声にビビり、一目散に逃げ帰ったのだ。

 瀬戸自身もともと行く気はなかったのですぐ引き返す予定だったのだが、なぜか気がつくと旧校舎に足を踏み入れていた。

 旧校舎も一度は改築して新校舎にするはずだったらしいが、結局予算の関係でほったらかしの状態だった。

 「やっぱ、ほこり臭いな・・・」

 誰も入ることなく、そのままにされていたので校舎はほこりっぽく少し咳込む。

 窓の外は、だいぶ日が落ちてきていた。夕闇に宵の明星が輝いている。

 「そろそろ時間だな」

 瀬戸のつけている腕時計の針が七時を指そうとしていた。そして、針が七時を指した瞬間瀬戸の視界が一変した。

 「!」

 突然、目の前の風景が歪みだす。

 「なっ・・・」

瀬戸は立っていられなくなり床に膝をついた。目の前の風景がチカチカと点滅して、視界が真っ暗になる。

 赤い月。誰もいない街。その先に見えるのは―――・・・

 本格的に自分の今いる場所が分からなくなり、意識が飛びそうになったその時、目も冴えるような青が視界に飛び込んできた。

 意識がはっきりして、別の風景も、床のうねりも消えた。

 「マジか・・・」

 青い光を放っていたのは瀬戸のいる場所から数メートル先の科学室からだった。

 

 

樫原の秘密( 2 / 8 )

 まるで誘われるように足が勝手に科学室へと向かっていた。

 うわさ通り、科学室からその青い光は光っては消えを繰り返していた。しかし、その光はとても優しくて、なぜか瀬戸には温かく感じられた。

 科学室の扉に手をかける。不思議と怖さはなかった。

 ガラガラ、と思ったより大きな音をたてて扉が開く。そして青い光の正体は目の前に映っていた。

 「なんだ、これ・・・」

 瀬戸はふらふらと、それに近づいていく。それは今まで見たこともない機械だった。

 一人掛けの座席を背後を囲むようにして白いボディの装置が設置され、座席の正面と左右には青いパネルがいくつも浮かんでいる。そのひとつひとつはまるでパソコンのウィンドウのように見える。

 「すごい・・・」

 まさに未知の機械とでもいうのだろうか。瀬戸にはそうとしか表現できなかった。

 瀬戸はそれに触れようと指先を近づけあと数センチの処で、誰かに腕を掴まれた。

 「・・・触るな」

 「っ!」

 低く、冷たい声が鼓膜を震わし、掴まれた腕は折れそうなほど力をかけられていた。

 「ここは立ち入り禁止のはずだ。君はなんでここにきたのか、答えろ」

 語気は強く、だが感情は決して読み取らせないようなそんな声。

 しかし、その台詞に覚えがあった。既視感、とでもいうのだろうか。

 「・・・樫原?」

 その声を聞いて背後の人物がわずかに息をのんだ。そして、掴んでいた腕から力を抜いた。

 「なんで、また君はこんなところにいるんだ・・・瀬戸」

 振り返るとやはりそこにいたのは樫原だった。

 

 

 

樫原の秘密( 3 / 8 )

 「樫原こそなんでー・・・っ!!」

 「瀬戸!?」

 樫原を見た瞬間頭に激しい痛みが瀬戸に襲いかかり、そのまま意識を飛ばしてしまった。

 

