対馬の闇Ⅴ

 伊達は、開き直ったように笑顔で返事した。「コロナは、人間じゃない。コロナが殺人犯だとしても、逮捕しようにも、逮捕令状はとれん。コロナに対しては、俺たちは、無力だ。コロナを逮捕できるのは、神以外いないんじゃないか?こうなったら、ひきこもって、毎日、春日神に祈願するか?」沢富が、諦めたような表情で返事した。「そうですね。我々、警察官の出番は、ありません。引きこもりましょう。そして、新しい価値観を見つけましょう。僕の価値観なんて、しょせん、ゲスの欲から生まれたものにすぎません。ところで、ひきこもり生活って、何をやればいいんですかね?」伊達は、肩を落として返事した。「そうだな~~。いざ、ひきこもってしまうと、退屈だよな~~。俺たちに、ひきこもり生活ができるのか?」

 

 沢富は、天を仰ぎ、ため息をついた。「あ~~、退屈だ~~。何をやればいいんだ~~。ア、そうだ、将棋でもやりますか?愚痴をこぼすよりは、ましでしょ」伊達は、しかめっ面で返事した。「将棋ね~~。でもな~~、将棋をやっても、お前には、勝てっこないしな~~。何か、ほかに面白いことはないか?」沢富は、腕組みをして首をかしげた。「面白いことですね~~。中洲の屋台が、対馬にやって来ませんかね~~。禿げ頭の亭主、今もやってますかね。全く、対馬は、遊ぶところがないところです。唯一の娯楽といえば、魚釣りですから。あ~~、パ~~~といきたいですね~~」伊達も、あと一年、対馬でひきこもり生活をすると思うと、気が変になってきた。「やっぱ、いったん、歓楽街で遊びを覚えた俺たちには、離島のひきこもり生活は、地獄だな」

 

 沢富は、伊達の腹を見つめた。「先輩、お腹、出てますよ。もうちょっと、ダイエットされてはどうです。そうだ、筋トレをやりましょう。我々は、警察官です。強く、たくましい体作りが第一です。先輩は、学生時代、ラグビーをやられていたんですよね。学生時代を思い出して、体を鍛えて下さい。僕は、スポーツ音痴ですが、一緒に、筋トレをやって、マッチョを目指します。それがいい。筋トレって、何をやればいいですか?先輩?」伊達は、学生時代に筋トレは、毎日やっていたが、対馬には、スポーツジムはないように思えた。「ここは、対馬だぞ。筋トレをやれるようなジムはないんじゃないか?」沢富のやる気は、本物だった。「とにかく、ジムに行かなくても、やれることをやりましょう。先輩は、やっていたんでしょ。教えてください」

 

 

 伊達は、筋トレをやる気になったが、もっと、やりたいことがあった。それは、ひろ子から聞いていた怪しげな別荘の盗聴だった。伊達がマスターをやっているクラブ・アリランは、3月に入り、韓国人観光客が全く来なくなった。そのために、当分の間、クラブを閉めることにした。福岡県警本部長からは、コロナが収束するまで自宅待機を命ぜられていたが、伊達は、クラブを閉めてからは、やることがなく、変装をして、聞き込みをやっていた。一度、カメラを片手にルポライターを装って、別荘に侵入しようとしたが、失敗していた。何か、うまく潜り込めるいい方法はないかと考えてみたが、名案が浮かばなかった。本部長の命令に背いた単独行動だったため、沢富には相談しなかったが、秀才の沢富の意見を聞いてみることにした。

 

 ちょっと罪悪感を感じていた伊達は、ビールを飲みながら話すことにした。フレッジから缶ビール二つ取り出し、一つを沢富に差し出した。「筋トレもいいじゃないか。部屋にこもってばかりじゃ、体がなまって、肥満になってしまう。しかも、毎日ビールじゃ、最悪だな。そういいながら、飲んでんだから、あきれるよな。本部長には、自宅待機を命ぜられているんだが、どうも、肉体派の俺には、性に合わん。じっとひきこもっていたら、病気になる。ちょっと相談なんだが、聞いてくれるか?」改まった質問に気を引き締めた。「改まって、何ですか?ビールの飲みすぎで、糖尿病になったとか?いったん、糖尿病になると、なかなか治りませんからね~~。やはり、筋トレですよ」

 

 いつもの早合点にあきれた伊達が、眉間にしわを寄せ話し始めた。「そう、俺を病人扱いするな。まだ、糖尿病には、なっとらん。話というのは、ほら、ひろ子さんが話していた、奇妙な別荘のことだ。俺は、かなりクサイとにらんでいる。あの別荘は、IT企業の社長の別荘らしいが、それは、カモフラージュだ。間違いなく、ヤクザのアジトだ。そこでだ。あそこに、盗聴器を取り付けたいと考えている。サワは、どう思う?」沢富も奇妙な別荘だと思っていた。対馬の山奥に別荘を建てる社長は、かなりの変人に違いない。ほかに考えられることといえば、ヤクザのアジトぐらいのものだ。「確かに、対馬の山奥に別荘を建てるなんて、普通じゃない。もしかしたら、ヤクザのアジトかも。そこに、盗聴器をですか?ちょっと、ヤバくないですか?」

