さよなら命ーくつのひもが結べないー

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「ええと、みんなの中で『ノストラダムスの大予言』という本を読んだことがある人
いますか。読んだことがあるという人手を上げてみて下さい。」
4,5人が手を上げた。
「ノストラダムスは1999年7月に人類は滅亡すると予言しているのですが、彼の根拠は何一つありません。16世紀の人が400年も後のことが分かるわけがないんだから、こんな予言など信じる方がおかしいという方が正しいと思います。
けれども僕は彼の予言は別にしても人類が滅亡するのはそんなに遠くないと思っています。この本の中でもどのようにして人類が滅亡するかを書いているので紹介すると・・」健一は手に持っていた本を開きながら
「まず第一に第3次世界大戦とも言うべき、世界的な大戦争が起こり、原子爆弾・中性子爆弾が人類を滅亡に追い込むという説。
第二に宇宙人から奇襲を受けるという説。
第三に今までとは違う光化学スモッグが発生するという説です。
僕はUFOを見たことがないのでUFOの存在を信じない。
宇宙人はいてもおかしくないが、それが地球まで手を伸ばす
とは考えにくい。
それ以外の2つの説も今のところ核縮小条約が結ばれたり、
公害対策が行われたりしてそんな心配をしている人も
一応安心しているのではないだろうか。」 

「まさか人類が滅亡するような核戦争を起こしはしないだろうし、公害対策は必ずや
行われるだろうと思っている。僕もそう考えたい。しかし、この頃僕はそう安心してはいられないと思ってきた。

 人類が初めて現れたのは約100万年以上も前の事である。
人類が現れてから文明というものが発達するのに何十万年もかかった。
それは日々の生活をおくるだけで精一杯だったからである。
それでもようやく食糧が保存できるようになり生活が安定しだしてから文明というもの
が発達してきた。
人類がつくった最初の文明は共同社会というものであり、それは集団の統率者と

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被支配階級を生み出し、貧富の差が出現したのだ。
人間は生まれたときから平等であると言えたのは、文明を作り出す以前の事なのだ。
また、文明の発達に伴い医学が進歩し、人間は長生きできるようになった。
けれども現在この限られた地球という住みかにおいて、人間の数が増えすぎ、人口制限
まで言われるようになってしまった。
つまり医学は人間の寿命を伸ばしたが、人間の数を増やしすぎたのだ。
さらに、文明の発達と共に、人間の生活は裕福になっていった。
衣食住においてなんでも金さえあればすぐ手に入るようになった。
しかしそれらすべてが平等に分配されてはいない。
文明が発達するにつれ、貧富の差が大きくなっていったのだ。
また、戦後日本は急激に産業が発達し、世界に並ぶまでになった。
しかし、その反面公害で苦しむ国民が急増したのだ。
さらにアメリカ、ソ連など各国で行われている核実験は物理学という学問の発達によっって、人類を滅亡に追い込もうというものである。
もしや、今世界大戦が行われたら必ずや人類は滅亡するであろう。

 僕はこんな事を考えるにつれて、文明の発達に伴い人間はだんだんとこの世を住みにくくしてきたような気がする。
複雑な経済社会、高度な技術を要する産業界と、今の世の中はあまりにも文明が発達し
すぎたのだ。
こんな複雑怪奇な社会において必要とされる人材は頭のいい人間であろう。
こんな世の中についていける人間が必要なのだ。」

 

 

 


 

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「人間というものの出現は、生物学的に言うと単細胞生物から多細胞生物へ、
サルから人間へという進化論が今は信じられている。
それならば人間はこの後何になるのだろうか。
生物学的に最終産物ともいうべき完璧な一つの動物である人間がこのあとどのように
進化するのであろうか。
考えられる事は、こんな世の中に対処していけるような頭脳を持った人間、つまり
コンピュータ人間ではないかと僕は思う。
言うなれば現在、人類出現以来の人間とは違った人間にもう変わりつつあるのだ。
この事はもうすでにいろいろな学者たちによって言われている事であり、
市井三郎著の岩波新書『歴史の進歩とは何か』という本を読みながら僕はとてつもない
不安に襲われた。」

 健一はもう一冊の本を開きながら続けた。
「彼はこの本の中でこう言っている。
人間も他の動物と同じように種内攻撃において和平の儀式を一応発達させている。
しかし、人間は他の動物とは違って抽象的思考能力の進化によって、種内攻撃の能率が
高い武器をも発達させたのだ。
つまり人間の文明は、まさに人類の絶滅の現実的な可能性を目の前にぶらさげるにいたったのだ。
つまり、この高度社会において、脳が発達し、抽象的思考能力だけが発達した人間は
もう人間ではなくなってしまうと言っているのだ。
そしてこの世の中をつぶそうと思えば、ボタン一つで人類は滅びてしまうという現実が
今僕たちの目の前にあるのだ。
誰がそのボタンを押すような人間はいないと言い切ることができよう。
僕は人類の文明の進歩というものが、どういうものであるのか分からなくなってしまった。
いっそのこと文明などなくなってしまった方がいいとまで考えるのだ。

 僕はこの問題のただ一つの解決策として教育方法を改良したらいいと思う。
人間的情緒を養う教育をしたらいいと思う。

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今の日本は何かと言えば勉強、勉強といって勉強だけできさえすればそれでいいという
風潮があるが、それは間違っているという事を国民全体に知らせる事が必要だと思う。
しかし、ここで一つ問題が出てくる。さっき言ったように現在のように高度な社会に
なってしまったものを破壊することは出来ない。少なくとも今の世の中を維持していける人材が必要となる。その人材は高度な教育を身につけた人間でなければならない。
つまり、一方では人間的情緒を教育し、一方では高度な教育を
しなければならないのだ。両方両立できるのにこしたことはない
が、それはむずかしい。その矛盾をどのように克服していくのか
これが、これからの僕たちの問題だと思う。」

 健一は話を終えて席に戻った。
クラスの中が重苦しい雰囲気に包まれた。

「とてもむずかしい問題だと思うけど、どう思いますか?」
阿藤先生がきいた。すぐに手を上げる者はいなかった。

「藤君、君は最初に自分の話など聞かなくていいと言ったけど、こんな重大な話を
どうして聞かなくていいと言ったのですか?」
阿藤先生は健一の失言にこだわっていた。

「僕は何もみんなに問題提起をしたかったわけじゃないんです。ただ、今僕はこんな事
を考えているという事だけをしゃべりたかったからです。」と、健一は返答した。

 いつもならすぐに手を上げて発言する宮脇も黙って座っていた。
阿藤先生は仕方なく出席簿を開けてあてることにした。
「石川君、何かありませんか。」
石川は立ち上がって少し考えていた。

「僕が小さい頃は遊んでばかりいたけれど、今の小学生や中学生は塾に行っている人が
多いという話を聞いてびっくりしています。とてもかわいそうな気がします。

富士 健
作家:富士 健
さよなら命ーくつのひもが結べないー
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