タラコ唇

 鳥羽は、浅はかだったことに、ハッとした。そこまで考えていなかった。鑑定は無理といわれた。ドラマは、ここまでか、とそう思った時、口は動いていた。「教授、ご心配なさらないでください。万が一、実の父親でないと鑑定結果が出た場合、タケルには、結果を知らせません。育ての親は、何らかの理由で、実の父親といったわけです。こちらが、立ち入ることではないと思います。鑑定結果が、実の父親であった場合のみ、タケルに結果を知らせます。どうでしょう、勝手なお願いですが、やはり、ムリでしょうか?」教授は、目を閉じて、しばらく沈黙した。子供の気持ちを考えると父子鑑定をやってあげたい。でも、仮に、実の父親でないと結果が出た場合、絶対に他言はできない。きっと、大問題となり、鑑定の出所が表に出てしまう。これは、まずい。

 

 のけぞり、ギョロ目で天井を見つめた教授は、う~~と大きなため息を漏らした。「タケル君の気持ちは、よくわかる。実の父親であることが、はっきりすれば、きっと、心は晴れるだろう。鳥羽が、そこまで言うのなら、鳥羽を信用して、やってあげるか!」鳥羽は、目を輝かせ、お礼を言った。「ありがとうございます。約束は、必ず守ります。鑑定のための毛髪は、用意してます」鳥羽は、封筒を差し出した。教授は、受け取ると小さくうなずいた。「おそらく、5日後には、鑑定結果が出るだろう。約束は、必ず守るように。何らかの問題が起きたなら、全責任を負ってもらう。即刻、退学だ、いいな」一瞬鳥羽の顔が引きつったが、大きくうなずいた。「はい。教授に迷惑がかかるようなことは、一切いたしません。よろしくお願いします」

 

 依頼できたことはうれしかったが、結果を知ってしまった後の自分のことを考えると不安が込み上げてきた。実の父子でなければ、特段、問題はない。問題は、逆に、実の父子と鑑定結果が出た場合だ。東京にいる予備校講師の実の子供が、片田舎の福岡に住んでいる。しかも、タケルは、赤ちゃんの時に、生き別れになったといっている。いったい、どういうことだ。何か、深い事情があるに違いない。真人に知らせるべきだろうか?いや、この事実を知れば、きっと、真人に不幸が降りかかるような不吉な予感がする。

 615日(月)鳥羽は、教授に呼ばれた。鳥羽は、鑑定結果報告だと直感した。教授室をコン、コンと軽くノックした。中から返事があった。「どうぞ」ドアを開けると一礼した。ゆっくりと教授のデスクに向かった。「座るがいい」教授は、中央のソファーを指さした。ソファーの横で立ち止まり、教授がやってくるのを待った。教授が、腰掛けると少し斜め向かいに腰掛けた。教授は、一呼吸して話し始めた。「結果が出た。タケル君にとって、喜ばしい結果だ」鳥羽は、うなずいた。だが、笑顔は出なかった。教授は、話を続けた。「鑑定結果は、実の父子だ。ホッとした。こんなに、緊張したのは、初めてだ」鳥羽は、頭を下げて、お礼を言った。「本当に、ありがとうございます。タケルも、安心して、お父さんと呼べることでしょう」教授は、ホッとした表情で立ち上がった。鳥羽は、深々とお辞儀して、教授室を出た。

 

 実の父子という事実は、鳥羽の心に重くのしかかってきた。実のところ、心では、タラコ先生は、赤の他人であってくれ、と祈っていた。だが、今、実の父子という事実を知ってしまった。これから、どうすべきなのか?鳥羽は、後悔し始めた。父子鑑定を依頼すべきではなかったのではないか?もはや、後の祭りだ。タケルは、タラコ先生の実の子だ。そうだ、彼は、後醍醐天皇の子孫とも言ってた。どんな事情があって、父と子が、離れ離れになったかは、知るすべもないが、タケルの将来が気にかかる。いや、真人も心配だ。真人の好奇心は、ちょっと、危険だ。深入りしないように、忠告しなければ。そうだ、タケルを探し出して、安心させてあげるのが一番だ。近衛姓は、五摂家の一つ。全国でも、少ないはず。福岡市であれば、数えるほどだろう。近衛姓を片っ端からあたってみよう。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
タラコ唇
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