 

 腕組みをした伊達は、う~~~とうなり声を上げた。「確かに、ヤバいよな。でもな~、なんとか、ならんものか?サワの頭脳だったら、名案が浮かぶんじゃないか?何とかして、潜入できんものか?」本当に、別荘がヤクザのアジトだとすれば、盗聴器から、彼らの極秘情報を入手できるかもしれない。でも、あのアジトは、中国マフィアか、韓国マフィアの可能性がある。もし、そうであれば、盗聴器の設置に失敗したら、生きては帰れない。そこまで、危険を冒す必要があるのか?我々は、マトリのサポーターであって、ヤクザと渡り合う使命はない。密輸の現場を取り押さえることができなくとも、対馬での任務を果たしたことになる。

 

 沢富は、言いにくそうに返事した。「我々は、マトリに協力するのが、任務であって、ヤクザのアジトに乗り込む任務はないと思います。確かに、盗聴器の設置に成功すれば、奴らの極秘情報を入手できるでしょう。でも、失敗すれば、どうなると思います?奴らは、日本人とは限りません。中国マフィアか、韓国マフィアの可能性もあります。そう考えると、危険すぎます。我々は、あと1年、マトリに協力すればいいんじゃないですか?」伊達は、そのことは考えていた。盗聴器の設置に失敗したら、たとえ、即座に殺されなくとも、中国か、韓国のアジトに連れていかれ、一生、奴隷として、働かさせられる羽目になる。確かに、危険すぎる。ましてや、沢富は、結婚を間近に控えている。でも、なぜか、引き下がれなかった。

 

 伊達は、沢富の将来のことを考えて、表向きは引き下がることにした。「そうだよな。俺たちは、そこまでやる必要はない。マトリの手伝いをやればいい。あまりにも暇だから、よからぬことを考えてしまった。この話は、忘れてくれ」いつもと違って、あまりにも、素直に、あっさりと引き下がった伊達が気になった。まさか、だれにも迷惑をかけないように、単独で潜入しようとしているのではないか?万が一、潜入に失敗すれば、出口巡査長の二の舞になる。それだけは、避けたかった。「先輩、抜け駆けは、ダメですよ。先輩の知恵で成功するような仕事ではありません。やる気でしょ?そう、顔にかいてありますよ」

伊達は、本心を見抜かれ、顔を引きつらせた。

 即座に冷静さを取り戻した伊達は、心を落ち着けて、返事した。「俺を疑うのか?心外だな~~。今言ったことは、たわごとだ。気にするな。おとなしく、ひきこもっているさ。後1年の辛抱だ。仲人の練習でもやるさ。お前も、疑い深いやつだな~~」沢富は、伊達のお芝居には騙されなかった。おとなしく、ひきこもれるような性格ではない。どうにかして、引き留めなければならない。脅しをかけることにした。「今の言葉に、嘘はないですね。単独行動をとれば、だれも助けに来ないんですよ。出口巡査長のように、海に浮かぶことになるんですよ。いや、マフィアのことだ、生きたまま、お金になる内臓だけを切り取るかも。麻酔なんか、かけやしない。発狂するほどの地獄の痛みを感じながら、殺される。わかってますよね」

 

 伊達は、ちょっとビビってしまった。単独行動であれば、だれも助けに来ない。捕まってしまえば、殺されるか、内臓を売るために、解体されるかも。背筋に冷たいものが走った。正義感を抑えておとなしくひきこもるか?それとも、神様に運命を託すか?少し、頭を冷やすことにした。「わかってるさ。ちょっと、推理小説の名探偵を考えてみただけさ。ルポライターに変装した名探偵が、言葉巧みにヤクザのアジトに乗り込み、会議室のテーブルの裏側に盗聴器を取り付ける、ってのはどうかな~~。サワだったら、どんな天才名探偵を登場させるんだ?」伊達は、推理小説好きの沢富の興味を引き出そうとした。

 

 言葉に乗せられた沢富は、シャーロックホームズになった気分になり、自分の考えを話し始めた。「そうですね~。清掃員とか、家政婦とか?ぽつんと一軒家を取材するTV局のスタッフとか?いや、やはり、別荘を取材するルポライターがいいかも?オーナーに豪華別荘の自慢話をさせる、意外と、食いつくかも?先輩、それって、名案じゃないですか」伊達は、ドヤ顔で返事した。「まあ、たまには、知恵が働くさ。要は、実際にできるかだ。サワ、やってみろよ」沢富は、目を丸くして返事した。「なに、バカなことを言ってるんですか。あくまでも、小説の話です。実際にやりませんよ。先輩も、バカな真似はしないでくださいよ。良識のある警察官ですから」伊達は、食えないやろうだと思ったが、素直に返事した。「わかってるさ。全く、冗談が通じないやつだな~~」

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅴ
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