生きるということ、働くということ

話( 5 / 12 )

5.CSと消費期限の切れたパン(1)

実家に行った時のことでした。

ある有名なスーパーで、ぶーすかの母が食パンを買ったところ

消費期限がきれているということで、食パンの包装に記載されている

フリーダイヤルに「食べても平気かどうか」聞いたそうです。

1つお話しておくと、ぶーすかの母は非常に世間知らずで、昔から働いた経験もなく

何も知りません。

 

かたやぶーすかからしてみれば、消費期限の切れた商品をパンの本社に、

食べていいですかなんて聞いて、「大丈夫です」なんて答えは100%返ってくるはずはないと思っています。

それこそ今のご時世、消費期限の切れた商品を陳列していたなんて言ったら、

大騒ぎになるではありませんか・・・。

 

思わず、ぶーすかは、

ぶ「なんでそんなの包装紙のお客様フリーダイヤルになんか電話しちゃったんだよ。」
母「え?だって、お父さんが食べても平気か電話してみればって言うから聞いてみようと思って。」
ぶ「そんなの聞いたらダメって言うに決まってんでしょ。」
母「そうかしら。調べてすぐに電話してくると言っていたけど・・・。」
ぶ「あったりまえだ。それは食べてもいいとかの問題じゃなくて、店の対応を電話してくるの。」
母「もしかして、大変なことになっちゃったかしら・・・。」
ぶ「今頃、そのパン本社から販売店に電話がいって至急調査になってるよ。」
母「えぇ?」
ぶ「下手したら、家まで謝りに来ちゃうぞ。」

 

銀行でだってミスが起きれば大変な騒ぎで、謝りに行くのに副支店長とかが

お客さんの家までとんでいくこともあります。

しかも今回の電話なんて、パンの本社にかけている訳ですから、

そこから連絡が来てしまった販売店は大変な事態になることは目に見えている訳で・・・。

どういう処置をしたのか、しっかりと時間まで記録するはずです。

まぁしかしながら連絡をしてしまったものは仕方ありません。

電話が来るのを待つことにしました。しばらくすると・・・・

 

パン本社担当「こちら、○○でございます。」
母「はい、はい・・・(なんか説明を受けています。)」

 

返事ばかりしていて様子が分からず、イライラしたぶーすかは電話を代わることにしました。

 

ぶ「いやぁこの度は申し訳ないですね。」
担「とんでもございません。こちらこそ大変なことを致しまして、販売店には十分な指導を・・・
ぶ「別に2日位過ぎて食べても問題ないだろうし。」
担「いえ、それはきちんと消費期限で定めておりますから。」
ぶ「大変ですね。」
担「で、お客さまのご自宅に店長がお邪魔したいと言っているのですが、個人情報の問題もありまして、お客さまのご了解が頂けないと電話もお名前も教えることも出来ません。教えても構いませんでしょうか?」
ぶ「いいですって。別に騒ぐこともないので構いませんよ。そのままで。」
担「しかし、それでは・・・。」

ぶ「だけどあれですよね。期限の切れた商品は回収しなくちゃいけないとかもあるんですよね。」
担「えぇ。ですので、大変申し訳ありませんが、取りに行かせて頂けないかと。」
ぶ「そうですよね。そうしないと記録票とかがあって終息の文字が書けなくなってしまうんでしょう?」
担「えぇ・・・、おっしゃる通りでございます。恐れいいります。」
ぶ「いいですよ、商品だけ、母に代わり僕の方でお持ちしますから。」
担「それでは、申し訳ございませんので・・・。」
ぶ「大丈夫ですよ。職業柄、その辺の大変さは重々承知していますから。」
担「いやぁ、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいのでしょうか。」
ぶ「いいですよ。誰あてに持ちしますか?」

担「そうしましたら、竹下(仮名)というものに・・・。」
ぶ「分かりました、じゃぁ午前中に竹下さんにお持ちしましょう。」
担「大変申し訳ありません。すぐに店の方には連絡をさせていただきますので・・・。」
ぶ「分かりました。」

