形見の絵筆
真美雄は退学届けを手渡すことができなかった。耳慣れたGXの音を聞きながら何も考えず夜道をとばした。駐輪場にGXを放り込むみ一気に階段を駆け上がると、ドアの隙間から明かりが見えた。ノブを引くと台所に母が立っていた。「お帰り、早かったのね」裕子はいつものように笑顔で料理を作っていた。真美雄はバイト帰りの振りをした。
母親の後姿を見ながらテーブルの椅子に腰掛けた。いつもは部屋にこもってしまうのだが、なぜか母親の姿を見ていたかった。「何か言いたいことでもあるの?」裕子はいつもと違う真美雄を感じ取っていた。「別にないけど、やっぱり最後の絵を描くよ。思い出になるしな」ぶっきらぼうに応えた。「へ~、夢の男にでも勧められたの?」裕子は少し安心した。「夢の男!」母親が夢の男のことを持ち出すとは以外だった。