死神サークルⅠ

 目を丸くした鈴木課長は、返事した。「それは、こちらがお聞きしたいくらいです。私は、全く心当たりはございません。もし、所在が判明したならば、ぜひ、ご連絡いただきたい」鈴木課長は、必死になって、菅原洋次を探していると察した。やはり、なにか重要なブツをもって、姿を消したに違いない。「優秀な社員に、戻ってきていただきたい、ということですね。もし、所在が判明すれば、ご連絡いたしましょう。まいりましたな~、菅原さんは、いったいどちらに行かれたのやら。奥さんが、心配なされているのに」鈴木課長も同意した。「全く、美人の奥さんをほっぽらかして、姿を消すとは、言語道断です。戻ってきたら、説教してあげます」タヌキ親父とこれ以上話してもらちが明かないと判断した伊達は、引き上げることにした。

 

 伊達が立ち上がろうと腰を少し持ち上げた時、沢富が質問した。「あと一つ、いいですか?9月末に、ガンで亡くなられた市毛武史さんのことなんですが、この会社では、毎年、健康診断なされてますよね。今年の健康診断で、ガンの疑いがありましたか?」鈴木課長は、素直に返事した。「いいえ。4月の健康診断では、まったく健康でした。ガンが発見されたのが、6月でしょ。ガンって、そんなに突発的に、できるものでしょうか?しかも、入院して、3か月で亡くなられるなんて。今でも、信じられません。まったく、お気の毒です」沢富は、伊達を覗き見て、うなずいた。二人は、挨拶をして応接室を出た。

 

 通りでタクシーを拾った二人は、横浜駅西口近くのビジネスホテルに向かう前に、食事をすることにした。二名を予約し、個室のある”うたげ”に向かった。堀ごたつ席につくと伊達が口火を切った。「今回の出張は、無駄骨と思っていたが、そうでもなさそうだぞ。ヤツは、家出というより、逃亡だ。もしかしたら、これ、に追われているのかもしれん。おそらく、課長も、これ、にかかわっているんじゃないか?」伊達は、これ、といった時、人差し指をほほに当てた。「確かに。できれば、我々が先に保護したいものです。そうでないと、かなりヤバいですね」伊達はうなずいた。「今のところは、単なる家出だ。事件性はない。大掛かりな捜索はできない。どうやって、探し出せばいいんだ」

 

 

 沢富が、気にかかっていることを話し出した。「ちょっと気にかかることがるんです。市毛武史の病死の件ですが、どうも、納得がいかないんです。鈴木課長も言っていたように、突然ガンになって、3か月でなくなっています。これって、ちょっと、変じゃないですか?」伊達は、意味がよくわからなかった。「変ってことはないだろう。ガンなんだから、そういうこともあるんじゃないか。俺は、医者じゃないから、よくわからんが」沢富は、小説で読んだ替え玉死体の話をすることにした。「あくまでも、小説の話なんですけどね。ある物理学者が、マフィアに狙われていましてね、そこで、この世から自分を抹殺するために、親友の医者に頼んで、死亡診断書を書いてもらったんです。しかも、ご丁寧に、身代わりを使って、火葬までしたんです。まさかと思うんですが、市毛がこの手口を使ったってことはないかと」

 

 伊達は、あきれた顔で返事した。「まさか、市毛は、トラックの運ちゃんだぞ。そんな込み入ったことを思いつくか?実際に、死んでると思うがな~」沢富は、伊達の反論にうなずきながらも、偽死亡診断書手口にこだわった。「でも、ですよ。もし、数億の金を、持ち逃げしていたとすれば、どうですか?医者に、大金を積めば、ウンと言ったんじゃないかと思うんです。もし、本当に、大金を持ち逃げしたと仮定すると、ヤクザから逃れるために、戸籍上は死んだことにして、どこかで生きているように思えて、ならならないんです」いつもの沢富の妄想が始まったと顔をしかめたが、捨てがたい発想には違いなかった。「まあ、考えられなくもないが。市毛武史は、生きていて、どこかに潜んでいる、と言いたいんだな」

 

 沢富は、さらに想像をたくましくした。「大金を手にしたとなれば、整形手術の可能性があります。二人とも、全く顔が変わっているかもしれません。そうなれば、発見できません」伊達は、あきれ返った表情で返事した。「そうだとすれば、お手上げじゃないか。何を手掛かりに、捜索するんだ。あほらしい」沢富は、気まずい表情をしたが、可能性は否定できなかった。「考えすぎですかね。整形手術をする前に、菅原洋次を発見しましょう」伊達は、眉を下げて暗い表情をした。「でもな~。今のところ、まったく、手掛かりがない。どうやって、探し出すんだ」沢富は、ニコッと笑顔を作って返事した。「刑事は、足です。身を隠すために、ひきこもったとしても、菅原洋次は、かつてチンピラの遊び人です。きっと、女欲しさに、歓楽街に足を運ぶはずです。根気良く、聞き込みをやりましょう。そう、ひろ子さんにも、写真を手掛かりに、協力してもらいましょう」イラついてきた伊達は、ゴクゴクと喉を鳴らし、一気に、ジョッキを空にした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
死神サークルⅠ
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