死神サークルⅠ

 伊達は、鈴木課長の動向から、自分の考えを話した。「そうですか。鈴木課長は、お見舞いというより、ご主人と何か話したかったということです。いや、何かを聞き出したかったんじゃないかと推測されます。だから、しきりに、面会を訴えたんです。鈴木課長は、ご主人と菅原さんだけが共有する秘密を聞き出したかったんだと推測されます。ご主人がお亡くなりになった今、鈴木課長は、菅原洋次さんを、必死になって探しているに違いありません。おそらく、菅原洋次さんは、追ってから身を守るために、行方をくらましたのでしょう」

 

 真由美は、顔をしかめて尋ねた。「主人は、会社にご迷惑でもおかけしたのでしょうか?」伊達は、静かに返事した。「その点は、わかりません。でも、鈴木課長の様子から、会社と何らかのかかわりのある事件に巻き込まれていることは確かです」真由美は、一瞬、不愉快な表情を見せたが、笑顔を作り、事件性を否定するかのような旅の話題を持ち出した。「そう、菅原さん、写真が趣味だったんじゃないかしら。それと、お城巡りが、お好きだったみたいですよ。そう、そう、会津若松城、松本城、駿府城、姫路城、熊本城、などの写真を見せていただいたことがあります。きっと、もうしばらくしたら、元気で戻られるんじゃないですか」

 

 沢富に目配せした伊達は、頭を下げると立ち上がった。「はるばる福岡からやってきたかいがありました。とても参考になりました。三ツ星運輸の鈴木課長にも、お話を聞く予定です。菅原さんの失踪には、深い事情があるように感じられます。もしかしたら、何らかの連絡が市毛様にあるかもしれません。その時は、ぜひ、勇気をもって、私たちに連絡いただけませんか。菅原洋次さんの身の上に危険が迫っているのであれば、一刻も早く、保護しなければなりません。ぜひ、ご協力をお願いいたします」真由美は、金輪際、警察とはかかわりたくないと思ったが、小さくうなずいた。

 

 

 市毛真由美は、何もヘマなことは言ってないと思ったが、二人の刑事が去った後、刑事の訪問について、樋口に報告することにした。スマホで樋口を呼び出すと2回の呼び出しで応答がった。「はい。樋口です」真由美は、手短に報告した。「ちょっと、今、よろしいですか?」樋口の「はい」と言う返事の後、真由美は話を続けた。「今日、二人の刑事が、福岡からやってきました。主人のかつての同僚について、いろいろと聞かれました。主人に関しては、打ち合わせの通りのことを話しておきました。別に問題はないと思いましたが、ご報告をと」

 

 樋口は、冷静なトーンで返事をした。「そうですか。ご主人に関しては、ガンでの死亡が確定していますので、まったく問題ありません。ところで、同僚の方が、どうかなされたのですか?」真由美は、即座に返事した。「同僚の方が、旅に出られて、3か月が経つそうなんですが、何の連絡もないそうなんです。行き先に、心当たりはないか?と聞かれましたが、何も存じ上げません、とお答えいたしました」樋口は、小さくうなずいた。「そうですか。別に気にすることは、ありません。また、何か気になることがございましたら、ご連絡ください。神のご守護を信じましょう。日々、お祈りをささげてください」

 

 電話を静かに切り終えた時、樋口の脳裏にドクターXの顔が浮かんだ。念のために、刑事の件を伝えることにした。3回の呼び出しで、ドクターXのダミ声が響いてきた。「何だ、今頃。電話は、まずいと言ったはずだぞ」樋口は、手短に伝えた。「今、電話があって、市毛宅に警察が来たそうです。市毛武史に関することではなく、彼の同僚について、尋ねられたそうです。もしかしたら、先生のところにも、行くのではないかと」ドクターXは、即座に返事した。「そんなことか。わかった。切るぞ」樋口は、市毛武史はすでに病死しているから、全く問題ないと確信していたが、福岡からやってきたという刑事のことが気にかかった。

 

 

 伊達と沢富は、市毛宅前の小路から大通りに出るとタクシーを探した。次の鈴木課長との約束時刻は、5時半。まだ十分、時間があった。タクシーで横浜公園近くにあるスタバに到着すると周りに人にいない窓際の席に腰掛けた。伊達は、腕組みをしてうなった。「う~~、浮気の家出では、なさそうだ。もしかしたら、ヤクザに追われているのかもしれんな。サワ、どう思う?」沢富もそのように感じていた。「市毛の奥さんの話からすれば、ヤクザが絡んでますね。二人は、全国各地を飛び回るトラックの運転手でしたよね。ということは、ヤクザがらみのブツを運んでいたと考えていいんじゃないですか?二人は、そのブツを持ち逃げしたんじゃないでしょうか?」伊達もそう考えたが、市毛武史は、ガンで死亡している。となれば、菅原洋次が隠し持っていることになる。ブツとは、現ナマか?「そうだな~~、持ち逃げするとなれば、現金だよな。市毛は死んでいるから、菅原が持っていることになる」伊達は、単なる家出とのんきに構えていたが、菅原と市毛が元ヤクザと知って、不吉な事件になるような予感がした。

