さよなら命ーくつのひもが結べないー

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石鹸のようないい香りにめまいを感じ、異性を感じた。
すると、恵子の体が後ろに倒れていき、健一にもたれかかった。
二人はもう歌を歌ってはいなかった。

  9時過ぎになって、ファイヤーストームは終わり、
各クラスの担任の先生の指示を受け、解散していった。

「送るわ。」
 健一が恵子に言った。
「遅いから悪い。」
「遅いから送るんやないか。」
「ほんとにええの、ありがとう。」

 恵子の家は歩いて十五分くらいのところにあった。
二人は黙って歩いた。
お互いにさっきの自分のとった行動を振り返り、その大胆さを今になって少し
恥ずかしく思う反面、今まで遠い存在であった相手を身近に感じて、
その喜びにひたっていた。

  人混みからはずれ、路地に入ったころ、健一が話しかけた。
「明日は代休やな、映画に行けへんか。」
「映画?」
 健一は自分の強引さに驚いたが、それ以上に恵子も驚いて、どう返事をしたら
いいのかと戸惑っていた。
「どうしたらええのやろ」
「どうするって、簡単やないか。行きたくないなら行かない、行きたいのなら行くって
 言えばええのや」
「だって・・・」恵子はしばらく考えた。
「ええわ、行く。」
「よし、じゃ明日十時に梅田の歩道橋な。」

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「うん」
 二人はもう恵子の家まで来ていた。
 二人は「じゃ明日」と言って別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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 3、赤ちゃん戦争

 次の日、健一は十時五分過ぎに歩道橋についた。
そこにはもう恵子がいた。

「ごめん待った?」
「うん、十五分も待ったんやから。きっと遅れてくると思ってた。」
「どうして?」
「どうしてって、当たり前でしょ。学校だって遅刻の常習犯なくせに。」
「常習犯はひどいな、そんなに遅刻してへんやろ。」
「それは藤ケンの物差しでしょ。普通の人の物差しで測れば、常習犯よ。」

 健一は月に一、二度遅刻することがあった。
それは、通学にバスを使っているため、雨の日など道路が混雑している日に
限られるのだが、健一はそのためにベッドの中の5分をさいてまで早く起きて
行こうとは思わなかった。

「ごめんって謝ってるんやから許してくれよ。」
「そうね、じゃ学校も今度から遅刻しないって約束してくれたら許してあげる。」
「わかった、約束する。」

「じゃ行こか。」
 健一はそう言うと、恵子の肩に右手をまわして歩き出した。
すると恵子は、今までの勝ち気がうそのようにおとなしくなってしまった。

「私、こうして男の子と歩くの初めて。」

 健一は少し顔を赤らめている恵子を見て、彼女の一面を見たような気がした。
昨日の夜も、暗くて分からなかったが、こんな風に顔を赤くしていたのかもしれない

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と思った。

健一は中学の時、同じ生徒会役員をしていた女の子と
つき合った事があった。
彼女とは映画を見たり、スケートに行ったりしたが、
手をつないで歩いたことしかなかったので、こうして
肩を抱いて歩くのは初めてだったが、昨日の余韻から
何のためらいもなく、恵子の肩に手をまわしたのだった。


「何か観たい映画あるの?」恵子がさっさと歩く健一に聞いた。
「今何やってるか知らんねん。」
「何よ、映画に誘っておいてそれはないでしょう。」
 恵子がいつもの彼女に戻ってきたことが、健一にはうれしかった。
「じゃ、あれにしよう。」
二人が映画館のたくさん立ち並んでいる通りに出たとき、
健一はすぐ目の前でやっている「赤ちゃん戦争」を指さして言った。 

「うん、ええよ。」
 健一は学生2枚を買って恵子に渡した。
「悪いわ、私も払う。」
「ええよ、今日は僕が誘ったんやから僕が出しとく。そやけど今度からは
 割り勘にしてくれよな。」
「うん、でもほんとにええの?」
「ええって。」
「じゃ、遠慮なく。」

 健一には実際二人分の映画代はきつかったけれども、恵子と逢うために
使うのなら、少しも無駄だとは思わなかった。
そして、今度からは・・という言葉の中に、これからもずっとつき合いたいんだと

富士 健
作家:富士 健
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