 

こうして電話を切り、店に消費期限の切れた食パンとレシートを持って行くことにしたのでした。

話( 6 / 12 )

6.CSと消費期限の切れたパン(2)

さすがに本社のお客様専用ダイヤルだけあって、受け答えはさすがですね。

常に平謝り状態で受け答えを行います。

もちろん銀行でも、お客さま苦情センターは、そんな感じなのでしょう。

 

わざわざ営業時間中に、ぶーすかの実家まで来て食パンを回収する時間を取るなんて

大変でしょうから気を遣って持って行くことにしたのです。

販売店のお客さま受付カウンターに行って、「竹下さんは、いらっしゃいますか?」

その一言で、先方も通じたらしく、すぐに竹下さんを呼びに行きました。

 

すると出てきた竹下さん・・・。

年齢は、ぶーすかと同じくらいでしょうか。しかしながら、髪はちょっとロン毛。

 

ぶ「先ほどの本社の方と母が話していた件で・・・。」
竹「あぁ・・・(なんとなく中腰で申し訳なさそうに)、すいません。」
ぶ「で、これがレシートですね。」
竹「あぁ・・・。すいません。この分のお金をお戻ししますので・・・。」
ぶ「そうですか。いいですよ、別に新しいのと代えてもらっても。」

 

その言葉は竹下さんには聞こえなかったようです。

そそくさと歩いて行ってしまいました。随分と軽っぽしいなぁ・・・。

本来だったら、自分で回収に行かなければいけないところ、

暑い中、お客さんが持ってきてくれているんだから、もう少し労ってもいいんじゃないの?みたいな・・・。

 

しばらくすると、食パン代を手に握りしめ、竹下さんが戻ってきました。

 

竹「すいません。これ、お代です。」
ぶ「はぁ。」
竹「いやぁ、すいません。」

 

このすいませんも、なんか後頭部に手を当てて、いやぁみたいな感じなのです。

随分客商売を担当するものとして、この男なっていないなぁ・・・。

ぶーすかとしても次の謝りの言葉を待っていたのでしょうか。

しばらく2人の間に沈黙が続きます。痺れを切らしたぶーすかが、

 

ぶ「じゃぁ、これでOKですね。」
竹「はい。」
ぶ「どうも。」
竹「すいませんでした。」

別に何をもらおうとしている訳ではありませんが、あまりにもバカにしてるのか、こいつは?

客商売の難しさを知りました。

もし、お代の返金に加えて、代わりのパンだけでも渡していたとしたならば・・・。

もし、出口まで見送ってくることだけでもしておいたなら・・・。

多分、ぶーすかとしての心境も変わっていたのかも知りません。

せっかく、人が気を遣って動いてあげたものを、かえって逆なでされた感じがしちゃいましたね。

少し店舗の中を歩いて後ろを振り向いた時に、竹下さんの姿はありませんでした。

そこで思い立ちました。

一発、そのパンを販売していた店舗のお客さまサービスへメールで投稿しようかと・・・。

消費期限切れについては、パンの本社は、一切感知するところではありませんからね。

販売店としての人材教育について問うてみるのもどうかと。

もし、してみた場合にはご報告することにしましょう。

しかし、これだったら、わざわざ気を遣って持って行く必要がなかったとつくづく思いました。

 

お客さんに対する態度、いわゆるCSというものは、非常に大切なものですね。

自分でも改めて、営業店のお客さんに対する態度について心配になったのでした。

話( 7 / 12 )

7.3つの”そう”と共に生きる(1)

「ぶーすかさんは、いいですね。」

「ぶーすかさんは、本当に悩みがないでしょう。」

 

こんなことを、職場でよく言われます。

ぶーすかの部だけではなく、他の部に行っても言われるのですから、

相当数の人が、そう思っているのだと思われます。

 

