対馬の闇Ⅴ

            盗聴案

 

 対馬勤務が1年延長となり、伊達と沢富は、意気消沈していた。沢富が、悲しげな声で話し始めた。「コロナが、1年で終息しなければ、もう一年、対馬ですかね?一体全体、どうなるんでしょうか?いつになったら、結婚できるんでしょうか?」伊達も、全く、先が読めなかった。欧米の感染が急激に拡大している。日本も、急激な感染拡大がいつ起きてもおかしくない。マフィアは、コロナ感染を考えて、取引を自重すいるだろうか?万が一、対馬にも感染者が出れば、マトリは、思うような捜査はできない。「そうだな~~。ヤクザ連中は、コロナ感染拡大の中でも、麻薬密輸をやるだろうか?万が一、運び屋がコロナに感染すれば、奴ら、どこで治療する気か?いや、奴らも馬鹿じゃない。おそらく、取引を中止するに違いない」

 

 沢富も取引中止説に同感だった。「僕もそう思います。ヤクザも馬鹿じゃない。きっと、コロナが終息するまで、動かないと思います。ということは、コロナが終息するまで、我々は、対馬で待機するということでしょうか?結婚もお預けですね。コロナの特効薬は、いつになったら、開発されるんですかね。開発されなければ、どうなるんでしょうか?」伊達は、コロナ感染拡大は人為的なものではないかと思い始めていた。中国のコロナ感染から、ヨーロッパ、アメリカと一気に感染が拡大している。あまりにも、感染拡大が速すぎるように感じていた。「おい、今回のコロナは、武漢からのようだが、俺は、そうじゃないように思う。きっと、誰かが、世界中にコロナをばらまいているように思うんだ。誰かは、わからないが」

 

 沢富は、コロナは、動物から人間に感染したウイルスと思っていた。仮に、秘密結社によって、人工的に作られたウイルスだったら、そう簡単に特効薬はできないように思えた。「テロですか?サリンテロのようなものですか?世界中にテロを仕掛けて、だれが得をするんですかね。こんなことは、狂人のやることですよ。人間がやることじゃない。おそらく、特効薬が、開発販売されなければ、数千万、いや、数億の人々が、亡くなるんじゃないですか。その中でも、特に、高齢者と病人が。必ず、経済も世界大恐慌に陥る。今、治療に当たっている多くの医者もなくなり、政府は、多額の休業補償を強いられている。全く、コロナでだれが得をするというんでしょうか?」

 

 

 伊達は、開き直ったように笑顔で返事した。「コロナは、人間じゃない。コロナが殺人犯だとしても、逮捕しようにも、逮捕令状はとれん。コロナに対しては、俺たちは、無力だ。コロナを逮捕できるのは、神以外いないんじゃないか?こうなったら、ひきこもって、毎日、春日神に祈願するか?」沢富が、諦めたような表情で返事した。「そうですね。我々、警察官の出番は、ありません。引きこもりましょう。そして、新しい価値観を見つけましょう。僕の価値観なんて、しょせん、ゲスの欲から生まれたものにすぎません。ところで、ひきこもり生活って、何をやればいいんですかね?」伊達は、肩を落として返事した。「そうだな~~。いざ、ひきこもってしまうと、退屈だよな~~。俺たちに、ひきこもり生活ができるのか?」

 

 沢富は、天を仰ぎ、ため息をついた。「あ~~、退屈だ~~。何をやればいいんだ~~。ア、そうだ、将棋でもやりますか?愚痴をこぼすよりは、ましでしょ」伊達は、しかめっ面で返事した。「将棋ね~~。でもな~~、将棋をやっても、お前には、勝てっこないしな~~。何か、ほかに面白いことはないか?」沢富は、腕組みをして首をかしげた。「面白いことですね~~。中洲の屋台が、対馬にやって来ませんかね~~。禿げ頭の亭主、今もやってますかね。全く、対馬は、遊ぶところがないところです。唯一の娯楽といえば、魚釣りですから。あ~~、パ~~~といきたいですね~~」伊達も、あと一年、対馬でひきこもり生活をすると思うと、気が変になってきた。「やっぱ、いったん、歓楽街で遊びを覚えた俺たちには、離島のひきこもり生活は、地獄だな」

 

 沢富は、伊達の腹を見つめた。「先輩、お腹、出てますよ。もうちょっと、ダイエットされてはどうです。そうだ、筋トレをやりましょう。我々は、警察官です。強く、たくましい体作りが第一です。先輩は、学生時代、ラグビーをやられていたんですよね。学生時代を思い出して、体を鍛えて下さい。僕は、スポーツ音痴ですが、一緒に、筋トレをやって、マッチョを目指します。それがいい。筋トレって、何をやればいいですか?先輩?」伊達は、学生時代に筋トレは、毎日やっていたが、対馬には、スポーツジムはないように思えた。「ここは、対馬だぞ。筋トレをやれるようなジムはないんじゃないか?」沢富のやる気は、本物だった。「とにかく、ジムに行かなくても、やれることをやりましょう。先輩は、やっていたんでしょ。教えてください」

