二人のK

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このやりとりと話し方では彼女のほうが優位にみえるが、特に彼女が上の立場にあるわけではない。むしろ、華蓮のほうが優位な立場にある。この家は彼女の親の物だ。二人は同じ十六歳の従姉同士で、華蓮は楓からみれば、母の姉の娘になる。

しかし、生まれた順序は楓が先だ。それが少しばかり周囲には複雑に映ることはあるが、本人たちはそれを全く気にかけていない。華蓮の丁寧語も彼女が好んで使用しているだけだ。

 その彼女は楓の隣に座り、普段通りに言葉を返した。

「楓さんは優等生なんですね」

「違うわよ。周りがやる気ないだけ。目的がないのよ。全然ね」失望したように言い、掌から自分の拳ほどの朱色の火球を出した。「これぐらいなら皆出来るけど、人一人囲むぐらいといったら誰もやらないのよね。疲れるとか出来ないとか言って」

 掌の上で火を上下させながら、愚痴を言う。生み出した火には全く気を向けていない。華蓮はその様子を見て、落ち着かない顔をし始めた。

「そんなに警戒しなくても、何もしないわよ」

 その不安げな視線に気付いた楓は、なだめるように言い、火を握り消した。匂いも何も残らない。華蓮は完全な消失を見届けてから、話を再開した。

 

 

 

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やる気がある時点で、充分に優等生だと言えますよ」華蓮は尊敬を向け、話を進めた。「楓さんの目的は?」

「前にも言ったとおり、卒業したら旅に出るつもり」

 待ち遠しい、と、憂うつ混じりに呟くと、華蓮は分からないという顔をした。

「学校の授業を受ける意味がないなら辞めたら良いんじゃないですか? そうすれば自由にどこへでも行けますよ」

「物理的にはそうだけど、卒業してるかしてないかで周りの評価は変わってくるのよ。その評価次第で受けられる仕事も変わってくる」楓は隣に視線を向け、皮肉抜きの素直な言葉をかけた。「学校に行くと自体を必要と考えない華蓮には分かりにくいかもね」

彼女は言った後、怒るかもしれないと思ったが、その心配は不要だった。華蓮は、そんなものですか、と、変わらないトーンで答えた

 その反応にどう返すべきかと迷う。しかし、すぐに放棄し、別の話題を出した。

「ところで、叔母……お母さんたちは? いないみたいだけど」

「仕事の話を兼ねたパーティに行ってます。きょうは夜中まで帰って来ませんよ」

 最近多いですね、と、他人事のように言う。

華蓮の両親はときに彼女を留守番に置き、一晩家を空けることがある。楓からみれば二人は叔父と叔母だが、両親事故でを失くしこの家で暮らすようになってからは両親だと思ってくれれば良いと言われていた。

 

 

 

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特に華蓮の母、玲奈(れいな)は、楓が叔母さんと呼ぶたびに注意をする。

 楓は実親ではない玲奈を母と呼ぶには少しばかり抵抗を持っているが、しつこく言われるのはご免なので、いまは、母さんと呼んでいる。

彼女がいないここでならわざわざ訂正をする必要はないが、先ほどは癖のようにそうした。華蓮はそれに対しては何も言わなかった。特に関心がないのだろう。

 それよりも彼女の頑なまでの無動が信じられず、彼女に呆れを向けた。

「華蓮も行けば良かったのに。読書と研究ばかりだと肩がこるわよ」 

「周りは大人ばかりですから、邪魔になるだけです。それに、私は人ごみや集団が苦手なんです。それは知ってますよね」

 その質問自体を嫌がるような口調だった。珍しく尖っている。

人が入り乱れている中に入りたくないという気持ちは分かる。が、これで良いわけがないと思い、その先を言おうと口を開く。知ってる、と、肯定したうえで、彼女を軽く諌めた。

「でも、あまり引きこもってるのも問題よ。このまま一生をここで過ごす気?」

「それはしたくても出来ません。ここでしている研究だけで生きて行くのはどう考えても無理ですから」

 困ったような微笑を返す。良い答えだとはいえないが、生粋の箱入りである彼女でも両親に甘えていられないことは分かっているらしい。楓はその答えには満足した。

「その通り。で、華蓮はこの先何をして生きたいの?」

「……まだ分かりません。楓さんは旅立った後のこと、考えてるんですか?」

 華蓮は質問に質問を返した。本当に分からないのだろう。それは楓も同じだった。それを言い、行動することを宣言した。

 

 

 

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「だからこそ、力をつけて旅に出るの」

 決定事項を自信げに言った後、一緒に行かない? と、加えた。

「私は体力に自信がないですから。多分、足手まといになりますよ」

 しかし、答えは否定的なものだった。楓は先ほどから後ろ向きなことばかりを口にする華蓮に少しではあるが苛立ち始めた。内向的な性格は構わないが、これではこの先、当人を含めた誰もが困る。

 楓はそれを何としてでも阻止したいという思いで、言葉を返した。

「何、言ってるの? そう考えてると、どこへも行けないわよ」呆れたように言い、柔らかいソファから立ち上がった。「決めた。一緒に行こう」

「決めたってそんな勝手に……」

 華蓮は、決定という言葉に困惑しながらも、何か続く言葉を言おうとしていた。が、楓はそれを聞く耳を持たず、一方的に説得を始めた。

「一度出て、本当に駄目だと思ったら帰れば良いわ。実を言うと、私も最初から一人はちょっと心細いかなって思ってるの」

 本音を言う。が、華蓮はそれを真っ直ぐには受け取らなかった。

「本当ですか? 楓さんは一人でどこへでも行けそうにみえますよ」

「そうみえるだけ。華蓮も意外に私のこと分かってないわね」

 冗談交じりに言ったのだが、華蓮は、かもしれません、と、謝るように言った。それにより、二人の間にある空気が少しだけ重くなる。楓はそれを振り切るように、簡単な計画を話し始めた。

「私が卒業するまで約半年。それまでに旅を始められる準備をしましょう。まずは……」楓は言葉を止めた。腕を組み、座っている華蓮をじっと見下げた。

「何ですか?」

「その服装ね。華蓮、そういうひらひらしたドレスしか持ってないでしょう」

 たじろいでいる彼女に、似合ってるとは思うけど、と、残念そうに言う。そう言われた彼女は自分の服を改めるように見て答えた。

「そうですね。好きですから、どうしてもそういう方向に行くんです」

「それだと歩き回れないわ。せめてミニスカートにブーツよ。一番良いのはパンツルック。明後日、買いに行こう」

 楓は華蓮の意見を聞くこともせず、言い切った。本当は、明日と言いたいところだが、生憎(あいにく)きょうと同じように学校の授業がある。終わった後に行けないこともないが、それではじっくり選ぶことが出来ない。優柔不断な華蓮と一緒なら尚更時間がかかるだろう。

しかし、その彼女は良い顔をしなかった。

藍沢佳季
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