対馬の闇Ⅴ

           失恋自殺説 

 

 早速、ひろ子は、大野巡査から情報を得ることにした。310日(火)呼び出された大野巡査は、愛車の白いソリオで約束の午後6時にさゆりの民宿に到着した。ひろ子は、二階の部屋から、対馬海峡を隔てたぼんやりとかすむプサン市を眺めていた。大野巡査を案内したさゆりは、ひろ子に声をかけた。「大野さんが、お見えよ」ひろ子は、目を輝かせて振り向いた。「来てくれたのね。ありがとう」大野巡査は、頭をかきながら返事した。「対馬に大事件はありませんから、暇なんです。出口巡査長の件ですが、今のところ、これといった、情報は、ありませんが」ひろ子は、テーブルに着くように手招きした。さゆりは階下に降りていった。ひろ子は、笑顔で話し始めた。「今日は、ちょっと、聞きたいことが、あるのよ。伊達さんから聞いたんだけど、神戸に行くんだって。警部補のお供で」

 

 大野巡査は、つい、うっかりしゃべってしまったことを思い出した。「いや、まあ、運転を命じられただけです」ひろ子は、身を乗り出して、尋ねた。「いつ行くの?」単刀直入に質問された大野巡査は、顔を引きつらせて身を引いた。「いつって、言われても。まだ、日程は、聞いていません。今月中に、行くことになってますが」ひろ子は、大きくうなずき、腕組みをした。「車は、警部補の車?」大野巡査は、怪訝な顔で、返事した。「それが、署長が用意したアルファードなんです。ちょっと、変ですよね」大野巡査は、神戸に行く目的も知らされていない。しかも、警部補の車ではない。やはり、これには、隠されている何かがあると直感した。いったい、何を、どこに、運ぶのか?

 

 

 ひろ子は、大野巡査にお願いした。「そうなの。神戸まで、運転するのよね。だったら、戻ってきたら、警部補の様子を報告してくれない」大野巡査は、うなずいた。「はい。でも、神戸行きが、何か、出口巡査長の事故死に関係あるんですか?」ひろ子は、ニコッと笑顔を作って、返事した。「女の直感よ。神戸に行くんだったら、新幹線じゃない。それを、署長が用意したアルファードで行くのよ。何か、におうじゃない。そう思わない?」大野巡査もその点が引っかかっていた。「ひろ子さんも、そう思われますか。新幹線のほうが、早いと提言したんです。そしたら、一泊二日の出張だし、帰りは、のんびり、岡山、広島を観光をしながら、帰ろうじゃないか、って言われたんです。それは、署長の配慮らしいんです」

 

 

 ひろ子は、うなずき話し始めた。「署長が用意した車で行くということは、今回の出張は、署長の指示ということね。署長は、アルファードで何を運ばせようとしているのか?そこよね」大野巡査は、首をかしげ尋ねた。「ひろ子さん、何を根拠に、何かを運ぶといえるんですか?」ひろ子は、あきれた顔で返事した。「それじゃ、二人の警官が、バカでかいアルファードに乗って、神戸まで何しに行くというの?誰かに、何かを、届けるために、神戸に行くと考えたほうが、自然じゃない」大野巡査は、改めて、神戸に行く目的を考えてみた。警部補が、誰かに会うことは確か。その目的は何か?兵庫県警の誰かに会うとして、直接会って、話さなければならないほど重要な要件とは何か?それとも、ひろ子さんが言うように、何かを届けるのか?何かを届けると考えた場合、いったい、何を届けるのか?

 

 ひろ子は、考え込んでしまった大野巡査に声をかけた。「なに、深刻な顔で考え込んでるのよ。とにかく、アルファードで行くんだから、何かを運ぶことは確かよ。いったい、何を、誰に、届けようとしているのか?そこを探るのが、大野君の役目。頼むわよ」大野巡査は、重責を負わされ、困り果てた顔つきになった。「そう、言われても、僕は、単なる運転手ですから。警部補が、何を運ぶかを話すでしょうか?困ったな~」ひろ子は、これでも警察官だろうかと嫌味を言った。「もしもよ、極秘のものを運ぶのであれば、だれにも話すはずがないじゃない。だから、大野君が、コナンになって、探るんじゃない。しっかりしてちょうだい。大野君が、頼りなんだから」

 

 大野巡査は、ひろ子が疫病神に思えてきた。確かに、出口巡査長の事故死の捜査を続けたかったが、署長、警部補たちを疑いたくはなかった。これだけ聞き込みをしても、何一つ手掛かりがない。やはり、何かに悩んだ末、出口巡査長は自殺したのではないかという思いが強くなっていた。ひろ子は、自分たち、警察官を疑っている。この点は、どうも、納得がいかなかった。「頼まれれば、やりますが、ひろ子さんは、警察を疑っているんですか?僕も警察官の端くれです。心外だな~~」ひろ子は、ちょっと気まずくなった。警察を疑うということは、大野巡査も疑うことになる。弁解するように返事した。「疑っているというんじゃなくて、興味があるのよ。大野巡査だって、興味あるでしょ。アルファードで行くのよ」

