さよなら命ーくつのひもが結べないー

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 二人は今何を話題にしているかに気づいて口ごもってしまった。
健一はこんな話はまだ二人には適当じゃないと思い話題を変えた。

「昨日はびっくりした?」
「うん、でもきっと一緒に踊ってくれると思ってた。」
「どういう事や? そんなに物欲しそうな顔してるんか?」
「うん、顔中あふれてる。」
 二人は笑った。

「私、前から藤ケンのこと好きやってん。」

 健一はその単刀直入な言葉にびっくりして言葉がでなかった。

「前にホームルームの時間に部落差別の事が話題になった時、みんなは全然関心が
なかったみたいやったのに、一人藤ケンが意見を言ってた事があったでしょ。
この人ちょっと普通の人と違うと思った。すごく深く物事を考える人やなと思ったの。」「そういえば、そういう事あったな。」
「『差別はなくならないかも知れないが、僕は一人一人が社会の風習に負けないで、
私は差別をしないんだという強い意志を持つことが大切だと思う』と言った藤ケンの
言葉を今でも覚えているわ。」
 健一はそのホームルームの時間にこんな発言をしたのだった。

「僕は残念ながら差別はなくならないような気がするんや。なぜかってゆうたら
力武のように差別に無関心な人、いや力武はいいやつやけどこの点に関してはもっと
考えて欲しいと思うんや。名前出して悪いけど。
そういう人の意識を変えるのはむずかしいと思う。一方差別が悪いと思っている人でも
社会の風習に負けて、例えばまわりが差別しているからというものやけど、そういう
風習に負けて黙認か是認してしまう人がたくさんいると思うんや。
だから僕は一人一人が社会の風習に負けないで差別をしない、許さないという意志を
強く持つことが大切だと思うんや。」

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 健一の発言が終わると、2、3人が拍手をした。
健一はみんなに分かってもらえたのかどうか不安だった。
けれども、それ以降、健一と力武は仲の良い友達に
なったのだが・・・

「よう覚えてるな。」
「うん、とっても印象的やったもん。」
「そうか、恵子は分かってくれたんやな。」
「あの後良子と話したけど、彼女も私と同じ事言ってたわ。」
「そうか良子もか。」
「あの時以来、良子と藤ケンの事ばかり話題にしてたんやで。」
「ほんまかいな。」

「藤ケンはどう、私のこと好き?」
 健一はまたもや率直な恵子の言葉に戸惑った。
「ごめんなさい。女の子からこんな事きく方がおかしいね。」
「いいや、ただあまりにもはっきり言うからびっくりしたんや。」
「じゃ、どうなの、私のこと好き?」
「好きや、だから誘ったんやないか。」
 今度は恵子が戸惑った。

 何気なくあれだけずばっときいておいて、いざ好きだと言われると、こんなに
恥ずかしそうな様子を見せる恵子を健一はいじらしく思った。

 その後、二人はクラスの二、三人の友人を話題にして楽しくしゃべった。
 その日は日が暮れるとまもなく二人は別れた。

 

  次の日、学校へ行くとクラスでは健一と恵子のうわさでもちきりだった。

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「おい、藤ケン。お前やっぱし矢野の事好きやったんやな。」と力武が言った。
「恵子、あの日、藤ケンに送ってもらったんやて? 一緒に帰るのを千春が見たって
 言ってたよ。恵子、あなたも藤ケンの事好きなんとちがう?」と良子が言った。

 健一も恵子も、そんな周りの言う事にいちいち返事はしなかった。
否定しない事によって暗黙のうちにそれを肯定していた。

 学校では健一と恵子はあまり話をしなかった。
クラスのみんなの目を気にしての事だったが、それでも、二人がつきあい始めたと
いう噂がクラス中に広まるのにそんなに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 4、燃える秋

  健一は入学時に入っていたバスケット部を腎炎のため一度やめたが、
その頃再びバスケット部に入部していた。
 ある日練習が終わって学校の食堂で冷たいコーラを飲んでいると、
恵子がかばんを持って近づいてきた。

「待っててん。」恵子が言った。
「あほやな、今まで何してたんや。」
「教室で良子と数学の宿題やっててん。」
「良子は?」
「じゃましたら悪い言うて、さっき帰った。」
「気をきかしたつもりやな。」
「本当言うと、宿題なんかせんと校舎の窓から藤ケン見てたんや。」
「どうや、かっこええやろ。」
「うん、その足の短いのが最高やわ。」
「バカ!」

 二人は大きな声をあげて笑った。
そして恵子の家まで、二人は今の時間を大切にするかのようにゆっくりと
歩いて帰った。
そんな日が一週間ほど続いた。

  健一は腎炎だと診断されても、最初は時々体育の時間中に吐き気をもよおす
程度だった。
もともと体育の好きな健一は授業を見学するのが嫌だったので、体育の先生の忠告を
よそに、授業を受け、再びバスケット部に入ったのだった。
  けれどもそれが悪かった。つらくてもこの時安静にしておくべきだった。
健一は時々腰に痛みを感じるようになった。

富士 健
作家:富士 健
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