卑弥呼の首輪

「さやかって、とんでもない思い付きをするんだね。日本語が話せない猫とどうやってじっくりと話し合うの?」アンナは何の根拠も無いたわごとにあきれてしまった。「自分でも馬鹿なことを思いついたと思うよ、誰かに拉致されて殺されたのかもしれないし、いや、拉致されてどこかの国で元気に生きているかもしれないね。だけど、答えは黒猫が知っていると思う。黒猫にもう一度会ってみようよ、アンナ」さやかの頭の中で黒猫が「ニャ~」と鳴いていた。

 

 一方、コロンダ君は平原遺跡を見学するとここの近くに住んでいるという古田直人君の家を訪ねた。直人は照子さんについて知っていることはすべて警察に話したに違いないが、照子さんのお父さんについて知っていることはすべて話していないと考えた。照子さんの失踪の原因は父親にあると考えたコロンダ君はじっくりと直人君と話をしたかった。午後6時ころ直人君は学校から帰ってきた。

 

 コロンダ君は原田先生の知り合いの的野と名のると、失踪事件について話を聞きだした。直人君は思い出しながらゆっくりと話し始めた。何度か、照子さんの家に遊びに行って、お父さんとも話しました。お父さんはとても温厚でお話好きの方でした。特に、明治維新の歴史が好きな方でした。山神家は代々続いた農家でおじいさんは町会議員をやっておられました。お父さんもいずれ市会議員に立候補されると聞きました。

ゴルフは九州オープンにも出場されるほどのトップアマということで、照子さんにゴルフを教えていました。照子さんもゴルフはシングルと聞いています。親子で伊都ゴルフクラブの会員だそうです。理由は知りませんが、両親は照子さんが小学生のころ離婚されたそうです。あくまでも聞いた話ですが、お母さんは二丈の旧家のとても美しいお嬢さんで、結婚する前は小学校の先生をされていたそうです。町会議員のおじいさんの紹介でお見合い結婚をされたそうです。

 

お父さんは信心深い方で一度神様についてのお話を聞いたことがありました。そのとき、自然を破壊する人間は必ず神様の天罰を受けると、つばを飛ばしながら言っておられました。それと、神武天皇のご神体であるこの山を決して汚してはならん。わしは、死ぬまで神武天皇をお守りしなければならん。神武天皇を冒涜するものは絶対に許さん。こんなことも言っておられました。意味はわからなかったのですが、適当に頷いて聞いていました。

 

 そうだ、3年ぐらい前、加也山にマンション建設の話が持ち上がったとき、先頭に立って反対されました。そして、現場の下見に来ていた所長さんが事故で亡くなられたそうで、結局マンション建設は中止になりました。聞いた話ですが、約10年前には高圧電線を加也山に通す話があったそうですが、そのときもお父さんが先頭に立って反対されたそうです。これも結局、中止になったそうです。

 

あ、照子さんの話では、小富士カントリークラブがつくられるときは反対されなかったそうです。ゴルフ場開発のためにお父さん所有の土地を高額で買い取ってくれたそうです。これは不動産会社の策略じゃないかと勝手に思っているんですが。村の人たちは最後まで反対しましたが、結局ゴルフ場はオープンしました。農閑期には管理作業員としてそこのゴルフ場でアルバイトされていたみたいです。

 

失踪する一週間ぐらい前ですが、お父さんが怖いと言っていました。お父さんは毎日、かなりのお酒を飲んでは叫んでいたそうです。わしは天罰を受ける。お許しください、神様。なんか、そんなことを、お酒を飲んでは毎日叫ぶようになったそうです。直人はそこまで話すとぼんやりと遠くを眺めた。

 

そうだ、冬休みに親戚のうちに一週間ほど泊まるからそのときは“黒猫の卑弥呼”をお願いね、と言っていました。お母さんのところかな、と思いました。いったい、照子さんはどこにいるんだろう。コロンダ君は言いにくそうにたずねた。「照子さんが自殺したってことは考えられないだろうか?」目を大きくした直人は返事した。「絶対にありえませんよ。教育大に絶対受かって見せるって豪語していたんだから。すべてにおいて前向きで、とにかく負けず嫌いなんだから」直人は照子の気の強さを強調した。

 

 

「なるほど、ところで、黒猫とは仲がいいですか?」コロンダ君は本題に入った。「どういうことですか?」直人は意味がわからなかった。「悪かった、実を言うと黒猫の首輪がほしいんだよ。できれば黒猫から首輪を取ってきてくれないかね。あの首輪に事件を解く鍵が隠されているように思うんだよ」コロンダ君はパターをするとき黒猫の首輪の内側に何かくっついているのを見逃さなかった。「首輪を、ですか?どうかな~、何度か遊んだことはあるけど・・いいです、やってみます」意味のわからないお願いだったが解決の役に立つことであればと思い快く引き受けた。 

 

照子のメッセージ

 

 黒猫はきっと今でも家にいると思い、翌日、直人は部活をせずに学校から帰ると誰も住んでいない大きな木造の家に自転車を走らせた。山神家の家は村ではかなり大きいほうで母屋のほかにトラクター、耕運機、トラック、などが並んだ大きな納屋が西側にある。東側にはグリーンのネットを張った照子のためのゴルフ練習場がある。南向きの玄関は鍵がかかっていて中には入れなかったが、東側の勝手口の鍵はかかっていなかった。外から卑弥呼、卑弥呼、と何度か呼んでみたがまったく泣き声一つ聞こえてこなかった。

 

無断で家に入るのには気が引けたが、何度か遊びに来ている家でもあったので、ごめんください、と言って勝手口から堂々と入って行った。入ってすぐ、右手にリビングとキッチン、左手に和室と大きなシャンデリアのある応接間、廊下をまっすぐ行くと突き当たりに二部屋に仕切られた掛け軸がかかった床の間、突き当たったところから右に曲がると照子の部屋がある。足跡がつかないように忍び足で卑弥呼がいないかと各部屋を覗きながら照子の部屋に向かった。

春日信彦
作家:春日信彦
卑弥呼の首輪
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