神様、お願い

 アンナは、亜紀がここまで頑固だとは思わなかった。「お願いといわれても、会長と連絡できないし。できることといえば、のんきな執事を呼び寄せるぐらいよ」亜紀が、立ち上がって返事した。「そいじゃ、執事を呼んで。執事から、おじいちゃんにお願いしてもらえばいい。早く、呼んで」アンナは、さやかに援護を求めた。「さやか、何とか言ってよ」さやかも亜紀の頑固さには、度肝を抜かれた。このままでは、真夜中までお願いが続くように思えた。「アンナ、今回だけ、亜紀の気持ちを汲むということで、執事を呼んであげたら。執事が何というか、わかんないけど」亜紀は、両手を合わせて、頭を下げた。「ママ、お願い、この通り」アンナは、自分の部屋に向かい、バックから緊急用の小さな通信機を持ってきた。「ア~、こんなことで、執事を呼んだら、怒鳴られるんじゃないかな~」アンナは、通信機の赤いボタンを押すのをためらった。

 

 亜紀が、叫んだ。「なによ、こんなことって。人類の一大事じゃない。早く、ボタン、押してよ」アンナは、しぶしぶボタンを押した。「押したわよ。明日には、飛んでやってくるんじゃない」亜紀が、明日と聞いて、エ~~と悲鳴を上げた。「明日なの。緊急なのよ。すぐに来てよ」さやかが、なだめた。「亜紀ちゃん、執事は、魔界島にいるのよ。魔界島って、屋久島より南にあるの。飛行機でやってきたとしても、明日が精いっぱいよ。すぐには、やってこれないわよ」亜紀は、がっかりしてしまった。「何が、緊急連絡よ。緊急なのよ、1時間以内に来るのが当然じゃない。ピザクックは、30分もあれば、配達してくれるんだから。全く、役立たず」アンナは、亜紀のせっかちには呆れた。「そう、焦らずに。待てば海路の日和あり、っていうじゃない。必ず、執事は来るから、今日は、ゆっくり寝て、明日、お願いすればいい。あ、もうこんな時間」

 

 三人は、昼食をとることにした。「亜紀、おなかすいたでしょ。そうだ、亜紀の大好きなピザにしよう。30分もすれば、配達してくれるし」アンナは、早速ピザクックに注文した。しばらく待っていると、インターホンが鳴った。アンナが、応答した。「エ、今日は、バカに早いわね」アンナが、玄関にかけていった。アンナは、ドアに向かって声をかけた。「どうぞ」ドアが開かれると上川のような中年のイケメンが入ってきた。アンナは、ピザの配達でないことに気づいた。「どなた?」イケメンは、即座に返事した。「緊急連絡を受けましたもので、お伺いいたしました。執事の西園と申します」アンナは、腰を抜かした。「エ~~、30分で、魔界島からやってきたの。スーパーマン。信じられな~い」イケメン執事は、笑顔で返事した。「まさか。わたくしは、人間です。そんなことはできません。天神事務所から、高速を使ってやってきました」

 

 

 イケメン執事に気をよくしたアンナは、キッチンに案内した。「亜紀、待ちに待った、お客さんよ」亜紀は、ピザクックだと思い、大きな声で返事した。「わかった、今行く」亜紀が立ち上がり、振り向いたとき、背の高い紳士の姿が目に入った。アンナが、イケメン執事を紹介した。「亜紀、緊急連絡を受けて、来てく出さった西園さん。よかったね」亜紀は、あっけに取られて挨拶もできなかった。アンナは、声をかけた。「亜紀、ご挨拶は?」亜紀は、我に返り挨拶した。「亜紀と申します。よろしくお願いします」亜紀は、頭を深々と下げた。イケメン執事が席につくとアンナが、さやかを紹介した。「こちらは、親友のさやか。同居してるんです。気にしないでください」イケメン執事は、早速、用件を尋ねた。「早速ですが、ご用件は?」アンナは、何といえばいいか、惑ってしまった。

 

 アンナは、直接、亜紀にお願いさせることにした。「実は、用件というのは、この子のお願いを会長に伝えてほしいのです。亜紀、わかりやすく、お話しするのよ」イケメン執事は、うなずいたが、即座に返事した。「申し訳ありませんが、お嬢様以外の依頼を承ることはできません」がっかりした表情の亜紀を気遣って、アンナは返事した。「依頼は、私です。私って、口下手でしょ。亜紀は、説明が上手だから、私に代わって、話してくれるってわけ。だから、聞いてあげて」イケメン執事は、うなずいた。「さようでございますか。お嬢様の依頼ということであれば、承ります。どのようなご用件でしょう」イケメン執事は、ボイスレコーダーのスイッチを入れ、テーブルに置いた。亜紀は、大きく深呼吸して、背筋を伸ばした。単刀直入にお願いすることにした。「おじいさま、お願いがあります。お願いというのは、中国共産党国家主席、コンペーを暗殺してください」

 

 執事は、いったん、スイッチを切った。「コンペーの暗殺、ですね」亜紀は、マジな顔つきでイケメン執事を見つめた。「では、理由をおっしゃってください」イケメン執事は、スイッチを入れた。亜紀は、簡潔に理由を述べることにした。「一つ目、コンペーは、多くのチベット人、ウイグル人を虐殺した。二つ目、台湾を破壊しようとしている。三つ目、三峡ダム決壊を国民に知らせず、数千万人を見殺しにしようとしている。この3点です」イケメン執事は、うなずき、スイッチを切った。アンナに再確認した。「お嬢様。こちらの依頼を会長にお届すればよろしんですね」手を震わせ、アンナは、うなずいた。「は、はい。会長に伝えてください。よろしくお願いします」執事は、うなずき、ボイスレコーダーを胸の内ポケットにしまった。その時、インターホンが鳴った。そして謝罪の声が響いた。「遅くなりまして、申し訳ありません」