 

 約束時刻の20分前に席を立った二人は、スタバを出ると信号待ちのタクシーをつかまえた。伊達は、行き先を横須賀街道沿いにある三ツ星運輸と伝えた。約10分ほど走ると大きなゲートを構えた本社前に車が止まった。本社ビルの北側には、巨大倉庫と大型トラックが並んでいた。受付で鈴木課長との約束を伝えると2階の応接室に案内された。ソファーに腰掛け、壁に掛けられたフランスのブドウ畑を描いたような風景画を眺めていると小さなノックの後に小柄な眼鏡をかけた中年男性が姿を現した。固まった表情の彼は、名刺を差し出し、挨拶した。「総務課長の鈴木です。退社した菅原洋次について、お尋ねされたいということですが、何か?」伊達は、まず、退社した理由を聞くことにした。「早速ですが、菅原洋次さんの退職理由をお聞かせ願いませんか?」鈴木課長は、即座に返事した。「一身上の都合です。よくある理由です」

 

 伊達は、鈴木課長の動向を探った。「奥様の話では、福岡までこられて、菅原さんの所在をお聞きになられたとか」引きつった顔の鈴木課長は、弁解がましく返事した。「いや、まあ、菅原さんは、優秀な社員でしたので、できれば、続けてほしいと思いまして、お願いに参った次第です」伊達は、嘘だと察したが、このことから、本当の理由を隠していると確信した。「さようでございますか。では、市毛さんも、同じ理由で、お見舞いに」苦笑いした鈴木課長は、うなずいた。「お二人は、長年コンビを組まれてまして、ともに、優秀な社員でした。是非、病気が治られた際には、わが社に戻って来ていただきたいと」マジな顔で出まかせが言えるものだとあきれたが、これで、ますます疑いが増した。「菅原さんは、小旅行に出られたということですが、どこか、心当たりは?

 

 目を丸くした鈴木課長は、返事した。「それは、こちらがお聞きしたいくらいです。私は、全く心当たりはございません。もし、所在が判明したならば、ぜひ、ご連絡いただきたい」鈴木課長は、必死になって、菅原洋次を探していると察した。やはり、なにか重要なブツをもって、姿を消したに違いない。「優秀な社員に、戻ってきていただきたい、ということですね。もし、所在が判明すれば、ご連絡いたしましょう。まいりましたな~、菅原さんは、いったいどちらに行かれたのやら。奥さんが、心配なされているのに」鈴木課長も同意した。「全く、美人の奥さんをほっぽらかして、姿を消すとは、言語道断です。戻ってきたら、説教してあげます」タヌキ親父とこれ以上話してもらちが明かないと判断した伊達は、引き上げることにした。

 

 伊達が立ち上がろうと腰を少し持ち上げた時、沢富が質問した。「あと一つ、いいですか?9月末に、ガンで亡くなられた市毛武史さんのことなんですが、この会社では、毎年、健康診断なされてますよね。今年の健康診断で、ガンの疑いがありましたか?」鈴木課長は、素直に返事した。「いいえ。4月の健康診断では、まったく健康でした。ガンが発見されたのが、6月でしょ。ガンって、そんなに突発的に、できるものでしょうか?しかも、入院して、3か月で亡くなられるなんて。今でも、信じられません。まったく、お気の毒です」沢富は、伊達を覗き見て、うなずいた。二人は、挨拶をして応接室を出た。

 

 通りでタクシーを拾った二人は、横浜駅西口近くのビジネスホテルに向かう前に、食事をすることにした。二名を予約し、個室のある”うたげ”に向かった。堀ごたつ席につくと伊達が口火を切った。「今回の出張は、無駄骨と思っていたが、そうでもなさそうだぞ。ヤツは、家出というより、逃亡だ。もしかしたら、これ、に追われているのかもしれん。おそらく、課長も、これ、にかかわっているんじゃないか?」伊達は、これ、といった時、人差し指をほほに当てた。「確かに。できれば、我々が先に保護したいものです。そうでないと、かなりヤバいですね」伊達はうなずいた。「今のところは、単なる家出だ。事件性はない。大掛かりな捜索はできない。どうやって、探し出せばいいんだ」

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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