対馬の闇Ⅴ

 さゆりもひろ子に同意した。「大野君、先輩思いは、いいけど、人の心は、そうわかるものじゃないのよ。たとえ、出口が、ひろ子に片思いをしてたからって、自殺しないと思うよ。片想いで自殺してたら、ほとんどの男女は、自殺するってことじゃない。ちょっと、考えすぎよ。ひろ子が、出口に冷たく当たっていたところ、見たことないし」大野巡査は、もっとわかりやすいように自分の考えを話すことにした。「すみません。ちょっと、説明不足でした。出口先輩は、ひろ子さんが好きだったからこそ、自殺したのは確かなんです。言い方が、変ですが、嫌われて失恋したのではなく、自ら、嫌われる材料を作って、失恋したのです」

 

 二人は、大野巡査の興味深い話に聞き入っていた。大野巡査は、話を続けた。「問題は、嫌われる、失恋せざるを得なかった材料、事件とは、何だったかです。先輩は、正義感が強く、敬虔なクリスチャンです。その先輩に、何か重大な事件が起きた、と僕は考えるのです。その事件とは、死にたいほどの事件だったのです。今のところ、その事件が、何かは、わかりませんが」ひろ子は、大野巡査の推理に感心していた。出口は、麻薬の運び屋をやってしまった。たとえ、知らなかったとはいえ、罪になる。出口は、自首しようとしたのかもしれない。でも、自首すれば、どうなるのか?家族に迷惑がかかる。対馬のすべての人に迷惑がかかる。

 

 仮に、警部補に自首のことを話したとすれば、警察官の威信にかかわる、とどまるように言われたに違いない。しかも、麻薬の運び屋をさせたのは、警察内部のものだ。出口は、自首できない自分を許せなかったに違いない。だから、自殺したのか?でも、黙って死んでしまえば、ヤクザの思うつぼではないか。いや、やはり、自首されては、警察の悪事がばれてしまう。このことを未然に防ぐために、ヤクザに事故死を依頼したに違いない。ひろ子は、出口の勇気を信じたかった。悲しげな表情のひろ子は、大野巡査に返事した。「なんとなく、大野君のいうことは、わかるんだけど。自殺しなければならなかったような事件を解明しなければ、出口は浮かばれないってことよね。でも、全く、手掛かりはないし。出口のヤツ、成仏しないかも」

 

 

 

 のんきに話に加わっているさゆりに声をかけた。「さゆり、こんなところで油売っていていいの?もうそろそろ戻らないと。ご主人、怒ってるんじゃない」さゆりは、間の抜けた顔で返事した。「それは、大丈夫。さっきも言ったじゃない。お客、いないんだから。ここ、数日、暇で、暇で、死にそう。今月で、倒産かも」さゆりは、あえてのんきな表情をしていたが、心は、悲鳴を上げていた。もし、倒産すれば、何か仕事しなければ、一家は路頭に迷う。実は、ここ数日、そのことが頭にあって、夜も眠れなかった。ひろ子は、さゆりの切羽詰まった実情を察して、支援することにした。「困ったときは、お互いさま。コロナに、負けて、白旗上げては、神様に叱られる。そうだ、今週の土曜、宴会をやろう。伊達夫妻、サワちゃん、それに、瑞恵さん、みんな集めて、パ~~といきましょう」

 

 大野巡査に声をかけた。「大野君は、瑞恵さんに電話して。暇してたら、来るように。私のおごりだから」ひろ子は、さゆりに注文をした。「7人分の料理、お願い。そうね、一人頭、5000円ってとこで。お酒は、追加して」さゆりは、笑顔で返事した。「そう、7人分ね。ありがとう」さゆりは、救われたような心持になった。ひろ子が、神様のように思えてしまった。ひろ子は、大野巡査に声をかけた。「大野君、友達を誘って、宴会やりなさいよ。困ったときは、助け合わないと。サワちゃんにも、宴会するように、言っとくわね」対馬は、韓国人観光客で経済が回っている。数か月、約40万人の韓国人観光客が来なかったなら、韓国人相手の店は、倒産する。対馬の観光業は、破綻するように思えてならなかった。

 

 突然、マジな顔つきになった大野巡査が、正座して話し始めた。「先ほども言ったように、出口巡査長は、何らかの事件に巻き込まれて、自殺されたと思います。もう、これ以上、捜査しても、無駄なように思うんです。だから、きっぱりと、捜査を打ち切りたいと思います。よろしいでしょうか、ひろ子さん」ひろ子は、突然の決意にめんくらってしまった。しかも、許しを請うというのは、筋違いのように思えた。「なにも、私にそんなこと言われても。大野君は、大野君の考えでいいのよ。これまで、やるだけのことはやったし、これ以上はムリだと思えば、打ち切っていいんじゃない。私も、これ以上、聞き込みをやっても、手掛かりは出てこないと思う」