 

 アンナは、引きつった顔を笑顔に変えて、立ち上がった。「西園さん、ピザを召し上がってください」アンナは、駆け足で玄関に向かった。亜紀も後をって玄関に向かった。二人は、それぞれLサイズのピザを運んできた。アンナは、ピザをテーブルに置くと食器棚からグラスを取り出した。グラスに麦茶を注ぎ、イケメン執事の前に差し出した。「食事ぐらいは、いいでしょ。召し上がってください」イケメン執事は、笑顔で返事した。「それでは、ありがたくいただきます」アンナは、小皿にピザをよそった。アンナは、デートでもしているかのように笑顔で話し始めた。「いつもの執事の方は、お休みですか?」イケメン執事は、返事した。「いいえ、西田さんは、魔界島にいらっしゃいます。緊急の場合は、私がお伺いすることになっております」

 

 アンナは、うなずき、話を続けた。「西園さんは、独身でいらっしゃいますか?」イケメン執事は、一瞬、顔を引きつらせたが、冷静に返事した。「はい」アンナの笑顔に、ますます、輝きが増した。「イケメンなのに、独身。もったいないこと。かなりのメンクイなのね。いつもは、どんなお仕事をなされていらっしゃるの?」イケメン執事は、一瞬、口ごもった。「指示に従って仕事をしています。内容は、お嬢様といえども、お話しできません」アンナは、会長の執事であることを考えれば、かなりヤバイ仕事だと察した。「そうですよね。お仕事のお話は、やめましょう。ご趣味は?」不必要な話は、禁じられていたが、お嬢様ということで話を合わせることにした。「趣味は、射撃です」さやかは、しつこいアンナをたしなめた。「アンナ、そのくらいにしなさい。食事できないじゃない」

 

 イケメン執事は、即座に応答した。「そんなことはございません。お嬢様をお守りするのが役目ですから。何なりとお申し付けください」アンナは、イケメンに舞い上がっていることに気づき、口をつぐんだ。亜紀が口をはさんだ。「西園さん、おじいちゃん、元気?」イケメン執事は、笑顔で返事した。「とても、お元気でいらっしゃいます。ほかに、何かお伝えすることがあれば、おっしゃってください」亜紀は、一度でいいから、魔界島に行ってみたかった。「魔界島に遊びに行きたいんだけど、おじいちゃん、許してくれるかな~~」イケメン執事は、うなずき、アンナに確認した。「お嬢様のご意向ということですか?」アンナは、うなずいた。イケメン執事は、応答した。「かしこまりました。会長にお伝えいたします」アンナは、笑顔を見せない執事に冗談を言った。「まさか、ゲイってことはないわよね」生真面目なイケメン執事もこの質問には、笑顔を作った。「ご心配なく。ノーマルです」

 

 アンナは、イケメン執事に確認した。「これからも、緊急時には、西園さんが来てくれるのよね」イケメン執事は、マジな顔つきで返事した。「さようでございます。なんなりとお申し付けくださいませ」アンナは、笑顔を作った。「よかった。今日は、幸運の日だわ」さやかは、あきれた顔でアンナを見つめた。イケメン執事は、背筋を伸ばし、挨拶をした。「ごちそうさまでした。それでは、失礼いたします。何かありましたら、遠慮なく、お呼びくださいませ」イケメン執事は、席を立ち、一礼すると玄関に向かった。アンナも席を立つと彼氏を追うように後を追った。イケメン執事は、玄関口で深々とお辞儀をすると西側の駐車場に向かった。すぐに、玄関を飛び出したアンナは、イケメン執事の後姿に手を振った。赤いフェラーリがサックス音を響かせると静かに走り出した。アンナは、夢心地でニコッと笑顔を作った。

 

 アンナが、テーブルに戻るとさやかが嫌みを言った。「ちょっと、何か勘違いしてない。西園さんは、仕事でやってきてるに過ぎないのよ。のぼせちゃって。まったく、バッカじゃないの」アンナの耳には、さやかの言葉が届いていなかった。亜紀もアンナの浮かれた様子にあきれていた。「ママ、ママ、聞こえてるの?」アンナは、ふと、我に返った。「何か言った?」さやかは、もう一度嫌みを言った。「あのね~~、西園さんは、緊急ボタンを押したから、やってきたに過ぎないの。何か、勘違いしてない。今後、気軽にボタンを押さないようにね」アンナは、言い返した。「なによ、その言い方。やさしくて、素敵な方だな~~、と思っただけじゃない。別に、浮気してるわけじゃないし~~」

 

 亜紀が、二人が喧嘩しないように、話に割り込んだ。「おじいちゃん、お願い聞いてくれるかな~~」アンナは、応答した。「一応、お願いしたことだし。これで、気が済んだでしょ。もうこれ以上、コンペーちゃんの話は、やめてよ」

亜紀は、お願いができたことで、コンペーのことは、どうでもいいように思えてきた。それより、夏休みの間に、魔界島に行きたくなった。「ママ、魔界島ってどんなとこ。夏休みの間に、いけるかな~~?」アンナは、さやかに目配せした。さやかが、代わりに返事した。「一度しか行ったことがないけど、だれでもがいけるところじゃないみたい。あまり、期待しないほうがいいかも?」亜紀は、どんなところだったか聞いてみた。「一度、行ったんでしょ。どんなところだった?大きい島?小さい島?ジャングルみたいなとこ?小鳥とか、動物はいるの?」

 

春日信彦
作家:春日信彦
神様、お願い
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