俺の退職 Season 1(退職前と直後)

第一話 激震!退職目前( 1 / 9 )

まず、どうしてもこの話から書かなければならない「退職するときはいつも辛いよ」

俺は46歳のとき24年勤めた会社に退職届を提出した。これが人生初めての退職だった。退職の理由として書いた文言は「一身上の理由」だったが『こう書いておけば波風立たないのでそうしたが、本音は『この会社がとても嫌になり、何も未練が無くなったから』だった。俺は退職届用紙をダウンロードし、記入すべき事項を書き上司に提出した。

その後さらに上の上司との面接があったのだが、俺は緊張で声が上ずり体も震えがきたが「もう考えは変わらないです。辞めます」と伝えた。その後トントン拍子で俺の24年の会社勤めは夢だったように消え、実にあっ気なかった気分がしたのを今もよく覚えている。会社ってこんなものだと納得した。

俺は退職より前に妻と二人の子の前に座り、これから会社を辞める決心と、生活費の蓄えのことを話したのだが、それは想像以上に強烈なショックを家族に与える結果になった。言いたかったことは「今後の生活費は大丈夫だよ」。しかし24年間も勤めた会社の退職を宣言するのは地獄を見るようなもので、妻は厳しい顔で沈黙していたが子どもは泣き出してしまった。

俺は再就職のアテも無く退職してしまったが、子に泣かれて反省し、結局知人を頼って再就職して収入をあげることができた。この後予想以上の家計支出があったから、この知人がいなかったら今頃どうして暮らしているんだろう。そのことを今思い出しても恐ろしい

二回目の退職は、転職後の会社で俺が51歳のときに勃発したリストラだった。
その会社100%外資系だがらリストラは日本流の希望退職ではなく、会社が辞めさせる者を決め、全員を面接し、辞めてもらう対象者には、それ用の説明と説得をもって退職文書にサインを求めるという形式のものだった。

いよいよ全社員相手のリストラ面接の日。
次々と同僚が会議室に入っては出てくる。リストラ対象者ではなかったようだ。そして俺の番になった。部屋の前に着くと人事担当の二人が俺を待っていた。両担当者とも俺と部屋の中に入ると言う。これでリストラ確定だと俺は悟った。

案の定、外国人の上司は緊張しきった怖い顔で向かい側に座り、英語で「あなたは今まで頑張ったけど今後あなたにやってもらう仕事がありません」と言った。二人の人事担当者はそれを通訳して俺に伝えた。そして退職条件説明に話題は移った「明日中にこの条件で退職してもらればサインしてください。賛成しない場合は・・・」確か争うことにもなり得るように言ったと思う。俺は聞き終わると部屋を出たが悪い気分は何も無かった。思ったよりも割増退職金が「出た!」からだ。

二回目の退職のときも、前回と同じように家族の前で「俺はリストラに遭う予定だから退職するしかない」と話した。しかし以前のような地獄にはならなかった。なぜか家族に免疫ができていたのだ。

卒業直前の上の子は前回の俺の退職をきっかけに『もうお父さんの収入は期待できない』と悟り、資格取得や終活に励んで立派な会社に就職した。妻は本格的にパート勤めを始め、倹約生活にも励んでくれた。そういう家族の行動は『またお父さんはやらかすだろう』という予感があったからだと思う。

しかしやはり将来の生活の不安を、特にまだ学生生活が続いていた下の子には与えてしまったようだ。子は後に妻へ「自分は大学院に進学したい気持ちはあったけど、4年で終えて就職することにした」と語ったようだ。実際教育のためのお金は十分準備していたが、詳しくは後述するけど学費減免を申請したのでこの子は我が家にお金があまり無いと思ってしまったようだ。この子の不安が時間とともに解消されるまで10年間かかってしまった。

本来なら22歳で勤め始めた会社に少なくても60歳まで勤めあげて、定年退職という恰好で「ご苦労様」と同僚にも家族にも言われる退職が目出度いのかもしれないけど、俺はあえてそれをしない退職を選んでしまった。

そうなった要因は俺の性格に問題があるからかもしれないけど、どうしても違う世界に行ってしまいたい欲求を、いつか満たしてみたい!と密に考えていたせいでもある。

第一話 激震!退職目前( 2 / 9 )

退職は自分勝手にいつでもできるものではないからなるべく今の会社で頑張るべきだが、どういう形でもチャンス到来ならはなしは別だ

会社に勤めていると嬉しいこともあれば悪いことも起きて辞めていありたい気分になることもある。俺は決して会社が嫌になっても頑張って続けて働きなさい!とは他人にアドバイスする気はないし、自分もそうしなかった。あえて書くが「時には辞めた方がいい」と断言する。

でも、突然退職は絶対マズい!と声を大にして言いたい。
突然退職とは、辞める時機を選ばずに思い立ったらとっとと辞めることで、これをやったら生活が破綻する可能性が相当高くなる。俺の第一回目自己都合退職は時機を選んだつもりがハンパだった。

