死神サークルⅠ

 伊達と沢富は、市毛宅前の小路から大通りに出るとタクシーを探した。次の鈴木課長との約束時刻は、5時半。まだ十分、時間があった。タクシーで横浜公園近くにあるスタバに到着すると周りに人にいない窓際の席に腰掛けた。伊達は、腕組みをしてうなった。「う~~、浮気の家出では、なさそうだ。もしかしたら、ヤクザに追われているのかもしれんな。サワ、どう思う?」沢富もそのように感じていた。「市毛の奥さんの話からすれば、ヤクザが絡んでますね。二人は、全国各地を飛び回るトラックの運転手でしたよね。ということは、ヤクザがらみのブツを運んでいたと考えていいんじゃないですか?二人は、そのブツを持ち逃げしたんじゃないでしょうか?」伊達もそう考えたが、市毛武史は、ガンで死亡している。となれば、菅原洋次が隠し持っていることになる。ブツとは、現ナマか?「そうだな~~、持ち逃げするとなれば、現金だよな。市毛は死んでいるから、菅原が持っていることになる」伊達は、単なる家出とのんきに構えていたが、菅原と市毛が元ヤクザと知って、不吉な事件になるような予感がした。

 

 約束時刻の20分前に席を立った二人は、スタバを出ると信号待ちのタクシーをつかまえた。伊達は、行き先を横須賀街道沿いにある三ツ星運輸と伝えた。約10分ほど走ると大きなゲートを構えた本社前に車が止まった。本社ビルの北側には、巨大倉庫と大型トラックが並んでいた。受付で鈴木課長との約束を伝えると2階の応接室に案内された。ソファーに腰掛け、壁に掛けられたフランスのブドウ畑を描いたような風景画を眺めていると小さなノックの後に小柄な眼鏡をかけた中年男性が姿を現した。固まった表情の彼は、名刺を差し出し、挨拶した。「総務課長の鈴木です。退社した菅原洋次について、お尋ねされたいということですが、何か?」伊達は、まず、退社した理由を聞くことにした。「早速ですが、菅原洋次さんの退職理由をお聞かせ願いませんか?」鈴木課長は、即座に返事した。「一身上の都合です。よくある理由です」

 

 伊達は、鈴木課長の動向を探った。「奥様の話では、福岡までこられて、菅原さんの所在をお聞きになられたとか」引きつった顔の鈴木課長は、弁解がましく返事した。「いや、まあ、菅原さんは、優秀な社員でしたので、できれば、続けてほしいと思いまして、お願いに参った次第です」伊達は、嘘だと察したが、このことから、本当の理由を隠していると確信した。「さようでございますか。では、市毛さんも、同じ理由で、お見舞いに」苦笑いした鈴木課長は、うなずいた。「お二人は、長年コンビを組まれてまして、ともに、優秀な社員でした。是非、病気が治られた際には、わが社に戻って来ていただきたいと」マジな顔で出まかせが言えるものだとあきれたが、これで、ますます疑いが増した。「菅原さんは、小旅行に出られたということですが、どこか、心当たりは?

 

 目を丸くした鈴木課長は、返事した。「それは、こちらがお聞きしたいくらいです。私は、全く心当たりはございません。もし、所在が判明したならば、ぜひ、ご連絡いただきたい」鈴木課長は、必死になって、菅原洋次を探していると察した。やはり、なにか重要なブツをもって、姿を消したに違いない。「優秀な社員に、戻ってきていただきたい、ということですね。もし、所在が判明すれば、ご連絡いたしましょう。まいりましたな~、菅原さんは、いったいどちらに行かれたのやら。奥さんが、心配なされているのに」鈴木課長も同意した。「全く、美人の奥さんをほっぽらかして、姿を消すとは、言語道断です。戻ってきたら、説教してあげます」タヌキ親父とこれ以上話してもらちが明かないと判断した伊達は、引き上げることにした。

 

