卑弥呼の首輪

 

「この家の黒猫だったらいないよ」直人は立ち上がると二人の横を通り抜け帰ろうとした。「どこに行けば会えるかな~?」さやかはさらに訊ねた。「そんなことわからんよ、ずっと待ってたら、帰ってくるんじゃないか」直人はギターを担いで立ち去った。「こんな気味の悪いところでずっと待つの」アンナはしかめっ面をした。さやかとアンナはしばらく待つことにした。夕方7時ぐらいまで待ってみたが黒猫は現れなかった。

 

直人から黒猫に会えなかった報告を受けたコロンダ君は黒猫に会うために、金曜日の1時半ころ小富士カントリークラブに出向いた。受付カウンターで警察手帳を取り出して「かの有名な黒猫にお会いしたいんですが」と切り出すと受付嬢は目を丸くして飛んで事務所に駆け込んだ。それを聞いていたコンペのゴルファーたちがコロンダ君に鋭い視線を浴びせた。2,3分すると血相を変えた中年の事務員が飛び出してきた。

 

「黒猫とゴルフ場は関係ありませんが」事務員は警察とはかかわりたくないような態度をとった。「いや、たいしたことではありません。13番ホールに案内していただけませんか、決してプレーの邪魔になるようなことはいたしません。お願いできますか」コロンダ君は小さな声で優しくお願いした。事務員はきょとんとした顔をすると「はい」と言ってクラブハウス管理事務の西にある業務用駐車場に駆けていった。

 

 

事務員は軽トラを玄関に着けると助手席のドアを開けた。二人が13番ホールに到着するとコンペのプレーヤーたちがグリーン上でパットをしていた。そこには黒猫はいなかった。時計を見ると2時5分前であった。二人はグリーンから離れた場所で黒猫が現れるのを待った。「刑事さん、黒猫は毎日現れるわけじゃないんですよ、確かに、ブログを使ってゴルフ場の宣伝に黒猫を利用したことは認めますが、それがそんなに悪いことですか?」事務員は早くここから立ち去りたかった。

 

「別にゴルフ場を調べにきたわけじゃありませんよ、チョット、黒猫に聞きたいことがあるだけです」にやりと笑って冗談を言った。事務員は鳩が鉄砲玉を食らったような目をした。二人は1時間ほど身をかがめてグリーンを見つめていたが、黒猫は現れなかった。「黒猫に感づかれましたかな、ご迷惑をかけました。引き上げましょう」コロンダ君は両手の手のひらを上に向けた。

 

首輪が手に入ったら連絡してほしいと直人君に電話するとコロンダ君は吉野ヶ里遺跡に向かった。さやかとアンナは朝早くから照子の家に張り込んで黒猫が現れるのを見張っていたが、やはり現れなかった。黒猫に会えず3時ごろ別荘に戻ると拓也が玄関に座り込んでいた。「待った?」アンナは拓也に飛びつくとチュ~をした。「黒猫はどうだった?」拓也は電話で張り込みのことを聞いていたので気になった。

 

 

「ダメ、全然ダメ」アンナは拓也の土産袋を手に取ると玄関に飛び込んでいった。三人がキッチンに着くと黒猫の話になったが、事件は警察に任せたほうがいいんじゃないかと拓也は冷たくあしらった。「拓也って、意外と冷たいのね」アンナはみやげ物を広げては笑顔をつくっていた。「これ誰に上げるの?アンナにもあるんでしょうね」アンナは土産物が気になってしょうがない。「みんなの分とドクターの土産もチャンと買ってあるよ。姫島はいいところだ。改めて島の良さに感じ入ったよ」拓也は父親から何かいいことを聞き出してきたようだった。

 

土曜日の朝、原田先生宅に挨拶に行くと、時々、黒猫がやってくるので餌をやっていると聞かされた。さやかは是非黒猫に会いたいと先生に言ったところ、昼ごろには餌を食べに来るだろうと言われ待つことにした。だが、黒猫は現れなかった。さやかは心残りであったが、日曜日の朝、出立することを先生に伝えて天神の街に向かった。

 

 さやかたちが糸島を出立して一週間後、直人からコロンダ君にメールが送られた。昨日、原田先生と話をしていると、餌を食べにひょっこり卑弥呼が現れました。卑弥呼、卑弥呼と呼ぶとやってきたので頭をなでて膝の上に乗せました。首輪を取っても怒らないだろうかとおそるおそる首輪を取りました。卑弥呼は気持ちよさそうでした。首輪の裏を見ると小さく折りたたまれた手紙がビニールに包まれてボンドで貼り付けてありました。約束なので的野さんにはメールしますが、できれば、警察にメールのことは黙っていてくれないでしょうか。お願いします。以下、書いてあった内容をそのまま書きます。

~ 直人君へ!~

 

卑弥呼の首輪は直人君しか取ることはできません。だから、安心して話せます。心配かけてすみません。きっと大騒ぎになって、警察も必死に捜索したでしょう。本当にごめんなさい。お父さんはいい人です。神に仕える素晴らしい人です。でも、父はある罪を犯しました。それを私は知ってしまいました。このことを警察に言わなければ私も共犯と言うことになります。

 

望東尼のように強い女性になりたいと思っていましたが、私には無理でした。考えた結果、この世から消えることにしました。許してください。直人君と別れるのはとても悲しいです。直人君との思い出が一番の宝物です。どこにいても、直人君のことは決して忘れません。今度生まれ変われたら、結婚してください。大好きな直人君、さようなら。

 

 
春日信彦
作家:春日信彦
卑弥呼の首輪
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