タラコ唇

 もし、本物の草薙剣を手に入れることができれば、おそらく、かなりの高額で売れるに違いない。買い手は、日本政府だけじゃない、欧米の金持ち連中たちだって、きっと欲しがるに違いない。となれば、本物の草薙剣を手に入れたい連中は、広範囲にわたる。悪徳商人だけでなく、日本のヤクザや欧米のマフィアも、触手を伸ばすことは十分に考えられる。そう考えると、ヤツラが、本物の草薙剣を手に入れるために、タケルを誘拐し、そして、タラコ先生を脅迫し、本物の草薙剣を手に入れようとすることだって、考えられる。タラコ先生は、本物の草薙剣を持っているといった後、冗談だと笑っていたが、後醍醐天皇の子孫であることを考えれば、真に受けた連中がいてもおかしくない。

 

 万が一、この不吉な妄想が、的を射ていたならば、タラコ先生もタケルも、とても危険な状況にあることになる。もはや、僕がどうにかできるようなことではない。すでに、タケルは誘拐されて、本物の草薙剣をよこせ、とタラコ先生は脅迫されているかもしれない。単なる妄想であってほしいが、現実かもしれない。そうだったら、どうすればいいんだ。警察に捜索願を出すべきか?いや、これはよくない。警察に知らせたとヤツラは激怒し、逆に、タラコ先生とタケルは消される可能性がある。それでは、どうすればいい?全く、不吉な妄想が頭に浮かんだものだ。バカ、バカ、バカ、ア~~頭が割れそうだ。

 

 待て待て、三島は、日本を代表する小説家になって、発狂した。俺は、小説家にもなっていない。この程度の妄想で発狂してどうする。もうちょっと冷静になれ。もう一度、順追って考えよう。源平合戦の時、平宗盛(たいらのむねもり)、安徳天皇の祖母にあたる二位尼(にいのあま)、それと、平家一門とともに、満6歳の幼い安徳天皇は、三種の神器を持って逃避行した。そこでだ、この三種の神器は本物だったかどうかだが?まず、本物のとして考えてみる。

 

 

 ①草薙剣を携帯した二位尼に抱かれた安徳天皇は、壇ノ浦に入水して、死んだかどうか?通説通り、死んだとしよう。今のところ、草薙剣が引き揚げられたという記録がないから、海底に沈んでいることになる。言い換えれば、本物の草薙剣は、今でも、海底にあるということだ。ならば、熱田神宮に奉納されている草薙剣は形代(かたしろ)ということになる。

 

 ②安徳天皇の入水は、生存をカモフラージュするためのお話で、実は、安徳天皇が生き延びていたならどうなるか?当然、三種の神器を携えて逃避行したと考えられるから、今ある、三種の神器は形代ということになる。であれば、当然、熱田神宮の草薙剣は、形代ということになる。でも、生存説は、一般的に認められていないようだ。

 

 いずれにしろ、だれも、草薙剣の本物を特定できない、ということだ。所在がはっきりしない、ということは、①いまだ、海底のどこかにある。②誰かが、密かに、所持している。③誰かが所持していたが、紛失してしまった。この3通りだ。だからこそ、草薙剣に関しては、重大な問題となっている。そう考えれば、冗談で、本物の草薙剣を持っているといっても、狂人扱いはされない。ましてや、後醍醐天皇の子孫であるタラコ先生が言ったならば、真に受ける人がいても、全然、不自然でない。世の中には、金儲けを度外視して、本物の草薙剣を探している変人がいるに違いない。金儲けをもくろんで探している悪徳商人であれば、ヤクザを使ってでも、手に入れようとするかもしれない。

 

 いえることは、冗談でも、タラコ先生は、本物の草薙剣を持っているなどというべきではなかった。口は災いの元、とはよく言ったものだ。この冗談が、本当に災いを起こしたのか?それとも冗談で消え去ったのか?いずれにしろ、タラコ先生の冗談が、不吉な妄想を沸き起こし、僕を苦しめる結果となった。不吉な妄想を払しょくするには、タケルの元気な姿を確認する以外ない。でも、新型コロナが収束するまで、身動きができない。そんな、のんきなことを言っていていいのか?一刻を争うかもしれない。6月中に、姫島に行くべきか?空き家に、何か、手掛かりがあるかも?いや、いや、急(せ)いては事を仕損(しそん)じる、というではないか。

 

            嘘(うそ)も方便(ほうべん) 

 