 そして―――再び瀬戸はあの廃墟の街にいた。

 またここか、と瀬戸はため息をついた。こころなしか以前よりも落ち着いて周りが見れていた。

 「樫原に出会った日、以来だな。夢に見るのは」

 周りを見渡すとやはり瀬戸以外、誰もいなかった。建物の中も前回と同じく真っ暗で何も見えない。

 雨もかわらず瀬戸を濡らすことなくざあざあと降り続けていた。

 「・・・今度こそ、あの人が誰なのか、わかるかな」

前を見据える。やはり、赤い月が昇っている。そして、その先には、『あの人』がいた。

 そこから急に時間が動き出す。だが、その場所にいる瀬戸の時間は動かない。まるで映画を見ているような感覚に陥った。

 「あれは・・・前の俺・・・?」

 瀬戸の数歩先、必死に手を伸ばし叫ぶ、『もう一人の瀬戸』がそこにいた。

 『待ってくれ、君は一体誰なんだ!!』

 映画のワンシーンのようだった。

 「前はここで、夢が覚めたんだよな・・・」

 そして場面が切り替わり、前回では見られなかった場所に瀬戸はいた。

 依然、目の前には赤い月と、『あの人』がいた。だが、前よりもかなり距離が近づいている。

 「・・・男の人なのか?」

 『あの人』は前回と同じく瀬戸に背を向けていたが、背丈でなんとなく男だと判断できた。

 男は手に何かを持っていた。黒くて、重厚なそれは機関銃だった。

 ざり、と瀬戸は一歩踏み出した。

 もしかしたら、今なら声が届くかもしれない。

 「なぁ、ここはどこなんだ!あんたはいったい―」

すべてを言いきる前に、再び時が動き出す。まただ、また『あの人』が誰かわからないまま―・・・

 前回同様視界が眩みだしたその時、『あの人』が動きをみせた。

 ゆっくりと、まるで瀬戸の声が届いたかのようにその声に応じるかのように振り返ったのだ。

 だが、瀬戸はその貌を見ることはかなわなかった。『あの人』が振り返ると同時に、瀬戸の意識は途切れた。

 

樫原の秘密( 4 / 8 )

 あの夢から一夜明けて、目覚めた時にはなぜかちゃんと自宅のベットの上にいた。

 ここまでどうやって帰ってきたのか、記憶がぷつりと切れていて何も思い出せない。

 しかし、そんなことよりも瀬戸は別の事が気がかりだった。

 「あの夢に出てきた男の人は・・・」

 一つの推測。それを確かめなければならない。

 

 その日の放課後、瀬戸は再び旧校舎の科学室前にいた。

 『昨日のこと知りたいなら、放課後またあそこにおいで』

 昼休みに屋上に行くと扉にそう書かれたメモが張り付けてあった。相手はもちろん樫原からだ。

 

 俺ら以外使用しないからって不用心だな、と思いながらもそのメモの通り科学室に向かうことはすでに決まっていた。

 

 「樫原」

 「・・・ああ、来たんだね」

 午後七時。日はもうほとんど沈み、窓からわずかに光が差し込むだけの科学室に樫原はいた。

 その中で異様なしかし幻想的ともいえる光を放つ不思議な機械に樫原に搭乗して何か作業をしていたが、瀬戸に気がつくとその手を止めた。

 こっちに来ていいよと、樫原が声をかける。

 「今日は触ってもいいのか?」

 また触るな、と言われるかもしれないと思っていたので少しためらってしまう。

 そんな瀬戸の語気で気づいたのか樫原はくす、と困ったように笑って手招きする。

 「昨日は、まさか君だとは思わなかったんだよ。悪かった」

 樫原の柔らかい声に肩の力が抜けた。よかった、と安堵する。

 「これはいったいなんなんだ?」

 そ、とボディに指先が触れる。無機質で冷たいはずなのに蒼に淡く放つ光は温かく感じた。

 「そうだね、簡単に言うと情報集積とその解析を行う機械といえばいいかな」

 「・・・なんかよくわかんねーな」

 瀬戸は思わず眉根を寄せる。そもそもなんの情報を集めているのだろう。

 「実際に体験したほうがわかるかもね。瀬戸、こっち」

 何、という前に無理やり腕をひっぱられ気づくと瀬戸は樫原と同じ座席の上、つまり樫原の膝の上に座っていた。

 なんで、膝の上なんだよ・・・。と後ろを振り返る。樫原は何食わぬ顔でしょうがないよ、これ一人用だから。と言ってのけた。

 「簡単に言うとこれはね、この機械の操者の力を動力として動いているんだ。そしてこれはさまざまな場所、時間を超えて情報を集めている」

 瀬戸も観念したのか、会話に意識を向けていた。

 「・・・タイムマシン、のようなものか?」

 「そんな感じ」

 この機械の操者は樫原だ。操者の力を動力にっていったい何の力なのか。それにこの機械自体現代の技術では造れないはずだ。そんな某ネコ型ロボットのような世界の機械が現代にあったらニュースどころの騒ぎでおさまらないだろう。

 「お前、何者だよ・・・」

 もうなにがなんだか、というような感じだ。初めて会った時から不思議な奴だとは思ってはいたけれど。

 「宇宙人ではないよ、一応人間だ。しいていうなら未来人、かな」

 瀬戸には宇宙人も未来人も同じように思えた。樫原のいた世界はどれほど文明が発達していたのだろうか。

 「なんか、すげーな。で、お前が未来人ってのはわかったけどさ、何しにこの時代に来たんだよ」

 樫原は手元の青いパネルに触れて何か操作し始めた。瀬戸の質問には「まぁ、旅行ってやつかな」と簡潔に答える。

 「旅行・・・ね」

 訝しげに樫原を見遣る。背後の彼は瀬戸の視線を気にすることなく操作を続けていた。

 「さぁ、準備ができた。瀬戸、今から見せるのはこの機械で集めてきた情報の一部だよ」

 トクベツね。と言って樫原が笑った。

 

 

渋矢 亜季
作家:草津秋
世界の終りのそのあとで。
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