 伊達が立ち上がろうと腰を少し持ち上げた時、沢富が質問した。「あと一つ、いいですか?9月末に、ガンで亡くなられた市毛武史さんのことなんですが、この会社では、毎年、健康診断なされてますよね。今年の健康診断で、ガンの疑いがありましたか?」鈴木課長は、素直に返事した。「いいえ。4月の健康診断では、まったく健康でした。ガンが発見されたのが、6月でしょ。ガンって、そんなに突発的に、できるものでしょうか?しかも、入院して、3か月で亡くなられるなんて。今でも、信じられません。まったく、お気の毒です」沢富は、伊達を覗き見て、うなずいた。二人は、挨拶をして応接室を出た。

 

 通りでタクシーを拾った二人は、横浜駅西口近くのビジネスホテルに向かう前に、食事をすることにした。二名を予約し、個室のある”うたげ”に向かった。堀ごたつ席につくと伊達が口火を切った。「今回の出張は、無駄骨と思っていたが、そうでもなさそうだぞ。ヤツは、家出というより、逃亡だ。もしかしたら、これ、に追われているのかもしれん。おそらく、課長も、これ、にかかわっているんじゃないか?」伊達は、これ、といった時、人差し指をほほに当てた。「確かに。できれば、我々が先に保護したいものです。そうでないと、かなりヤバいですね」伊達はうなずいた。「今のところは、単なる家出だ。事件性はない。大掛かりな捜索はできない。どうやって、探し出せばいいんだ」

 

 

 沢富が、気にかかっていることを話し出した。「ちょっと気にかかることがるんです。市毛武史の病死の件ですが、どうも、納得がいかないんです。鈴木課長も言っていたように、突然ガンになって、3か月でなくなっています。これって、ちょっと、変じゃないですか?」伊達は、意味がよくわからなかった。「変ってことはないだろう。ガンなんだから、そういうこともあるんじゃないか。俺は、医者じゃないから、よくわからんが」沢富は、小説で読んだ替え玉死体の話をすることにした。「あくまでも、小説の話なんですけどね。ある物理学者が、マフィアに狙われていましてね、そこで、この世から自分を抹殺するために、親友の医者に頼んで、死亡診断書を書いてもらったんです。しかも、ご丁寧に、身代わりを使って、火葬までしたんです。まさかと思うんですが、市毛がこの手口を使ったってことはないかと」

 

 伊達は、あきれた顔で返事した。「まさか、市毛は、トラックの運ちゃんだぞ。そんな込み入ったことを思いつくか?実際に、死んでると思うがな~」沢富は、伊達の反論にうなずきながらも、偽死亡診断書手口にこだわった。「でも、ですよ。もし、数億の金を、持ち逃げしていたとすれば、どうですか?医者に、大金を積めば、ウンと言ったんじゃないかと思うんです。もし、本当に、大金を持ち逃げしたと仮定すると、ヤクザから逃れるために、戸籍上は死んだことにして、どこかで生きているように思えて、ならならないんです」いつもの沢富の妄想が始まったと顔をしかめたが、捨てがたい発想には違いなかった。「まあ、考えられなくもないが。市毛武史は、生きていて、どこかに潜んでいる、と言いたいんだな」

 

 沢富は、さらに想像をたくましくした。「大金を手にしたとなれば、整形手術の可能性があります。二人とも、全く顔が変わっているかもしれません。そうなれば、発見できません」伊達は、あきれ返った表情で返事した。「そうだとすれば、お手上げじゃないか。何を手掛かりに、捜索するんだ。あほらしい」沢富は、気まずい表情をしたが、可能性は否定できなかった。「考えすぎですかね。整形手術をする前に、菅原洋次を発見しましょう」伊達は、眉を下げて暗い表情をした。「でもな~。今のところ、まったく、手掛かりがない。どうやって、探し出すんだ」沢富は、ニコッと笑顔を作って返事した。「刑事は、足です。身を隠すために、ひきこもったとしても、菅原洋次は、かつてチンピラの遊び人です。きっと、女欲しさに、歓楽街に足を運ぶはずです。根気良く、聞き込みをやりましょう。そう、ひろ子さんにも、写真を手掛かりに、協力してもらいましょう」イラついてきた伊達は、ゴクゴクと喉を鳴らし、一気に、ジョッキを空にした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
死神サークルⅠ
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