 68()鳥羽のもとに真人からの郵便物が届いた。封筒を机の上に置き、しばらく考えた。即座に処分すべきか?それとも、一度開封し、中身を確認したうえで、それから処分すべきか?即座に、処分しようと一度は決めたものの、なんとなく、どんな毛髪が入っているか見てみたくなった。一度見て、処分することにした。ハサミで封を切ると、中には、折りたたまれた便せんが入っていた。そっと引き出すとタラコ先生とタケルと書かれた氏名の下に、それぞれ一本の毛髪がテープで張り付けられていた。鳥羽は、毛髪をしばらく見つめていた。二人は、父子なのか?DNA鑑定をやってみなければわからない。真人には、すでに、DNA鑑定はできないことを伝えた。もはや、DNA鑑定の必要はない。

 

 鳥羽は、DNA鑑定に興味がわいてきた。万が一、DNA鑑定ができたとしても、もはや、真人には伝える必要はない。というより、伝えるべきではない。もし、伝えれば、真人に災難が降りかかるような不吉な予感がしたからだ。DNA鑑定を教授に依頼するとして、何といえば、依頼を引き受けてくれるだろうか。当然、真人からの依頼だといえば、即座に断られる。では何といえばいいか?タケルは、僕の友達で、タケル本人からの依頼といえばどうか?嘘も方便というではないか。一か八か、ダメもとで、嘘をついてみるか。意外と、子供のお願いならば、うまくいくような気がしてきた。明日、教授に話してみよう。

 

 69日(火)午後6時。鳥羽は、教授の研究室に入った。教授のデスクの前に立つと、神社で神様にお願いするように、一礼して、心からお願いを始めた。「お願いがあるのですが、聞いていただけますか?」教授は、お願いと聞いて、怪訝な顔をした。いまだかつて、学生からお願いされたことは、一度もなかった。「お願い。いったいなんだ。手短にな!」鳥羽は、少し間をおいて、話し始めた。「お願いというのは、DNA鑑定に関することなんです。DNA鑑定は、この大学でも、できるものなのでしょうか?」教授は、いったい何を言いたいのだろうかと鳥羽の顔を覗き見た。「当然できるさ。法医学にでも、興味がわいたっていうのか?」法医学と聞いた瞬間、鳥羽の頭に、ドラマ”科捜研の女”の沢口靖子の顔が浮かんだ。「ドラマで科捜研が、犯人を割り出すときに、DNA鑑定をやりますよね。精子とか?毛髪とか?皮膚とか?使って」

 

 

 教授は、ドラマの話と勘違いした。「あ~~、ドラマの話か。確かに、有罪判決後に、DNA鑑定で冤罪(えんざい)となった例がある。医学の貢献だな」鳥羽は、うなずき話を続けた。「父子関係もDNA鑑定で分かりますよね。もし、依頼があれば、やってもらえるものでしょうか?」教授は、首をかしげた。「依頼はないはずだが。この大学では、鑑定依頼を引き受ける契約はしていない」鳥羽は、ちょっと、顔をしかめた。「そうですか?でも、鑑定はできるんですよね。実を言うと、依頼があるんです。特別に、ということは、できませんか?」教授は、鳥羽の懇願する表情に疑問を感じた。「特別に?いったいどういうことだ?父子DNA鑑定には、専門機関がある。当然有料だが。依頼の相談があったのなら、そう伝えるがいい」

 

 鳥羽は、しばらく黙って思案した。有料の専門機関がるのは知っていたが、当然のことだが、第三者はできない規定になってる。どんな嘘が効果的か?両手を握りしめた。情に訴えるしかない、と思い話を続けた。「そうなんですが、依頼者というのが、中学生なんです。本当の父親かどうか知りたいと相談を受けたんです。専門機関を紹介しようかと思ったのですが、有料だし、父親に内緒でやりたいというんです。それで、できるものなら、ここでやっていただけたらと、思いまして、ムリでしょうか?」教授は、即座に、無理といいかけたが、一応事情だけは聴いてみることにした。「その中学生というのは、君の友達なのか?確かに、実の子供かどうか?の父親からの依頼はよくあることだ。子供からの依頼か?どういうことだ?」認知のために、父子DNA鑑定は、よく聞く。どういえばいいか、首をかしげた。

 

 鳥羽は、思い切ったドラマを作ることにした。「はい、タケルは姫島の子で、母子家庭です。母親というのは、育ての親で、実の母親は、亡くなっています。最近、育ての親に、先月、実の父親を紹介されたのですが、生後すぐに、生き別れとなり、実の父親の顔を全く知りません。だから、タケルは、本当に、実の父親かどうかを知りたい、というんです。できれば、願いをかなえてあげたいと思いまして」鳥羽は、頭を下げた。教授は、子供の気持ちはもっともだ、と思えた。だが、鑑定結果が、不幸をもたらす場合もある。腕組みをした教授は、ゆっくりと話し始めた。「タケル君の気持ちは、よくわかる。だが、鑑定結果が、必ずしも、幸福をもたらすとは限らない。万が一、実の父親でないという鑑定結果が出たら、大問題となる。やはり、ここでは、鑑定できない」

 

春日信彦
作家:春日信彦
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