卑弥呼の首輪

「生きているかもしれないけどね、死んだと仮定していろいろと考えてみたの。照子さんが失踪して、ゴルフ場に彼女がかわいがっていた黒猫が突然現れたりもしたからね。思うんだけど照子さん、自殺したんじゃないかと思うの。そして、その遺体をお父さんがどこかに埋めてしまったんじゃないかとね。生めた場所はおそらく、ゴルフ場のどこかに」

 

 「なるほど・・」アンナは目を大きくして聞き入っていた。「原田さんの話によると自殺するような様子ではなかったと言っていたじゃない、そうね、きっと自殺の原因は自分のことではなくお父さんのことじゃないかと思うのよ。と言うのも、照子さんが失踪してお父さんは気が変になったじゃない。つまり、自殺の原因はお父さんにあるということなのよ。自殺しなければならないほどのことがお父さんにあったということね、それは何かわからないけど」

 

 「お父さんが・・・」アンナの顔が少し紅潮してきた。「う~ん、黒猫が何か知っているわね。警察は家宅捜索とか彼女にかかわっていた人たちを徹底的に調べたと思うけど、黒猫は尋問してないでしょ。日本語が話せないものね。この事件を解く鍵を握っているのは黒猫だと思うな。黒猫とじっくりと話し合えばきっと何かわかるわ。黒猫がゴルフ場に現れたのは私たちに伝えたいメッセージがあるからに違いないよ」

 

「さやかって、とんでもない思い付きをするんだね。日本語が話せない猫とどうやってじっくりと話し合うの?」アンナは何の根拠も無いたわごとにあきれてしまった。「自分でも馬鹿なことを思いついたと思うよ、誰かに拉致されて殺されたのかもしれないし、いや、拉致されてどこかの国で元気に生きているかもしれないね。だけど、答えは黒猫が知っていると思う。黒猫にもう一度会ってみようよ、アンナ」さやかの頭の中で黒猫が「ニャ~」と鳴いていた。

 

 一方、コロンダ君は平原遺跡を見学するとここの近くに住んでいるという古田直人君の家を訪ねた。直人は照子さんについて知っていることはすべて警察に話したに違いないが、照子さんのお父さんについて知っていることはすべて話していないと考えた。照子さんの失踪の原因は父親にあると考えたコロンダ君はじっくりと直人君と話をしたかった。午後6時ころ直人君は学校から帰ってきた。

 

 コロンダ君は原田先生の知り合いの的野と名のると、失踪事件について話を聞きだした。直人君は思い出しながらゆっくりと話し始めた。何度か、照子さんの家に遊びに行って、お父さんとも話しました。お父さんはとても温厚でお話好きの方でした。特に、明治維新の歴史が好きな方でした。山神家は代々続いた農家でおじいさんは町会議員をやっておられました。お父さんもいずれ市会議員に立候補されると聞きました。

ゴルフは九州オープンにも出場されるほどのトップアマということで、照子さんにゴルフを教えていました。照子さんもゴルフはシングルと聞いています。親子で伊都ゴルフクラブの会員だそうです。理由は知りませんが、両親は照子さんが小学生のころ離婚されたそうです。あくまでも聞いた話ですが、お母さんは二丈の旧家のとても美しいお嬢さんで、結婚する前は小学校の先生をされていたそうです。町会議員のおじいさんの紹介でお見合い結婚をされたそうです。

 

お父さんは信心深い方で一度神様についてのお話を聞いたことがありました。そのとき、自然を破壊する人間は必ず神様の天罰を受けると、つばを飛ばしながら言っておられました。それと、神武天皇のご神体であるこの山を決して汚してはならん。わしは、死ぬまで神武天皇をお守りしなければならん。神武天皇を冒涜するものは絶対に許さん。こんなことも言っておられました。意味はわからなかったのですが、適当に頷いて聞いていました。

 

 そうだ、3年ぐらい前、加也山にマンション建設の話が持ち上がったとき、先頭に立って反対されました。そして、現場の下見に来ていた所長さんが事故で亡くなられたそうで、結局マンション建設は中止になりました。聞いた話ですが、約10年前には高圧電線を加也山に通す話があったそうですが、そのときもお父さんが先頭に立って反対されたそうです。これも結局、中止になったそうです。

 

あ、照子さんの話では、小富士カントリークラブがつくられるときは反対されなかったそうです。ゴルフ場開発のためにお父さん所有の土地を高額で買い取ってくれたそうです。これは不動産会社の策略じゃないかと勝手に思っているんですが。村の人たちは最後まで反対しましたが、結局ゴルフ場はオープンしました。農閑期には管理作業員としてそこのゴルフ場でアルバイトされていたみたいです。

 

失踪する一週間ぐらい前ですが、お父さんが怖いと言っていました。お父さんは毎日、かなりのお酒を飲んでは叫んでいたそうです。わしは天罰を受ける。お許しください、神様。なんか、そんなことを、お酒を飲んでは毎日叫ぶようになったそうです。直人はそこまで話すとぼんやりと遠くを眺めた。

 

そうだ、冬休みに親戚のうちに一週間ほど泊まるからそのときは“黒猫の卑弥呼”をお願いね、と言っていました。お母さんのところかな、と思いました。いったい、照子さんはどこにいるんだろう。コロンダ君は言いにくそうにたずねた。「照子さんが自殺したってことは考えられないだろうか?」目を大きくした直人は返事した。「絶対にありえませんよ。教育大に絶対受かって見せるって豪語していたんだから。すべてにおいて前向きで、とにかく負けず嫌いなんだから」直人は照子の気の強さを強調した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
卑弥呼の首輪
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