父と娘

 六、教師との恋愛は決してあってはならない。

 七、妊娠した場合、けっして堕胎をしてはならない。

 八、子供は託児所に預け勉学に励まなければならない。

 九、四ヶ月に一度の健康診断を必ず受けなければならない。

 十、神への感謝を心がけなければならない。

 

暇つぶしに、拓也はメモ帳を取り出すと校訓をメモった。今最も若者に指示されている、ミュージカルユニットKTR48は桂コーポレーションのヒット作品になっていた。KTR48は脱原発と題した公演を全国各地で行い好評をえているが、桂会長の矛盾した行動に納得がいかなかった。プルトニウム製造のカモフラージュをやっているようで気に食わなかった。

 

拓也が大きなあくびをしていると、ノックが三回なった。目をギョロッとさせた教頭は入ってくるなり、「桂会長と対談された数学教授の関様でいらっしゃいますね」教頭は拓也の右斜め前に腰かけるとコーヒーを差し出した。「はい」拓也は身元を明かしたくなかったが、嘘をつくわけには行かなかったので素直に返事した。

 

教頭は顔を青くすると手を震わせ腰を引きながら出て行った。校長室に戻った教頭は雑誌に眼をやり、唇を青くして言った。「この方ですぅ」教頭は大きく頭を垂れた。「そうか、好都合だ、しっかりゴマをすって、おもてなし、しなさい」校長は会長と一緒に写っている表紙の拓也を指差すと、笑顔で立ち上がり教頭の方をポンと叩いた。

 

「それが・・関様に失礼な態度を取ってしまいました、いかがいたしましょうか?」教頭の手が震えていた。「え、関様は桂会長の知り合いだぞ、もし、会長に告げ口されたらお前は首だぞ」校長は教頭の両肩を掴むと大きく揺さぶった。「どうすればいいでしょうか?」教頭は涙目になってきた。「北原さんは単にその場に居合わせただけで、今回の事件とは関係ありません、と言ってお見送りしなさい」デスクに戻った校長は目を閉じてしばらく考えた。

 

校長は右袖の引き出しから封筒を取り出すと、封筒に札束を押し込み教頭に手渡した。「お車代と言って、これで失礼をお詫びしろ、いいな」校長は拓也とは会わないことにした。応接室のドアを軽くノックすると、教頭は静かにドアを開けた。忍者のように足音を立てずにソファーまで来ると「先ほどは大変失礼いたしました。北原理恵様の件ですが、当方の勘違いで、まったく事件とはかかわっておりません。叔父様にはご心配をおかけいたしまして、まことに、申し訳ございませんでした」

 

拓也があっけに取られていると、そっと腰かけた教頭は内ポケットから封筒を取り出した。「どうぞ、お車代としてお受け取りいただけますか」拓也の前に封筒を差し出した。拓也は賄賂を手渡されているようで気が引けたが、教頭のムカつく態度を思い出すと封筒を手にした。ほっとした教頭は、「お車をお呼びします」と言って笑顔で部屋を飛び出していった。

 

しばらく待っていると、作った笑顔で応接室に入ってきた教頭が正面玄関前につけた黒のセンチュリーまで案内した。拓也は“核の未来”についての桂会長との会談がこんなところで役に立つとは幸運だったと、心の底で微笑みながら車に乗り込んだ。理恵の件は丸く収まったことを携帯で瞳に報告すると、瞳は涙を流して喜んでいた。ただ、理恵が本当に万引きグループの一員であったのならば、と思うと心配でならなかった。

 

理恵の思い

 

  今日は瞳と理恵がやってくる日であった。時間がはっきりしないため、外出せずに書斎にこもっていた。5時を回ったころ勢いよくインターホンが鳴ると理恵のカワユイ声が飛び込んできた。「パパ、理恵ピョンだよ~ん」理恵は開錠しておいたドアを勝手に開けると靴もそろえずにキッチンに上がり込んだ。無愛想な瞳の声はなかった。不思議に思った拓也がキッチンを覗いてみると理恵がフリッジを開けてキョロキョロしながら物色していた。

 

「ママは?」拓也は訊ねた。「ママは急用ができて来ない」理恵はそっけなく答えた。「そうか」がっかりしたが元気な理恵の姿に安心した。「もしかしたら、お姉ちゃんが来るかも?」理恵はトマトジュースをグラスに注ぎ喉を鳴らし飲み始めた。「食事はまだだろ?」拓也は一緒に外食する予定にしていた。「まだだけど、買いたいものがあるから、チョッと出る」理恵は笑顔を送ると飛び出していった。

 

 瞳には3人の子供がいる。長女の麗子、長男の達也、次女の理恵。麗子と達也の父親は同じであるが理恵の父親は違う。二度の結婚は破局に終わっていた。子育ては母親にまかせて瞳は水商売を続けた。理恵にいたっては育児放棄をしてしまった。発見が遅れていたならば、理恵はここにはいなかったことになる。今でも瞳には数人の男性がいて、資金援助を受けている。瞳は波乱万丈の人生を送ってきたが、拓也のことは一度も忘れたことはなかった。

 

 結婚を望んでいる拓也は三人の子供と親しくなるための努力を続けている。三人の子供たちは拓也をパパと呼び、ほぼ父親として受け入れてくれているが、瞳は結婚には今ひとつ乗り気でない。ともあれ、正式な結婚にいたらなくとも拓也はそれなりに満足していた。麗子は高校時代暴走族の一員であった。一度、警察に補導されたとき、拓也は引き取りに行った。

春日信彦
作家:春日信彦
父と娘
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