 

 大野巡査は、話を続けた。「そういっていただけると、気が楽になります。瑞恵さんに、捜査を打ち切ってほしい、といわれたんです」ひろ子は、うなずき返事した。「そう、瑞恵さんが。そうね、いつまでも、過去にこだわっていては、だれも、幸せになれないわね。わかった。私も、捜査は、やめるわ。出口も、きっとわかってくれると思う。出口は、みんなを幸せにしたいと思って、自殺したんだと思う。みんなが、幸せになることが、出口への思いやりよ。なんだか、大野君は、瑞恵さんとうまくいってるみたいね」大野巡査は、はにかみながら返事した。「なんだか、恥ずかしいな~~。僕たち、気が合うというか、将来、結婚しようかな~~なんて」

 

 ひろ子は、大野巡査の気持ちが変わった原因が分かった。瑞恵さんは、大野巡査の身を案じて、捜査を打ち切らせたに違いない。ということは、瑞恵さんは、大野巡査のことが好きになったということ。結婚を考えているに違いない。「そういうこと。瑞恵さんの気持ちが、はっきりしたってことね。よかったじゃない。きっと、出口のヤツ、天国で、二人を祝福してると思う」目を丸くした大野巡査は、ニヤニヤした表情で返事した。「まだ、はっきりしていません。ただ、自分としては、結婚したいな~~、と思っていますけど」

 

 ひろ子は、二人の幸せのためにも、捜査をやめることにした。きっと、出口は、妹の幸せを願っている。自殺するなんて、バカなヤツと思っていたが、もし、自首していたなら、家族は、不幸のどん底に落ちていたに違いない。出口は、女子にもてない野球小僧だったが、男の中の男だと感心した。でも、出口の不幸を考えると、神はいったい何を考えているのだろう、と悲しくなった。麻薬の運び屋にされて、家族の幸せを考えれば、自首することもできず、思い悩んだ挙句、自殺。こんなことがあっていいのだろうか?なぜ、神は、このような無慈悲なことをするのか?悪いのは、マフィア。それなのに、正義感にあふれた敬虔なクリスチャンを苦しめた挙句、神のもとに連れていくなんて。そう考えていると、ひろ子の瞳から、突然、涙があふれてきた。

 

             コロナ特効薬

 

 311日(水)。ハン会長は、午前4時、釜山港から漁船ヤマネコ丸に乗り込み、午前5時半ごろに、鰐浦湾の北部に到着した。迎えのロールスロイスに乗り込んだハン会長は、さゆりの民宿の北側に一昨年建てられたヨーロッパ調の豪華な別荘に向かった。その日の夕刻、ハン会長は、1階会議室で神戸に運ぶブツの件でシュー社長と打ち合わせを行っていた。シュー社長は、今回のブツについて知らされてないことがあった。ハン会長は、怪訝な顔つきで話し始めた。「盗聴されているとは思わないが、今回のブツは、今までとは違う。現金と一緒に運ぶものがある」シュー社長は、身を乗り出した。「それは?」ハン会長は、小さな声で返事した。「それは、特効薬だ」

 

 シュー社長は、意味が分からなかった。「いったい、何の特効薬ですか?」ハン会長は、コロナ、とシュー社長の耳元でささやいた。「え、それを日本に。それを製薬会社に売り込み、儲けるということですね。さすが、会長」ハン会長は、顔を左右に振った。「そんなことはしない」シュー社長は、首をかしげた。「それじゃ、何のために?」ハン会長は、しばらく黙っていたが、話すことにした。「これは、Xからのプレゼンだ。中国の首脳陣は、すでに受け取っている。日本の首脳陣も恩恵に授かるということだ」シュー社長は、ますます、頭が混乱してきた。特効薬を開発したのであれば、世界各国に売れば、ぼろもうけになると思えたが、一部の首脳陣たちだけにプレゼンするとは、一体全体、どういうことか、さっぱりわからなかった。

 

 シュー社長は、眉間にしわを寄せ、話し始めた。「プレゼンするとは、人がいいですね。いったい、Xとは、何者ですか?ボロもうけできる絶好のチャンスなのに」ハン会長は、苦笑いしながら話し始めた。「君は、いつも、金儲けのことしか考えないんだな。いや、わしにもわからん。今回のコロナ攻撃は、金儲けが目的じゃない。アメリカ国家を救済するための施策らしい。世界中で約1000万人は、死ぬ。アメリカでは、数百万人の貧乏人や老人たちが死ぬ。これは、今後、アメリカの福祉費用の削減になる。そういうことだ。だから、1000万人以上死ぬまでは、特効薬は必要ない」この話では、ウイルス兵器による殺人と受け取られた。「ということは、コロナを使った殺人犯は、CIAですか?」

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅴ
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