対馬の闇Ⅴ

 コロナ感染による経済的被害は、対馬でも起きている。おそらく、今年一年で、観光、レジャー、外食関連の多くの中小企業が倒産し、失業者が増大するように思えた。この経済的被害は、世界中で起きている。特に、中国、韓国、イタリア、スペイン、アメリカでは、甚大な被害が出ている。万が一、コロナ感染が、一年で収束しなければ、世界大恐慌になってしまう。経済混乱が続けば、結婚披露宴どころでは、なくなってしまう。ひろ子は、来年の挙式が不安になってきた。大野巡査が、顔面蒼白になっているひろ子に声をかけた。「話は変わりますが、出口巡査長は、自殺だと思います。ひろ子さんは、帰福されることだし、捜査は、もう、打ち切ってもいいんじゃないですか?やるだけのことは、やったし」

 

 さゆりも同意して、うなずいた。「そうね。これだけ、聞き込みをして、手掛かりがないということは、やっぱ、自殺ね。ほら、悩みがあったって、瑞恵さんが言ってたじゃない。悩んだ挙句、自殺したのよ」ひろ子も、最近では、自殺に思えてきた。ヤクザに口封じされたと思っていたが、何の手掛かりもなければ、単なる妄想でしかなくなる。麻薬の運び屋をやったことで、自責の念に駆られて、自殺したのか?ひろ子は、納得がいかなかったが、もはや、事件の解決は、無理なように思えた。ひろ子は、大野巡査に尋ねるようにつぶやいた。「自殺ね~~。どんな、悩みがあったのかな~~。自殺するほどの悩みって、考えつかないんだけど」

 

 大野巡査が、即座に返事した。「自殺するほどの悩みといえば、一つじゃないですか」ひろ子は、全く思いつかなかった。「え、男子には、自殺するほどの悩みがあるの?まったく、見当がつかないんだけど。さゆり、わかる?」さゆりも全く見当がつかなかった。「大野君、自殺するほどの悩みって、何よ。言いなさいよ」大野巡査は、大きくうなずき返事した。「それはですね~~。失恋です。それ以外、考えられません」さゆりは、眉間にしわを寄せて返事した。「え~~、失恋。出口君が、失恋で、自殺。それはないわよ。野球小僧が、失恋で自殺。それは、ない、ない」ひろ子も、大きくうなずいた。「出口君が、失恋で自殺。それは、ない。そんな、やわじゃないわよ。警察官に、命を懸けるって、言ってたほどなんだから。それはないわよ」

 

 

 

 失恋自殺説を否定された大野巡査は、マジになって話し始めた。「女性には、男性の繊細な心がわからないんです。出口先輩は、クリスチャンで、人一倍、傷つきやすいタイプだったんです。同じ、男性として、僕には、わかるんです」バカにされたと思ったさゆりが、即座に、問い詰めた。「それじゃ、失恋の相手は、だれよ。言いなさいよ。手掛かりがつかめなかったから、失恋自殺に持って行ってるんでしょ」ひろ子もうなずいた。「失恋相手を知ってるなら、言いなさいよ。いえないでしょ」大野巡査は、一瞬ためらったが、根も葉もない話といわれては、後には引けなかった。ひろ子の顔を見つめて、話し始めた。「本当に、相手を言っていいんですね。言わなくても、わかると思うんだけど」

 

 さゆりは、首をかしげた。「え、私たちが知ってる人。高校の時、出口は、女子には興味ないって言ってたのよ。不愛想だし、女子に声もかけなかったし。あいつ、野球バカなのよ。いったい誰よ」さゆりは、ひろ子ではないかと思ったが、結婚を控えているひろ子の前で、相手はひろ子、とは言えなかった。大野巡査は、ひろ子をじっと見つめた。そのまなざしにさゆりは、ハッとした。その瞬間、大野巡査が言葉を発した。「その相手というのは、ひろ子さんです」目が点になったひろ子は、完全に固まってしまった。さゆりも唖然としてしまった。確かに、出口はひろ子とは幼馴染だったが、片想いの相手ではないと思っていた。

 

 気絶しそうなひろ子に代わってさゆりが、話し始めた。「それは、思い過ごしじゃない。確かに、幼馴染で、仲は良かったけど、恋愛対象じゃないと思うんだけど。ね~~、ひろ子」ひろ子は、意識を取り戻した時のような表情で返事した。「そうよ。出口は、単なるダチよ。恋愛感情は、ないわよ。大野君は、勘違いしてる。いやになっちゃう」大野巡査は、自分の直感に間違いないと確信していた。「そうでしょうか?僕は、きっと、ひろ子さんを好きだったと思う。男子って、好きな相手を口にしません。でも、僕には、わかったんです。間違いありません」ひろ子は、断定されて、むきになった。「要は、私が、悪いって言いたいの。いい、私は、出口を避けたこともないし、嫌い、ってことも言ったこともない。ブサイクとは言ったことはあったけど、それは、冗談じゃない。そもそも、恋愛感情なんて、二人には、なかったんだから」