その裏側には、


「暇そう」


「呑気そう」


「何も考えていなさそう」


という「3つの”そう”」が混じり合っているようなのです。

 

答えは決まって、

「そうそう、ぶーすかは、この職場で一番暇です。」

「何も考えていないですよ。とても呑気に仕事をしています。」

 

では何故周囲に、そう映ってしまうのか。自己分析してみることにしました。

最近は、昔と比べてパソコンにひたすら向かい、

「朝から晩まで、パソコンをカチャカチャ打っているだけ」

という前の部長の言っている通りの生活に変わりました。

 

若かった頃の上司からの指示をチーム内で相談し合って、意見を出し合い、

お互いの顔色を伺いながら、実践していたものです。

近頃は、その辺のところはメールなどで送受信しあって、

決められたフォームの中に、ただ打ち込み、いくつかのチームの意見を

ガチャンコして繋げて、上司に送り返す。会話の必要もなくなりました。

 

さらに「じゃぁ、それをメールで送っておいてもらえる。」

なんて言っておけば、添付されたファイルによって、責任の所在もはっきりします。

転送という便利な道具を使って、何かあった時に

「それは、あの人が作ったファイルなんだよなぁ。それを送っただけで・・・」と、

自分自身の保身も確保できると、ある意味、一石二鳥と考える輩が増えてきたようにも感じます。

文字に記せば、読むと20秒。

ところが、そのことを会って打ち合わせれば30分はかかるでしょう。

ここの効率をどう考えるのか。

 

ぶーすかの周りにも、「忙しいからメールで送っておいてもらえますか。」

と軽々しく発言する人が結構います。

話( 8 / 12 )

8.3つの”そう”と共に生きる(2)

それはそれでいいとは思っているのですが、ちょっとした無駄とも思える会話を

楽しむことが、実は仕事の効率を上げているような気がしてなりません。

同じ職場の人同士の他愛もない会話と素振りが、

お互いの仕事の内容の理解を深めているような気もするのです。

 

仕事に忙殺されることが多くなったせいか、行員同士の言い合いも多くなりました。

いつしか言葉を交わすこともなくなってくるのでしょう。

ぶーすかも一概ではありません。

「呑気そう」と言われているぶーすかでさえ、隣に座っているひずみんから、

電話中に「べらんめぇ口調、禁止っ!」というメモを渡されます。

ぶ「こちらに聞いてくる質問のレベルが違うんだよ。課長はいねぇのかよ。」

聞けば、そこにお客が座っていると言います。

カチッと頭にきて、思わず口をついて出た言葉だったのです。

なのに課長が忙しいからと聞けず、本部に電話をしてくる。

どうして課長がいるのに、顧客対応に出ないのか?

こちらから電話を代わってもらって、「悪いけど、そこに座っている客の対応をしてもらえる?」

そして、また5~6分後にきちんと終わったのか確認もする。

そんなことも出来なくなってしまったのか・・・。

営業店の課長に、どうして顧客対応してねと依頼しなくてはいけないのか。

何がどうなってしまったのかも分かりません。

話がそれましたが、まさしくコミュニケーションが取れていない証なのだと思います。

 

無駄話が、職場の人間関係を救う。

無駄話が、仕事の効率を向上させる。

 

ちょっと、大げさではありますが、そんな考え方の姿が

「呑気そう」「暇そう」「何も考えていなさそう」とうつるのかもしれません。

 

能力主義とか効率主義、実力主義の世界なんて言われ、

仕事は個人経営みたいなものですと言い切る人がいますが、

果たしてそれでいいのでしょうか。

行員同士や顧客との関係が冷たくなってきているのは、

きっと言葉足らずで、お互いのココロが真の意味で伝わらないからでしょうね。

 

「呑気そう」「暇そう」「何も考えていなさそう」と

周りににうつる自分を、もう少し続けてみてもいいのではと思っているこの頃です。

kobat
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