 

 

 伊達は、筋トレをやる気になったが、もっと、やりたいことがあった。それは、ひろ子から聞いていた怪しげな別荘の盗聴だった。伊達がマスターをやっているクラブ・アリランは、3月に入り、韓国人観光客が全く来なくなった。そのために、当分の間、クラブを閉めることにした。福岡県警本部長からは、コロナが収束するまで自宅待機を命ぜられていたが、伊達は、クラブを閉めてからは、やることがなく、変装をして、聞き込みをやっていた。一度、カメラを片手にルポライターを装って、別荘に侵入しようとしたが、失敗していた。何か、うまく潜り込めるいい方法はないかと考えてみたが、名案が浮かばなかった。本部長の命令に背いた単独行動だったため、沢富には相談しなかったが、秀才の沢富の意見を聞いてみることにした。

 

 ちょっと罪悪感を感じていた伊達は、ビールを飲みながら話すことにした。フレッジから缶ビール二つ取り出し、一つを沢富に差し出した。「筋トレもいいじゃないか。部屋にこもってばかりじゃ、体がなまって、肥満になってしまう。しかも、毎日ビールじゃ、最悪だな。そういいながら、飲んでんだから、あきれるよな。本部長には、自宅待機を命ぜられているんだが、どうも、肉体派の俺には、性に合わん。じっとひきこもっていたら、病気になる。ちょっと相談なんだが、聞いてくれるか?」改まった質問に気を引き締めた。「改まって、何ですか?ビールの飲みすぎで、糖尿病になったとか?いったん、糖尿病になると、なかなか治りませんからね~~。やはり、筋トレですよ」

 

 いつもの早合点にあきれた伊達が、眉間にしわを寄せ話し始めた。「そう、俺を病人扱いするな。まだ、糖尿病には、なっとらん。話というのは、ほら、ひろ子さんが話していた、奇妙な別荘のことだ。俺は、かなりクサイとにらんでいる。あの別荘は、IT企業の社長の別荘らしいが、それは、カモフラージュだ。間違いなく、ヤクザのアジトだ。そこでだ。あそこに、盗聴器を取り付けたいと考えている。サワは、どう思う?」沢富も奇妙な別荘だと思っていた。対馬の山奥に別荘を建てる社長は、かなりの変人に違いない。ほかに考えられることといえば、ヤクザのアジトぐらいのものだ。「確かに、対馬の山奥に別荘を建てるなんて、普通じゃない。もしかしたら、ヤクザのアジトかも。そこに、盗聴器をですか?ちょっと、ヤバくないですか?」

 

 腕組みをした伊達は、う~~~とうなり声を上げた。「確かに、ヤバいよな。でもな~、なんとか、ならんものか?サワの頭脳だったら、名案が浮かぶんじゃないか?何とかして、潜入できんものか?」本当に、別荘がヤクザのアジトだとすれば、盗聴器から、彼らの極秘情報を入手できるかもしれない。でも、あのアジトは、中国マフィアか、韓国マフィアの可能性がある。もし、そうであれば、盗聴器の設置に失敗したら、生きては帰れない。そこまで、危険を冒す必要があるのか?我々は、マトリのサポーターであって、ヤクザと渡り合う使命はない。密輸の現場を取り押さえることができなくとも、対馬での任務を果たしたことになる。

 

 沢富は、言いにくそうに返事した。「我々は、マトリに協力するのが、任務であって、ヤクザのアジトに乗り込む任務はないと思います。確かに、盗聴器の設置に成功すれば、奴らの極秘情報を入手できるでしょう。でも、失敗すれば、どうなると思います?奴らは、日本人とは限りません。中国マフィアか、韓国マフィアの可能性もあります。そう考えると、危険すぎます。我々は、あと1年、マトリに協力すればいいんじゃないですか?」伊達は、そのことは考えていた。盗聴器の設置に失敗したら、たとえ、即座に殺されなくとも、中国か、韓国のアジトに連れていかれ、一生、奴隷として、働かさせられる羽目になる。確かに、危険すぎる。ましてや、沢富は、結婚を間近に控えている。でも、なぜか、引き下がれなかった。

 

 伊達は、沢富の将来のことを考えて、表向きは引き下がることにした。「そうだよな。俺たちは、そこまでやる必要はない。マトリの手伝いをやればいい。あまりにも暇だから、よからぬことを考えてしまった。この話は、忘れてくれ」いつもと違って、あまりにも、素直に、あっさりと引き下がった伊達が気になった。まさか、だれにも迷惑をかけないように、単独で潜入しようとしているのではないか?万が一、潜入に失敗すれば、出口巡査長の二の舞になる。それだけは、避けたかった。「先輩、抜け駆けは、ダメですよ。先輩の知恵で成功するような仕事ではありません。やる気でしょ?そう、顔にかいてありますよ」

伊達は、本心を見抜かれ、顔を引きつらせた。

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅴ
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