 

 

 さゆりもひろ子に同意した。「大野君、先輩思いは、いいけど、人の心は、そうわかるものじゃないのよ。たとえ、出口が、ひろ子に片思いをしてたからって、自殺しないと思うよ。片想いで自殺してたら、ほとんどの男女は、自殺するってことじゃない。ちょっと、考えすぎよ。ひろ子が、出口に冷たく当たっていたところ、見たことないし」大野巡査は、もっとわかりやすいように自分の考えを話すことにした。「すみません。ちょっと、説明不足でした。出口先輩は、ひろ子さんが好きだったからこそ、自殺したのは確かなんです。言い方が、変ですが、嫌われて失恋したのではなく、自ら、嫌われる材料を作って、失恋したのです」

 

 二人は、大野巡査の興味深い話に聞き入っていた。大野巡査は、話を続けた。「問題は、嫌われる、失恋せざるを得なかった材料、事件とは、何だったかです。先輩は、正義感が強く、敬虔なクリスチャンです。その先輩に、何か重大な事件が起きた、と僕は考えるのです。その事件とは、死にたいほどの事件だったのです。今のところ、その事件が、何かは、わかりませんが」ひろ子は、大野巡査の推理に感心していた。出口は、麻薬の運び屋をやってしまった。たとえ、知らなかったとはいえ、罪になる。出口は、自首しようとしたのかもしれない。でも、自首すれば、どうなるのか?家族に迷惑がかかる。対馬のすべての人に迷惑がかかる。

 

 仮に、警部補に自首のことを話したとすれば、警察官の威信にかかわる、とどまるように言われたに違いない。しかも、麻薬の運び屋をさせたのは、警察内部のものだ。出口は、自首できない自分を許せなかったに違いない。だから、自殺したのか?でも、黙って死んでしまえば、ヤクザの思うつぼではないか。いや、やはり、自首されては、警察の悪事がばれてしまう。このことを未然に防ぐために、ヤクザに事故死を依頼したに違いない。ひろ子は、出口の勇気を信じたかった。悲しげな表情のひろ子は、大野巡査に返事した。「なんとなく、大野君のいうことは、わかるんだけど。自殺しなければならなかったような事件を解明しなければ、出口は浮かばれないってことよね。でも、全く、手掛かりはないし。出口のヤツ、成仏しないかも」

 

 

 

 のんきに話に加わっているさゆりに声をかけた。「さゆり、こんなところで油売っていていいの?もうそろそろ戻らないと。ご主人、怒ってるんじゃない」さゆりは、間の抜けた顔で返事した。「それは、大丈夫。さっきも言ったじゃない。お客、いないんだから。ここ、数日、暇で、暇で、死にそう。今月で、倒産かも」さゆりは、あえてのんきな表情をしていたが、心は、悲鳴を上げていた。もし、倒産すれば、何か仕事しなければ、一家は路頭に迷う。実は、ここ数日、そのことが頭にあって、夜も眠れなかった。ひろ子は、さゆりの切羽詰まった実情を察して、支援することにした。「困ったときは、お互いさま。コロナに、負けて、白旗上げては、神様に叱られる。そうだ、今週の土曜、宴会をやろう。伊達夫妻、サワちゃん、それに、瑞恵さん、みんな集めて、パ~~といきましょう」

 

 大野巡査に声をかけた。「大野君は、瑞恵さんに電話して。暇してたら、来るように。私のおごりだから」ひろ子は、さゆりに注文をした。「7人分の料理、お願い。そうね、一人頭、5000円ってとこで。お酒は、追加して」さゆりは、笑顔で返事した。「そう、7人分ね。ありがとう」さゆりは、救われたような心持になった。ひろ子が、神様のように思えてしまった。ひろ子は、大野巡査に声をかけた。「大野君、友達を誘って、宴会やりなさいよ。困ったときは、助け合わないと。サワちゃんにも、宴会するように、言っとくわね」対馬は、韓国人観光客で経済が回っている。数か月、約40万人の韓国人観光客が来なかったなら、韓国人相手の店は、倒産する。対馬の観光業は、破綻するように思えてならなかった。

 

 突然、マジな顔つきになった大野巡査が、正座して話し始めた。「先ほども言ったように、出口巡査長は、何らかの事件に巻き込まれて、自殺されたと思います。もう、これ以上、捜査しても、無駄なように思うんです。だから、きっぱりと、捜査を打ち切りたいと思います。よろしいでしょうか、ひろ子さん」ひろ子は、突然の決意にめんくらってしまった。しかも、許しを請うというのは、筋違いのように思えた。「なにも、私にそんなこと言われても。大野君は、大野君の考えでいいのよ。これまで、やるだけのことはやったし、これ以上はムリだと思えば、打ち切っていいんじゃない。私も、これ以上、聞き込みをやっても、手掛かりは出てこないと思う」

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅴ
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