時機には二種類ある。辞めるべき理由が出来た時機と、辞めた後の進むべき道が見えた時機の二つだ。
俺の第一回目自己都合退職では、辞める理由は見つかっていたが辞めてその後どうするかはまったく未知だった。そのため子を泣かせて反省して大急ぎで再就職できたから幸運にも我が家は救われたけど危ない橋を渡ってしまった。

第二回目のリストラ退職では、辞めるねき理由は「辞めろと会社に言われたから」で完璧だった。誰もが「それはしょうがないね」と言った。
辞めた後に俺は勤めるにしろ、それまでの単身赴任の多忙勤務は絶対やめにして、収入は減ってもいいからもっとゆるい仕事を探すと決めていた。

結局俺はその後に勤めないで生活する道に進んで行ったのだけど、慌てることは何も起きなかったので二回目の退職はその後が思うように転がって行けたと言って良さそうだ。

きっと誰でも自分は今はこのような生活を毎日送っているけど、そのうちにこんなことをしたいと考えているのだろう。俺はそんな「夢」をどうにか実現したいと欲していた。
そして二回目のリストラ退職を食らったとき「ひょっとしてこれがチャンス?」と閃きが起きた。その時にはまだこれがチャンスだったとしてどう活かすかまったく分からなかったけど、その後の失業と無職の2年間で「これで行けるかも!」と決め、なんとブロガーから夢だった生活スタイルを開始することになった。

後から考えると俺が遭ったリストラ退職は、やっぱりチャンスであって「幸せの赤い羽根を掴む絶好の時機だったと感じている。
あのときにリストラというショッキングな出来事は当然に「辛い顔」をしてやって来た。それがチャンスだなんて思えないかもしれないけど、チャンスはいつも「嬉しい顔」してやって来ることは無い。多分だけど「辛い顔」した出来事の方がたくさん身の回りに起きるだろう。

俺は「逆境にも屈せず立ちむかえ」という言葉は嫌いだ。
そうではなく「逆境は考えようによっては自分の行きたい方向へ行くためのチャンスに”すり替えることができ”るかもしれない」と考えるのがその後に上手く事を運ぶ秘訣なのではないかと思っている。

退職とはそのような逆境の一つで、それはチャンスにもすり替えられる。
人はなかなか自分から働き方や暮らし方を変えることが得意ではないいきものだと思うけど、退職したら強制的に働き方も暮らしも変わってしまうから、退職とはそれを利用して思う働き方や暮らし方に変えてしまう推進剤にできる可能性を秘めている。

前のページで退職はとても辛いと書いたけど、それは事実で受け入れなければしょうがない。しかし辛いから今までと同じような働き方や暮らし方を模索する、という対策も否定はしないけど、この時機を活用することもやっていいのではないかなと俺は考えている。だけど俺の姿は必ずしも万人受けするものでもないかもしれないが、俺これから書いていくつかの「すり替え行動」は誰かの参考になったらと思う。

第一話 激震!退職目前( 3 / 9 )

送別会でみんなが是非聞き出したい俺の話題は、これからどうするの?

会社を辞めると決まればかつては職場で、きっと今どきは会社の気の置けない同僚達から『送別会開くけど』のメールが届くことがある。


ここに一発目の難関があるとも知らず、滅多にない自分が主役の宴会なのだから断ることもない、俺はふつうにそう思った。

ここでどんな話題が繰り広げられるか、またその展開によっては楽しい宴会か、はたまた苦い酒になるか、会社の思い出のさえここで決まると言ってもいい。そこではきっとこのような展開にあなるだろう。


「まったく残念だね、おまえとこれから仕事ができなくなるなんて」と、最初はお決まりのフレーズで始まった。やや酒の回ったあたりで同僚達が知りたくてしかたのない本筋質問がこれ。
「これからどうするの?」


送別会の時点では『そんなこと言えやしない』というのが俺の本音。

仮に転職が決まっての退職でも転職先をベラベラ喋るのもマズいし、当時の俺はその時まるでアテなど無かった。起業は魅力あるけど自信無いから迂闊にそんなこと言えないし、とにかく言えない。定番の答えは「少しゆっくりこの先を考えてみるよ」だろうけど、これではゼロ回答と同じ。もっとマシな回答は無いものか。


「ハローワークに行くことになっている」は現実的だし実際そうなのだけど、なんかハローワークという言葉を発するのが辛い気分を誘う。

推奨できるのは「ま、とりあえず夫婦で旅行に行ってみようと思う。そこでこれからのことを二人で話し合うつもり」これがマシだと思う。ウソにならないように実際に夫婦で旅行する気になるし、これを聞いた同僚達は『一応気持ちに余裕はあるんだ』と察すると思う。


次はいよいよ本命質問が飛んで来るだろう。

「生活は大丈夫なんだろうな」
この質問はクセがある。一応相手の暮らしを思いやっての質問に見えるんだけど、実は『この人どのぐらい財産貯めてんだろう』が聞きたいのだろう。だからその手に乗らない。「ウチの貯蓄は・・・」とか絶対に答えない。はぐらかして「ま、生活は妻が取り仕切っているからね」ぐらいで済ませる方がいい。


