会社を辞めると決まればかつては職場で、きっと今どきは会社の気の置けない同僚達から『送別会開くけど』のメールが届くことがある。
ここに一発目の難関があるとも知らず、滅多にない自分が主役の宴会なのだから断ることもない、俺はふつうにそう思った。
ここでどんな話題が繰り広げられるか、またその展開によっては楽しい宴会か、はたまた苦い酒になるか、会社の思い出のさえここで決まると言ってもいい。そこではきっとこのような展開にあなるだろう。
「まったく残念だね、おまえとこれから仕事ができなくなるなんて」と、最初はお決まりのフレーズで始まった。やや酒の回ったあたりで同僚達が知りたくてしかたのない本筋質問がこれ。
「これからどうするの?」
送別会の時点では『そんなこと言えやしない』というのが俺の本音。
仮に転職が決まっての退職でも転職先をベラベラ喋るのもマズいし、当時の俺はその時まるでアテなど無かった。起業は魅力あるけど自信無いから迂闊にそんなこと言えないし、とにかく言えない。定番の答えは「少しゆっくりこの先を考えてみるよ」だろうけど、これではゼロ回答と同じ。もっとマシな回答は無いものか。
「ハローワークに行くことになっている」は現実的だし実際そうなのだけど、なんかハローワークという言葉を発するのが辛い気分を誘う。
推奨できるのは「ま、とりあえず夫婦で旅行に行ってみようと思う。そこでこれからのことを二人で話し合うつもり」これがマシだと思う。ウソにならないように実際に夫婦で旅行する気になるし、これを聞いた同僚達は『一応気持ちに余裕はあるんだ』と察すると思う。
次はいよいよ本命質問が飛んで来るだろう。
「生活は大丈夫なんだろうな」
この質問はクセがある。一応相手の暮らしを思いやっての質問に見えるんだけど、実は『この人どのぐらい財産貯めてんだろう』が聞きたいのだろう。だからその手に乗らない。「ウチの貯蓄は・・・」とか絶対に答えない。はぐらかして「ま、生活は妻が取り仕切っているからね」ぐらいで済ませる方がいい。
でも本当は貯蓄はまあまあだった。だから実は言いたいんだ『それはね!もう大丈夫になているんだよ』などと酒で口が滑りやすくなっている。自分がいかにお金に賢いか自慢したくなるんだけど、こんな場で私的なことは言ってはいけない。
さらに宴が進むと愛社精神関連に話が飛ぶ。
「会社ストレスから解放なんて羨ましい」
この手の質問は退職に至った本音を聞き出そうとしている。
酔った席では今までの恨み辛みを吐露してしまいがち。ただ多少は本音を言っても『やっぱりそうだったのか』と思われるだけでサヨナラする自身にとっては問題ない。
しかしやり過ぎは絶対に避けるべきだ。会席には愛社精神に溢れる社員がいる可能性は高い。彼らを怒らせる行き過ぎた会社への恨みは反感を買う。
殴られやしないけどさんざん飲まされることになるかもしれないし、自己都合退職や退職募集に積極応募という場合は、裏切り者、脱走兵呼ばわりされる結果になる。
原則、去って行く会社の同僚とは円満な関係で退職するのがいい。送別会後には憎まれず、後追いされず会社と縁切りすることが大切なんだ。付け加えれば、原則に則らない「消え去る」という辞め方もある。俺の初回退職はこれだった。