女教師の賭け

 「見せたいものってこれですか?」真美雄は裸体のマネキンを見つめた。「他にもあるわ」壁にかけてある絵に目を向ける。真美雄は無言でじっとマネキンを見つめていた。「マネキンといっても普通のマネキンじゃないのよ。マネキンの肌は人間と同じなの。今日は女の線と肌を教えたくて来てもらったの。早速はじめましょうか」絵美の目が光る。
 「両手の指先で顔の輪郭を感じ取ってね。次に目、鼻、口をゆっくりと柔らかく感じ取って。しっかりイメージして!肩、胸に移るわね。肩と胸のラインを何度も感じ取るのよ。特に肩のラインは大切よ。首、肩、背中、一連の女性美のラインをしっかり頭に叩き込んで。乳房の上下左右のラインを指先で確認して」真美雄は震える指先で真剣に感じ取る。
 「下腹部と背中のラインを前後左右からしっかり確認して。ヒップのラインはポイントよ。膝、ふくらはぎの曲線もしっかり確認して。少し離れて全身のラインを確認して。前後左右からね。最後に指。指はとても大切ね。女の個性は指にでるの。役に立ったかしら」絵美は真美雄の真剣な眼差しに納得する。「それじゃ、絵も説明するわ」
 入り口左手の壁にかかった絵を指差す。「これは、最近の作品よ。テーマは女の殺意。浮気した夫の目を女が握りつぶしているのね。右下に両目のない男を描いてみたわ。その横の絵は、女の嫉妬。青年が彼女を裏切ったのね。それで彼女が蛇になって彼を奪った女の首を絞めているの。隣は、少年の美。顔は少年というより少女に見えるわね。ニューハーフなの」真美雄は無言で目を輝かせる。「これは、女の二面性を描いたものね。右は愛される至福の女。左は嫉妬に狂う女。二人の女の間にイケメンの裸体を置いてみたわ。その隣は未亡人の欲情。戦争で夫をなくした貴婦人が軍服姿の美青年をじっと見つめているの。戦時中の女性をテーマにしたの。まだ見せたい絵はあるけど今日はこの辺にしましょう」

                形見の絵筆

 

 真美雄は退学届けを手渡すことができなかった。耳慣れたGXの音を聞きながら何も考えず夜道をとばした。駐輪場にGXを放り込むみ一気に階段を駆け上がると、ドアの隙間から明かりが見えた。ノブを引くと台所に母が立っていた。「お帰り、早かったのね」裕子はいつものように笑顔で料理を作っていた。真美雄はバイト帰りの振りをした。
 母親の後姿を見ながらテーブルの椅子に腰掛けた。いつもは部屋にこもってしまうのだが、なぜか母親の姿を見ていたかった。「何か言いたいことでもあるの?」裕子はいつもと違う真美雄を感じ取っていた。「別にないけど、やっぱり最後の絵を描くよ。思い出になるしな」ぶっきらぼうに応えた。「へ~、夢の男にでも勧められたの?」裕子は少し安心した。「夢の男!」母親が夢の男のことを持ち出すとは以外だった。

 「いや、思い出を作りたいだけさ。卒業したら大型免許を取ってトラックに乗るよ。車、好きだから」真美雄は母親を喜ばせたかった。「絵描きがトラックね。気をつけてね。お母さんの夢はなんだったと思う?女優なの。かなわなかったけど、若いころ、画学生にモデルになってほしいとお願いされて、絵を描いてもらったことがあるの。何度か、モデルをしているうちに彼を好きになってしまったの。その画学生が輝雄。真美雄のお父さん。本当のことを言うわね。お父さんはこの部屋で自殺したの。絵がかけなくなったのよ。今まで黙っていてごめんね。きっと、真美雄の夢に出てきた男は輝雄よ。まだ、霊が成仏できてないのね」
 真美雄も夢の男は父親の亡霊と思っていた。親戚には芸術家はいない。母親も絵が好きだったとは一度も言ったことはなかった。やはり、画才の遺伝子は父親のものだった。違うのは自殺する前に絵描きを止めることだった。「心配ないよ、この絵を最後に二度と描かないから」真美雄は立ち上がると部屋に向かった。「待って真美雄!」裕子は呼び止めた。裕子はエプロンを取るとテーブルに腰掛けた。
春日信彦
作家:春日信彦
女教師の賭け
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