でも本当は貯蓄はまあまあだった。だから実は言いたいんだ『それはね!もう大丈夫になているんだよ』などと酒で口が滑りやすくなっている。自分がいかにお金に賢いか自慢したくなるんだけど、こんな場で私的なことは言ってはいけない。


さらに宴が進むと愛社精神関連に話が飛ぶ。
「会社ストレスから解放なんて羨ましい」
この手の質問は退職に至った本音を聞き出そうとしている。

酔った席では今までの恨み辛みを吐露してしまいがち。ただ多少は本音を言っても『やっぱりそうだったのか』と思われるだけでサヨナラする自身にとっては問題ない。


しかしやり過ぎは絶対に避けるべきだ。会席には愛社精神に溢れる社員がいる可能性は高い。彼らを怒らせる行き過ぎた会社への恨みは反感を買う。

殴られやしないけどさんざん飲まされることになるかもしれないし、自己都合退職や退職募集に積極応募という場合は、裏切り者、脱走兵呼ばわりされる結果になる。


原則、去って行く会社の同僚とは円満な関係で退職するのがいい。送別会後には憎まれず、後追いされず会社と縁切りすることが大切なんだ。付け加えれば、原則に則らない「消え去る」という辞め方もある。俺の初回退職はこれだった。

第一話 激震!退職目前( 4 / 9 )

アイツは退職するらしい!は、みんなが注目して俺は人気者か!?

さらに退職前の宴会は続く。
どこで知ったのか?もう10年も会っていない以前勤めていた会社の同僚から飲み会の誘いメールが舞い込んでくる。俺の二回目の退職時にそれがあった。

退職日を前になんか焦る気分が募るし、家に帰っても妻はため息ばっかりついている。退職前は肩書が無くなり給料もなくなるから家族の誰もが気が重い。家に帰ると湿っぽい雰囲気だからこんな誘いは正直ありがたい。

指定された駅の改札でかつての同僚達と待ち合わせする。
にこやかに「よー!久しぶり」と元気に威勢いい声からその日の宴会はもう始まった。
「びっくりしちゃったよ、急に会社辞めるなんて聞いたからさ」というけど、彼らは直前まで勤めていた会社の同僚ではない。もうひとつ前の会社の昔の同僚達。

びっくりするのはこっちの方、なぜ自分の進退情報を知り得たのだろう?
「俺の退職、どこから聞いたの」
聞いて分かった、労働組合っていうのがキーになっている。彼らは上でつながっているから俺みたいな無名なやつも情報が流れるのだ。しかも当時の俺は51歳で退職したもんだから、もしかしたら『アイツ何を考えているのか、行って会って調べて来い』みたいな指令が労組上層部より発せられたのかね?まさか、とは思うけど。

指令はどうだか知らないけど何で俺が51歳で辞めるのか。その先どこに再就職しようとしているのかは彼らの興味の本命だった。宴会はその話ばかり。
俺はこの先のことを決めているわけじゃないし、再就職のうまい勤め先が見つかったらいいなと思っていたけど、もう無理してお金のためにしんどい仕事をすることだけはやめようと考えていたから正直にそれ話した。

彼らは苦笑して俺の話しを聞いていた。たぶん説明用に用意した架空の方便を語っているんだろうと俺の話しを信用しなかったんだろう。終始ニヤニヤ苦笑しながらの宴会は割と早く終わってしまい、二次会行こうかとも言われたけど「明日は引っ越しだから」と今度はウソをついてその場を後にした。

かつての同僚達が何を期待していたかは終始分からなかったが、俺の身の上にうまい話があるんじゃやいかと探っているのは明らかだった。
たとえば、かつての会社とはライバル会社に再就職した?
株か宝くじで大儲けした?
無いとは思うけど、ヘッドハンティングされた?
将来とも収入が安定した外郭団体の職員になった?とか『なんかいいことあったから辞めるんだろ?それ教えろよ』と彼らの顔が言っている。

かつての同僚とは年賀状とかで縁が繋がっていて、だから旧友と言えばそうかもなんだけど、もはや話がシャキッと合うことは無いんだなぁと、このときはっきりそう思った。

会社を去ることになったからこの先は孤独が待っているか、新しい友人・知人が運よくできるのかと不安になり焦りもした。だから繋がっている縁を切ることは不安をそそられる。

しかしそれから12年経った今だから書けるけど、引退して孤独にはならなかった。退職後の縁者はほぼ100%退職後に知り合った完璧に新しい人間関係となった。以前の会社から縁の繋がっている友人はたった一人だけだ。

やはり案の定、会社の人間関係は勤めが終わると遅かれ早かれほぼ関係が自然に切れてしまう。だけどそれをあまり深刻に考えることはない。自分から「俺に声かけるなよ」オーラを出すようなことをしなければ、自然にまた新しいところで新しい人間関係ネットワークを作ることができることがその後分かってきた。
大庭夏男
作家:大庭夏男
俺の退職 Season 1(退職前と直後)
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