卑弥呼の首輪

 

照子の部屋をそっと開けるといつもと同じように左手に大きなベッドが横たわっていた。そこにはキティーちゃんの布団とピンクの枕が几帳面に整えられていたが、埃にまみれて悲しそうであった。その奥には整理整頓された勉強机とその上にノートパソコンがおいてあった。部屋は少し薄暗くて気味が悪かったが、かつて照子と二人でベッドに腰掛けて邪馬台国の謎の話をした思い出がよみがえってきた。

 

いつも卑弥呼は照子の部屋でうろうろしていたが、最近この部屋に入った形跡が無かった。と言うのも、埃だらけであるから、もし歩き回ったのだったら足跡がついているに違いないからだ。動物も人も進入した形跡は無かった。もう一度、卑弥呼、卑弥呼と呼んでみたが返事は無かった。引き返しながらもう一度各部屋を覗いたが、ねずみ一匹進入した形跡が無かった。水晶でできた大きなシャンデリアのある応接間をしばらく眺めてみたが、どこにも卑弥呼も照子もいなかった。照子の宝物であるサイドボードに並べられているゴルフのトロフィーが窓から差し込んだ光でそっと微笑んでいた。

 

玄関前の広い庭と西側の大きな納屋をもう一度目を凝らして探しながら、卑弥呼、卑弥呼と呼んでみたが、まったく返事が無かった。今にも大きなエンジン音をあげそうなブルーの4トントラックの横に来たとき、座席でギターを弾いている照子の姿が脳裏に浮かんだ。運転席の開いたままになっている窓から中を覗いてみたが、卑弥呼はいなかった。なぜか、照子のアコギが助手席に寝かせてあった。

 

言っていた、トラックの中でギターを弾きながら大きな声で歌うと気分がすっきりすると。助手席のドアを開けるとギターを取り出した。黙ってもって帰ると泥棒になると思ったが、照子があげると言っているような気がして、もって帰ることにした。ギターを手に取ったとき運転席のシートの色に気づいた。やはり・・・卑弥呼はここに戻ってくる。直人の勘は当たっていた。

 

すこし嫌気を差した直人は冠木門の階段に腰掛け卑弥呼が帰ってくるのを待ったが、なんだか寂しくなりすべてが虚しくなってしまった。照子のアコギを膝の上においてぼんやりしていると、20メートルほど先にタクシーが止まった。無断で家の中に入り込んだので、一瞬、ヤバイと思ったが逃げる気力は無かった。タクシーからは背の高い美人と子供のような女性が降りてきた。

 

二人は近づいてきたが直人は開き直って座ったままコンチワと挨拶をした。さやかとアンナはとりあえずこの見知らぬ少年と仲良くすることにした。さやかとアンナも黒猫を探しに照子の家にやってきたのだ。さやかは少年にたずねた。「このあたりで赤の首輪をした黒猫を見かけなかった?」アンナは大きな庭と立派な瓦葺の木造建物に驚いて、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 

「この家の黒猫だったらいないよ」直人は立ち上がると二人の横を通り抜け帰ろうとした。「どこに行けば会えるかな~?」さやかはさらに訊ねた。「そんなことわからんよ、ずっと待ってたら、帰ってくるんじゃないか」直人はギターを担いで立ち去った。「こんな気味の悪いところでずっと待つの」アンナはしかめっ面をした。さやかとアンナはしばらく待つことにした。夕方7時ぐらいまで待ってみたが黒猫は現れなかった。

 

直人から黒猫に会えなかった報告を受けたコロンダ君は黒猫に会うために、金曜日の1時半ころ小富士カントリークラブに出向いた。受付カウンターで警察手帳を取り出して「かの有名な黒猫にお会いしたいんですが」と切り出すと受付嬢は目を丸くして飛んで事務所に駆け込んだ。それを聞いていたコンペのゴルファーたちがコロンダ君に鋭い視線を浴びせた。2,3分すると血相を変えた中年の事務員が飛び出してきた。

 

「黒猫とゴルフ場は関係ありませんが」事務員は警察とはかかわりたくないような態度をとった。「いや、たいしたことではありません。13番ホールに案内していただけませんか、決してプレーの邪魔になるようなことはいたしません。お願いできますか」コロンダ君は小さな声で優しくお願いした。事務員はきょとんとした顔をすると「はい」と言ってクラブハウス管理事務の西にある業務用駐車場に駆けていった。

 

 

事務員は軽トラを玄関に着けると助手席のドアを開けた。二人が13番ホールに到着するとコンペのプレーヤーたちがグリーン上でパットをしていた。そこには黒猫はいなかった。時計を見ると2時5分前であった。二人はグリーンから離れた場所で黒猫が現れるのを待った。「刑事さん、黒猫は毎日現れるわけじゃないんですよ、確かに、ブログを使ってゴルフ場の宣伝に黒猫を利用したことは認めますが、それがそんなに悪いことですか?」事務員は早くここから立ち去りたかった。

 

「別にゴルフ場を調べにきたわけじゃありませんよ、チョット、黒猫に聞きたいことがあるだけです」にやりと笑って冗談を言った。事務員は鳩が鉄砲玉を食らったような目をした。二人は1時間ほど身をかがめてグリーンを見つめていたが、黒猫は現れなかった。「黒猫に感づかれましたかな、ご迷惑をかけました。引き上げましょう」コロンダ君は両手の手のひらを上に向けた。

 

首輪が手に入ったら連絡してほしいと直人君に電話するとコロンダ君は吉野ヶ里遺跡に向かった。さやかとアンナは朝早くから照子の家に張り込んで黒猫が現れるのを見張っていたが、やはり現れなかった。黒猫に会えず3時ごろ別荘に戻ると拓也が玄関に座り込んでいた。「待った?」アンナは拓也に飛びつくとチュ~をした。「黒猫はどうだった?」拓也は電話で張り込みのことを聞いていたので気になった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
卑弥呼の首輪
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