父と娘

「関拓也さんとおっしゃられましたね、申し訳ありませんが、校長より例の件に関しては職員会議で決定いたしますので、今日のところはお引き取りくださいとのことです」教頭は寄付金を払えば軽い処罰で済ませてあげましょうと言うようなにやけた顔をした。拓也は要求される寄付金を払う覚悟で出向いていたので、腰を90度に折って頭を下げた。「お願いいたします、5分でかまいません、校長に面会お願いします」拓也は丁寧にゆっくりと声を発した。

 

 教頭はうまく行ったといった顔を見せると「このことは他言されないように」と言って応接室に案内した。案内された拓也は白いソファーに腰掛けると借りてきた猫のように小さくなって壁の校訓に眼をやった。どうでもいいような教訓であったがあまりにも時代錯誤の教訓に噴出した。この学校は“日本を代表する女性を育成する”と言ったうたい文句でテレビ雑誌に登場し、桂コーポレーションの売名に貢献している。

 

~ 校訓 ~

 

 一、処女を宝とし、清い身体で恋愛しなければならない。

二、学問と芸能活動を両立させなければならない。

三、学校の名誉のために日々研鑽をしなければならない。

 四、桂コーポレーションの発展のために最高の技術を習得しなければならない。

 五、目上に対し、ため口ではなく、敬語を使わなければならない。

 

 六、教師との恋愛は決してあってはならない。

 七、妊娠した場合、けっして堕胎をしてはならない。

 八、子供は託児所に預け勉学に励まなければならない。

 九、四ヶ月に一度の健康診断を必ず受けなければならない。

 十、神への感謝を心がけなければならない。

 

暇つぶしに、拓也はメモ帳を取り出すと校訓をメモった。今最も若者に指示されている、ミュージカルユニットKTR48は桂コーポレーションのヒット作品になっていた。KTR48は脱原発と題した公演を全国各地で行い好評をえているが、桂会長の矛盾した行動に納得がいかなかった。プルトニウム製造のカモフラージュをやっているようで気に食わなかった。

 

拓也が大きなあくびをしていると、ノックが三回なった。目をギョロッとさせた教頭は入ってくるなり、「桂会長と対談された数学教授の関様でいらっしゃいますね」教頭は拓也の右斜め前に腰かけるとコーヒーを差し出した。「はい」拓也は身元を明かしたくなかったが、嘘をつくわけには行かなかったので素直に返事した。

 

教頭は顔を青くすると手を震わせ腰を引きながら出て行った。校長室に戻った教頭は雑誌に眼をやり、唇を青くして言った。「この方ですぅ」教頭は大きく頭を垂れた。「そうか、好都合だ、しっかりゴマをすって、おもてなし、しなさい」校長は会長と一緒に写っている表紙の拓也を指差すと、笑顔で立ち上がり教頭の方をポンと叩いた。

 

「それが・・関様に失礼な態度を取ってしまいました、いかがいたしましょうか?」教頭の手が震えていた。「え、関様は桂会長の知り合いだぞ、もし、会長に告げ口されたらお前は首だぞ」校長は教頭の両肩を掴むと大きく揺さぶった。「どうすればいいでしょうか?」教頭は涙目になってきた。「北原さんは単にその場に居合わせただけで、今回の事件とは関係ありません、と言ってお見送りしなさい」デスクに戻った校長は目を閉じてしばらく考えた。

 

校長は右袖の引き出しから封筒を取り出すと、封筒に札束を押し込み教頭に手渡した。「お車代と言って、これで失礼をお詫びしろ、いいな」校長は拓也とは会わないことにした。応接室のドアを軽くノックすると、教頭は静かにドアを開けた。忍者のように足音を立てずにソファーまで来ると「先ほどは大変失礼いたしました。北原理恵様の件ですが、当方の勘違いで、まったく事件とはかかわっておりません。叔父様にはご心配をおかけいたしまして、まことに、申し訳ございませんでした」

 

拓也があっけに取られていると、そっと腰かけた教頭は内ポケットから封筒を取り出した。「どうぞ、お車代としてお受け取りいただけますか」拓也の前に封筒を差し出した。拓也は賄賂を手渡されているようで気が引けたが、教頭のムカつく態度を思い出すと封筒を手にした。ほっとした教頭は、「お車をお呼びします」と言って笑顔で部屋を飛び出していった。

 

しばらく待っていると、作った笑顔で応接室に入ってきた教頭が正面玄関前につけた黒のセンチュリーまで案内した。拓也は“核の未来”についての桂会長との会談がこんなところで役に立つとは幸運だったと、心の底で微笑みながら車に乗り込んだ。理恵の件は丸く収まったことを携帯で瞳に報告すると、瞳は涙を流して喜んでいた。ただ、理恵が本当に万引きグループの一員であったのならば、と思うと心配でならなかった。

 

理恵の思い

 

  今日は瞳と理恵がやってくる日であった。時間がはっきりしないため、外出せずに書斎にこもっていた。5時を回ったころ勢いよくインターホンが鳴ると理恵のカワユイ声が飛び込んできた。「パパ、理恵ピョンだよ~ん」理恵は開錠しておいたドアを勝手に開けると靴もそろえずにキッチンに上がり込んだ。無愛想な瞳の声はなかった。不思議に思った拓也がキッチンを覗いてみると理恵がフリッジを開けてキョロキョロしながら物色していた。

 

春日信彦
作家:春日信彦
父と娘
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