二人のK

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 ある水曜日の夕刻、魔法学校での授業を終えた(かえで)は不機嫌な顔で自分の住む屋敷に帰ってきた。フロアを通り過ぎ、階段を上がる。

 この苛立ちをいつも飄々としている同居人に、すぐにでもぶつけたいと思ったが、その前に自室へ行く。肩からかけていたバッグをベッドに放り出し、制服のまま即刻、廊下に出る。ドアを勢いよく開閉したので、隣の部屋にいる彼女、()(れん)は楓が帰ってきたことに気付ない、顔を見せない。

 また読書か研究に没頭しているのだろうと呆れながら、隣のドアを開けた。

ただいま、と、声をかけたが、目の前の広々としたリビングには誰の姿もなかった。部屋の中ほどまで踏み込み、先ほどよりも声量を上げた。

「帰ったわよ。聞こえてる?」

 そこまで言い、華蓮はようやく奥から顔を出した。どこへ出かけるわけでもないのに淡いブルーのドレスを着て、同色のカチューシャまでつけている。前に言っていたが、いつもお洒落でいないと落ち着かず、気が済まないらしい。その彼女は化学の専門書らしき本を片腕に、涼やかに微笑んだ。

「おかえりなさい。きょうはどうでした?」

「どうもこうも、皆相変わらず真面目にやらないし、うまく出来ないから、先に進まないわ。暇過ぎて困ってる」

 楓はうんざりだというように答え、こっちで話そう、と、リビングに戻った。華蓮も持っていた本を机に置き、書斎を出る。

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このやりとりと話し方では彼女のほうが優位にみえるが、特に彼女が上の立場にあるわけではない。むしろ、華蓮のほうが優位な立場にある。この家は彼女の親の物だ。二人は同じ十六歳の従姉同士で、華蓮は楓からみれば、母の姉の娘になる。

しかし、生まれた順序は楓が先だ。それが少しばかり周囲には複雑に映ることはあるが、本人たちはそれを全く気にかけていない。華蓮の丁寧語も彼女が好んで使用しているだけだ。

 その彼女は楓の隣に座り、普段通りに言葉を返した。

「楓さんは優等生なんですね」

「違うわよ。周りがやる気ないだけ。目的がないのよ。全然ね」失望したように言い、掌から自分の拳ほどの朱色の火球を出した。「これぐらいなら皆出来るけど、人一人囲むぐらいといったら誰もやらないのよね。疲れるとか出来ないとか言って」

 掌の上で火を上下させながら、愚痴を言う。生み出した火には全く気を向けていない。華蓮はその様子を見て、落ち着かない顔をし始めた。

「そんなに警戒しなくても、何もしないわよ」

 その不安げな視線に気付いた楓は、なだめるように言い、火を握り消した。匂いも何も残らない。華蓮は完全な消失を見届けてから、話を再開した。

 

 

 

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やる気がある時点で、充分に優等生だと言えますよ」華蓮は尊敬を向け、話を進めた。「楓さんの目的は?」

「前にも言ったとおり、卒業したら旅に出るつもり」

 待ち遠しい、と、憂うつ混じりに呟くと、華蓮は分からないという顔をした。

「学校の授業を受ける意味がないなら辞めたら良いんじゃないですか? そうすれば自由にどこへでも行けますよ」

「物理的にはそうだけど、卒業してるかしてないかで周りの評価は変わってくるのよ。その評価次第で受けられる仕事も変わってくる」楓は隣に視線を向け、皮肉抜きの素直な言葉をかけた。「学校に行くと自体を必要と考えない華蓮には分かりにくいかもね」

彼女は言った後、怒るかもしれないと思ったが、その心配は不要だった。華蓮は、そんなものですか、と、変わらないトーンで答えた

 その反応にどう返すべきかと迷う。しかし、すぐに放棄し、別の話題を出した。

「ところで、叔母……お母さんたちは? いないみたいだけど」

「仕事の話を兼ねたパーティに行ってます。きょうは夜中まで帰って来ませんよ」

 最近多いですね、と、他人事のように言う。

華蓮の両親はときに彼女を留守番に置き、一晩家を空けることがある。楓からみれば二人は叔父と叔母だが、両親事故でを失くしこの家で暮らすようになってからは両親だと思ってくれれば良いと言われていた。

 

 

 

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特に華蓮の母、玲奈(れいな)は、楓が叔母さんと呼ぶたびに注意をする。

 楓は実親ではない玲奈を母と呼ぶには少しばかり抵抗を持っているが、しつこく言われるのはご免なので、いまは、母さんと呼んでいる。

彼女がいないここでならわざわざ訂正をする必要はないが、先ほどは癖のようにそうした。華蓮はそれに対しては何も言わなかった。特に関心がないのだろう。

 それよりも彼女の頑なまでの無動が信じられず、彼女に呆れを向けた。

「華蓮も行けば良かったのに。読書と研究ばかりだと肩がこるわよ」 

「周りは大人ばかりですから、邪魔になるだけです。それに、私は人ごみや集団が苦手なんです。それは知ってますよね」

 その質問自体を嫌がるような口調だった。珍しく尖っている。

人が入り乱れている中に入りたくないという気持ちは分かる。が、これで良いわけがないと思い、その先を言おうと口を開く。知ってる、と、肯定したうえで、彼女を軽く諌めた。

「でも、あまり引きこもってるのも問題よ。このまま一生をここで過ごす気?」

「それはしたくても出来ません。ここでしている研究だけで生きて行くのはどう考えても無理ですから」

 困ったような微笑を返す。良い答えだとはいえないが、生粋の箱入りである彼女でも両親に甘えていられないことは分かっているらしい。楓はその答えには満足した。

「その通り。で、華蓮はこの先何をして生きたいの?」

「……まだ分かりません。楓さんは旅立った後のこと、考えてるんですか?」

 華蓮は質問に質問を返した。本当に分からないのだろう。それは楓も同じだった。それを言い、行動することを宣言した。

 

 

 

藍沢佳季
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