さよなら命ーくつのひもが結べないー

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「うん」
 二人はもう恵子の家まで来ていた。
 二人は「じゃ明日」と言って別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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 3、赤ちゃん戦争

 次の日、健一は十時五分過ぎに歩道橋についた。
そこにはもう恵子がいた。

「ごめん待った?」
「うん、十五分も待ったんやから。きっと遅れてくると思ってた。」
「どうして?」
「どうしてって、当たり前でしょ。学校だって遅刻の常習犯なくせに。」
「常習犯はひどいな、そんなに遅刻してへんやろ。」
「それは藤ケンの物差しでしょ。普通の人の物差しで測れば、常習犯よ。」

 健一は月に一、二度遅刻することがあった。
それは、通学にバスを使っているため、雨の日など道路が混雑している日に
限られるのだが、健一はそのためにベッドの中の5分をさいてまで早く起きて
行こうとは思わなかった。

「ごめんって謝ってるんやから許してくれよ。」
「そうね、じゃ学校も今度から遅刻しないって約束してくれたら許してあげる。」
「わかった、約束する。」

「じゃ行こか。」
 健一はそう言うと、恵子の肩に右手をまわして歩き出した。
すると恵子は、今までの勝ち気がうそのようにおとなしくなってしまった。

「私、こうして男の子と歩くの初めて。」

 健一は少し顔を赤らめている恵子を見て、彼女の一面を見たような気がした。
昨日の夜も、暗くて分からなかったが、こんな風に顔を赤くしていたのかもしれない

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と思った。

健一は中学の時、同じ生徒会役員をしていた女の子と
つき合った事があった。
彼女とは映画を見たり、スケートに行ったりしたが、
手をつないで歩いたことしかなかったので、こうして
肩を抱いて歩くのは初めてだったが、昨日の余韻から
何のためらいもなく、恵子の肩に手をまわしたのだった。


「何か観たい映画あるの?」恵子がさっさと歩く健一に聞いた。
「今何やってるか知らんねん。」
「何よ、映画に誘っておいてそれはないでしょう。」
 恵子がいつもの彼女に戻ってきたことが、健一にはうれしかった。
「じゃ、あれにしよう。」
二人が映画館のたくさん立ち並んでいる通りに出たとき、
健一はすぐ目の前でやっている「赤ちゃん戦争」を指さして言った。 

「うん、ええよ。」
 健一は学生2枚を買って恵子に渡した。
「悪いわ、私も払う。」
「ええよ、今日は僕が誘ったんやから僕が出しとく。そやけど今度からは
 割り勘にしてくれよな。」
「うん、でもほんとにええの?」
「ええって。」
「じゃ、遠慮なく。」

 健一には実際二人分の映画代はきつかったけれども、恵子と逢うために
使うのなら、少しも無駄だとは思わなかった。
そして、今度からは・・という言葉の中に、これからもずっとつき合いたいんだと

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いう気持ちを託したつもりだった。
恵子もその言葉に託された意味に気づいていた。
そして、健一の強引で、開けっぴろげな所にしだいに引かれていくのだった。

  その映画は十四,五歳の少年と少女が恋をし、未知の性を吹雪の中の山小屋で
経験する。
その結果、少女の体に新しい生命が芽生える。
それを知った二人は結婚したいと両親に告げるのだが、当然のようにだめだと言われ、
途方にくれる。
しかし二人は赤ちゃんを産もうと決意し、友達の援助によって、屋根裏のベッドで
無事赤ちゃんを産むというストーリーだった。

 健一にも性は未知のものであり、自分と同じ年の
少年少女が赤ちゃんを産むなんて想像もつかない事で
あった。
驚くというより、あきれていた。

 しかし、吹雪の場面では、健一は大きくつばを飲み込んでいた。
そして呼吸が大きくなり、心臓の鼓動が速くなるのを、横にいる恵子に気づかれない
ようにと願っていた。
そして恵子はこんな場面を観て何ともないのだろうかと様子をうかがってみたかったが
その勇気がなくて、じっとスクリーンを見つめていた。

 映画が終わり、「出ようか。」と健一が言っても恵子は返事をしなかった。
ふと見ると、恵子は下を向いて泣いていた。
「どうしたんや、泣いてるのか?」
恵子は答えなかった。
健一はしばらくそのまま座っていた。

「さっきはごめんね、驚いた?」

富士 健
作家:富士 健
さよなら命ーくつのひもが結べないー
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