 

 

 大野巡査は、警察を疑いたくはなかったが、アルファードで神戸まで行くことに、疑問を持っていた。署長の指示ならば、署長のレクサスで行けばいい。あえて、アルファードで行かせるということは、ミニバンでないと運べない何か大きなものを運ぶということか。警察が運ばなければならない大きなものとは、いったい、どんなものか?大野巡査には、全く、見当がつかなかった。大野巡査の頭は、混乱していたが、それ以上に、コロナ感染のほうが不安だった。大阪での感染者を考えると関西方面にはいきたくなかった。よりによって、こんな時に神戸に行かなければならない自分がみじめに思えた。

 

 大野巡査は、コロナの不安を口にした。「話は、変わりますが、今、コロナ感染で大騒ぎじゃないですか?対馬に感染者が出なければいいんですが、心配ですよね」ひろ子もコロナ感染を心配していた。というのは、対馬には、多くの韓国観光客がやってきていたからだ。韓国の宗教団体の信者に多くの感染者いることが、ニュースで取り上げられていた。「そうよね。50キロ程離れた韓国では、感染者が急増してるというし。ほら、対馬には、多くの韓国人観光客がやってきてるじゃない。対馬から感染者が出るのは、時間の問題かも。早く、対馬から、逃げ出さなくっちゃ」

 

 逃げ出すと聞いた大野巡査は、その意味を尋ねた。「逃げ出すって、どこにですか?」ひろ子は、来月、福岡に帰ることを話すことにした。「いや、逃げ出すってわけじゃないけど、福岡に帰るのよ。結婚の準備とかで、いろいろとやることがあってね」大野巡査は、うなずき返事した。「そうでしたか。それじゃ、結婚式は、福岡で?」ひろ子は、笑顔でうなずき返事した。「そうね。今のところ、福岡でやる予定。でも、今年の結婚は、無理ね。式は、来年になると思うわ。コロナで騒いでる時に、披露宴は、できないでしょ。来年、コロナが終息することを祈っているけど」大野巡査は、納得した顔で返事した。「それじゃ、披露宴に呼んでください。ひろ子さんのウエディング姿、美しいだろうな~~」

 

 

 

 ひろ子が、返事しよとした時、ノックの音がした。「ちょっといい。差し入れ」ひろ子が、どうぞ、と返事するとさゆりがドアから顔を出した。トレイの上には、イチゴが入った器があった。「イチゴ、食べない」さゆりは、ひろ子の右横に腰掛け、イチゴの器をテーブルに置いた。イチゴを小皿に取り分けると二人の前に差し出した。大野巡査は、大きな歓声を上げた。「めっちゃ、うまそう。イチゴ、大好きなんです。いただきま~~す」大野巡査は、子供のようにパクついた。さゆりが、コロナの騒ぎを口にした。「コロナって、怖い。感染したら、肺炎になるのよね」ひろ子がマジな顔つきになり、返事した。「確かに、感染すると入院しなくちゃならないけど、重症になるとは限らないのよ。高齢者とか、基礎疾患がある人は、危険だけど」

 

 さゆりが、悲壮な顔で話し始めた。「万が一、対馬で、感染が拡大したら、どうしよう。主人、糖尿病だし。母は、高血圧だし。どうか、対馬にコロナがやってきませんように。神様、お願いします」さゆりは、手を組んで、神に祈りを捧げた。大野巡査が、おびえるさゆりにひろ子の帰福の話をした。「ひろ子さんは、早速、対馬から逃亡されるそうなんです。いいよな~~、逃げるところがある人は」さゆりは、目を丸くして尋ねた。「え、どういうこと。福岡に帰るってこと。そうか、もう一年が過ぎたのか。あっという間の一年だった。ひろ子がいなくなると、さみしくなるな~~。たまには、対馬に遊びに来てよ。いつでも、歓迎だから」

 

 ちょっと気まずそうな顔でひろ子が返事した。「確かに、一年がすぎたんだけど、サワちゃんと伊達さんは、もう一年、ここで仕事なの。でも、ナオ子さんのことを考えて、帰福することにしたのよ。それに、いろいろと結婚式の準備もあるし。でも、まだ、やり残してることもあるから、時々、対馬には来るわ」さゆりは、コロナ感染のことを心配して、挙式のことを尋ねた。「挙式は、いつするの?今年は、ヤバいんじゃない」ひろ子は、うなずき返事した。「そうなの。だから、おそらく、来年になると思う」さゆりは、大きくうなずき返事した。「それがいい。今年は、ダメ。全国的に、ますます、感染拡大してるし。そう、うちも、キャンセルが続いてるのよ。韓国人観光客が、来なくなったでしょ、ホテルも、民宿も、飲み屋も、商売は、上がったりよ」

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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