超短編集

天国案内人( 3 / 3 )

天国案内人「後」

美希は出来すぎた娘だった。正弘はそれに甘えていたのかもしれない。今更ながら、もっと娘の心情を理解すべきだったと後悔した。しかし、それよりも何よりも早く戻ってきてほしい。それが無理なら無事であることを知らせてほしい。正弘の偽らざる思いだった。しかし5年、10年待っても美希は戻らなかった。そのうちに正弘は重い病を患い、病室の白い天井を眺める日々が続いた。窓の外には彼を慰めるような緩やかな雨が降っていた。

「児玉たき子さん、91歳。間違いありませんね」
「ああ。そうですけど。どうかしました?」
「天国行きが決まりました。今、歩いてきた方向をそのまま真っ直ぐ進んでください。すぐに天国に入れます」
「は、何?」
老婆は孫のような若い女性に耳を近づける。

「天国に行けますよ」
案内人の女性は少し声のトーンを上げた。
「天国?」
「はい、このまま真っ直ぐ進めば天国です」
「はあ、そう。やっと死ねましたか?」
「はい。亡くなられました」
「8年前に主人が死んでからは、私も早く死にたくて死にたくて」
「そうだったんですね。もうすぐご主人に会えますよ」
案内人は老婆をいたわるように穏やかな口調だ。老婆は心なしか足取りを軽くして天国へ向かった。


「久保田正弘さん71歳、間違いありませんね」
「はい、確かに間違いありません。ここはどこですか?」
正弘は白いドレス姿のシロツメクサの花冠をした若い女性に尋ねた。
「天国への通り道です、このまま真っ直ぐ行けば天国です」
「ああ、では私は死んだんですね」
「はい。お亡くなりになられました」
「そうですか。女房に先立たれて・・・」
正弘の言葉が途切れた。そして案内する女性の顔を凝視する。

「どうされました?」
「どうされましたって、美希お前・・・」
「美希さんとはどなたですか?」
案内人の普段の穏やかな口調は変わらない
「行方不明になった私の娘です。もう10年以上前ですが」
「その女性が私とそっくりということですか?」
「最後に見た美希と何もかも変わらない。顔も、体型も、声も」
「しかし、10年以上前の話ですよね。それでしたら、多少は外見も変わっている可能性がありますね」
「そう言われれば、その通りなんですが」
正弘は困惑した顔をして言った。

「私はこれまでここを通られたすべての方を覚えていますが、久保田美紀さんという若い女性は通られませんでした。亡くなったすべての方が天国に行ける訳ではありませんが、お嬢さんはまだ生きていらっしゃると思います」
「そうですか」
正弘は懐かしい満面の笑みを浮かべた。
「それでも最後にあなたに会えてよかった。娘と瓜二つのあなたに」
「こちらこそ喜んでいただいて幸いです」
彼女は穏やかに微笑んだ。

「こちらをまっすぐ進めば天国です」
案内人の丁寧な口調に従い、正弘は天国へと歩を進める。一度振り返ったが、女性は後ろを向いていて顔を見ることはできなかった。シロツメクサが小さく震えていた。どこからか涙が一粒だけ零れた。
kumabe
作家:空乃彼方
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