卑弥呼の首輪

 

「なるほど、ところで、黒猫とは仲がいいですか?」コロンダ君は本題に入った。「どういうことですか?」直人は意味がわからなかった。「悪かった、実を言うと黒猫の首輪がほしいんだよ。できれば黒猫から首輪を取ってきてくれないかね。あの首輪に事件を解く鍵が隠されているように思うんだよ」コロンダ君はパターをするとき黒猫の首輪の内側に何かくっついているのを見逃さなかった。「首輪を、ですか?どうかな~、何度か遊んだことはあるけど・・いいです、やってみます」意味のわからないお願いだったが解決の役に立つことであればと思い快く引き受けた。 

 

照子のメッセージ

 

 黒猫はきっと今でも家にいると思い、翌日、直人は部活をせずに学校から帰ると誰も住んでいない大きな木造の家に自転車を走らせた。山神家の家は村ではかなり大きいほうで母屋のほかにトラクター、耕運機、トラック、などが並んだ大きな納屋が西側にある。東側にはグリーンのネットを張った照子のためのゴルフ練習場がある。南向きの玄関は鍵がかかっていて中には入れなかったが、東側の勝手口の鍵はかかっていなかった。外から卑弥呼、卑弥呼、と何度か呼んでみたがまったく泣き声一つ聞こえてこなかった。

 

無断で家に入るのには気が引けたが、何度か遊びに来ている家でもあったので、ごめんください、と言って勝手口から堂々と入って行った。入ってすぐ、右手にリビングとキッチン、左手に和室と大きなシャンデリアのある応接間、廊下をまっすぐ行くと突き当たりに二部屋に仕切られた掛け軸がかかった床の間、突き当たったところから右に曲がると照子の部屋がある。足跡がつかないように忍び足で卑弥呼がいないかと各部屋を覗きながら照子の部屋に向かった。

 

照子の部屋をそっと開けるといつもと同じように左手に大きなベッドが横たわっていた。そこにはキティーちゃんの布団とピンクの枕が几帳面に整えられていたが、埃にまみれて悲しそうであった。その奥には整理整頓された勉強机とその上にノートパソコンがおいてあった。部屋は少し薄暗くて気味が悪かったが、かつて照子と二人でベッドに腰掛けて邪馬台国の謎の話をした思い出がよみがえってきた。

 

いつも卑弥呼は照子の部屋でうろうろしていたが、最近この部屋に入った形跡が無かった。と言うのも、埃だらけであるから、もし歩き回ったのだったら足跡がついているに違いないからだ。動物も人も進入した形跡は無かった。もう一度、卑弥呼、卑弥呼と呼んでみたが返事は無かった。引き返しながらもう一度各部屋を覗いたが、ねずみ一匹進入した形跡が無かった。水晶でできた大きなシャンデリアのある応接間をしばらく眺めてみたが、どこにも卑弥呼も照子もいなかった。照子の宝物であるサイドボードに並べられているゴルフのトロフィーが窓から差し込んだ光でそっと微笑んでいた。

 

玄関前の広い庭と西側の大きな納屋をもう一度目を凝らして探しながら、卑弥呼、卑弥呼と呼んでみたが、まったく返事が無かった。今にも大きなエンジン音をあげそうなブルーの4トントラックの横に来たとき、座席でギターを弾いている照子の姿が脳裏に浮かんだ。運転席の開いたままになっている窓から中を覗いてみたが、卑弥呼はいなかった。なぜか、照子のアコギが助手席に寝かせてあった。

 

言っていた、トラックの中でギターを弾きながら大きな声で歌うと気分がすっきりすると。助手席のドアを開けるとギターを取り出した。黙ってもって帰ると泥棒になると思ったが、照子があげると言っているような気がして、もって帰ることにした。ギターを手に取ったとき運転席のシートの色に気づいた。やはり・・・卑弥呼はここに戻ってくる。直人の勘は当たっていた。

 

すこし嫌気を差した直人は冠木門の階段に腰掛け卑弥呼が帰ってくるのを待ったが、なんだか寂しくなりすべてが虚しくなってしまった。照子のアコギを膝の上においてぼんやりしていると、20メートルほど先にタクシーが止まった。無断で家の中に入り込んだので、一瞬、ヤバイと思ったが逃げる気力は無かった。タクシーからは背の高い美人と子供のような女性が降りてきた。

 

二人は近づいてきたが直人は開き直って座ったままコンチワと挨拶をした。さやかとアンナはとりあえずこの見知らぬ少年と仲良くすることにした。さやかとアンナも黒猫を探しに照子の家にやってきたのだ。さやかは少年にたずねた。「このあたりで赤の首輪をした黒猫を見かけなかった?」アンナは大きな庭と立派な瓦葺の木造建物に驚いて、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 

「この家の黒猫だったらいないよ」直人は立ち上がると二人の横を通り抜け帰ろうとした。「どこに行けば会えるかな~?」さやかはさらに訊ねた。「そんなことわからんよ、ずっと待ってたら、帰ってくるんじゃないか」直人はギターを担いで立ち去った。「こんな気味の悪いところでずっと待つの」アンナはしかめっ面をした。さやかとアンナはしばらく待つことにした。夕方7時ぐらいまで待ってみたが黒猫は現れなかった。

 

直人から黒猫に会えなかった報告を受けたコロンダ君は黒猫に会うために、金曜日の1時半ころ小富士カントリークラブに出向いた。受付カウンターで警察手帳を取り出して「かの有名な黒猫にお会いしたいんですが」と切り出すと受付嬢は目を丸くして飛んで事務所に駆け込んだ。それを聞いていたコンペのゴルファーたちがコロンダ君に鋭い視線を浴びせた。2,3分すると血相を変えた中年の事務員が飛び出してきた。

 

「黒猫とゴルフ場は関係ありませんが」事務員は警察とはかかわりたくないような態度をとった。「いや、たいしたことではありません。13番ホールに案内していただけませんか、決してプレーの邪魔になるようなことはいたしません。お願いできますか」コロンダ君は小さな声で優しくお願いした。事務員はきょとんとした顔をすると「はい」と言ってクラブハウス管理事務の西にある業務用駐車場に駆けていった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
卑弥呼の首輪
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